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筋書

 お茶会から戻ったクレオンは、自分の部屋に置かれた姿見がかすかに光を放っているのを見ると、部屋のカーテンを閉めた。そして辺りの気配をうかがう。やはり何の気配も感じられない。


 もしかしたら、この国の人間は自分たちが単なる留学生だと、本気で信じているのではないだろうか? クレオンはそんなことを考えながら、手鏡を手に取ると姿見に対して合わせ鏡にした。


 二つの鏡の間に、幾人とも分からぬ自分の姿が映しだされる。その中に一人、自分とは似ても似つかぬ姿がいた。それは腰まで届く長い髪をした女性で、部屋着なのか薄手の体の線がはっきりと分かる服を身にまとっている。一緒にこの学園へ留学したカサンドラだ。


 それを見たクレオンはフンと鼻をならして見せた。そうすれば、世の男たちはみんな、自分へなびくと思っているらしい。


「そちらは大丈夫なのか?」


「誰ものぞいていないし、覗いている気配もない。この国の魔法職はみんな寝ているのかしら?」


「こちらが単なる学生だと、本気で思っているのかもしれないな」


 クレオンの台詞に、鏡の中にいるカサンドラが不機嫌そうな顔をする。


「舐めているわね。それでいきなりあんな与太話をしてきたわけ?」


「そうとうは思えない。コーンウェル侯はこの国一番の大貴族で、一筋縄ではいかない人物だと聞いている」


「だけどクレオン、この国へ留学した王女の話って、聞いたことある?」


「ない。だが単なる嘘だとも思えない」


「嘘でないとしたら――」


「それを知っていたスオメラの者はこの世界から消えている。だから誰の耳にも入らない」


 それを聞いたカサンドラの顔色が変わる。


「どうしてそれを、あのじじいが知っているの!」


「それを知りえるから、この国で一番の大貴族なんだろうな」


 鏡の中からカサンドラの姿が消えた。


「この顔を、俺には見せたくないと言う事か……」


 クレオンは鏡を見ながらつぶやいた。そこには不安げな顔をした数多の自分の顔が、じっと自分を見つめていた。




 男子宿舎横の林の中では、木刀の素振り音が響いていた。空に輝くわずかな星明りだけで、林の中は真っ暗だ。だが素振りの音は途切れることなく続いている。


 しかしそれを不審に思うものはいない。それはヘクターが入学して以来ずっと続けていることであり、お茶会があった今日もそれが続いている。


 だが実際は違った。その音は振虚空のどこかから響いており、ヘクターは木刀を手に地面へじっと膝まづいている。その先では切り株に腰をおろした侍従服姿の女性が、ヘクターの顔を、靴の先で乱暴につついていた。


「それで、あの親子はあんたに何を言ってきたんだい?」


「はい。ありがちなことです」


 ドン!


 鈍い音ともに、ヘクターの体が地面の上へ倒れこむ。


「リコ、私は何を言ってきたと聞いたんだよ?」


「申し訳ございません。学費に関する援助と、卒業後のあっせんについてです」


 バン!


 女性は起き上がったヘクターの額を、再び足で蹴り飛ばす。


「リコ、私が聞きたいのは、お前に何をしろと言ってきたかだよ」


「娘の、メラミーの名誉を守ってくれと言ってきました」


 その言葉に、ジャネットの体を奪ったアルマは少し考え込む表情をした。


「ふーん、商家のくせに変なことを言ってくるね」


「成り上がりにありがちな、貴族ごっこではないでしょうか?」


「それなら娘の名誉ではなく、家の名誉といってくるはずだ。もっとも、親父の代になりあがったばかりで、家名なんてたいそうなもなどないけどね。娘の名誉……。なるほど。そう言う絵を描くつもりかい」


 アルマがヘクターの姿をしたリコへ、ニヤリと笑って見せる。


「お前の言う通りだ。あの親子は、お前のいう貴族ごっこをやるつもりなんだよ」


「どう言う意味でしょうか?」


「例の団体戦とかをうまく使って、あの赤毛(フレデリカ)をここから追い出すつもりなのさ。その手ごまにお前を使おうと言う魂胆だ」


「私とあの娘は、直接に対戦はしませんが?」


「それゆえの娘の名誉というやつさ。直接に切った張ったはできないから、ミランダの娘(マリアン)をうまく使うつもりだろう。でもそれは困るね。あれは私のおもちゃだ」


「どういたしましょうか?」


「お前があっさりと負けるのも癪だし、私が少し盛り上がる様にしてやろうじゃないか。だけどしょうもない男だね。父親にはちょっとは気概というものがあったけど、ずる賢いところしか似ていない。自分で試合に出ると言うだけ、娘の方がまだましさ」


「知っているのですか?」


「駆け出しのころ、ミランダと一緒に手助けしてやった八百屋の息子だ。あの頃はミランダの為に、いろんな男に抱かれてやった」


 それを聞いたリコの目がするどく光る。


「今さらやきもちかい?」


「いえ……」


 アルマは切り株から腰を上げると、ヘクターの頬へ手を添えた。そしてその顔をじっと見つめる。


「リコ、仮とはいえ、少しは見栄えのする器だ。一つ、それを使ってみよう」


 そう告げると、アルマはジャネットの唇を、リコのヘクターの唇へそっと重ねた。




 まだ朝もやが抜けきらない中、クレオンは男子棟と女子棟を隔ている壁へ背を預けながら、赤みが取れて少しづつ青に染まっていく空を眺めていた。まだ早朝のため、あたりに人影はない。


「それで、私たちはどうすればいい訳?」


 塀の向こうから、カサンドラのささやきが聞こえた。


「それよりも、昨日はどうしたんだ?」


「こちらを覗いている気配があったから、切った。それだけよ」


 いつものカサンドラらしい声に戻っている。どうやら少しは落ち着いたらしい。それでも自信家のカサンドラにとっては、相当にショックだったはずだ。それほど簡単に自分たちは手玉に取られている。


「向こうはこちらに気づいたのか?」


「術を使っているのが誰だと思っているの? そんなことより、さっきの質問について答えて」


「俺たちは試されていると言うところだな」


「試す? 私を!?」


「本当に役に立たないと思っていれば、秘密を明かす必要はない。ほっとけばいいだけだ。危険だと思えば、あのネタでいつでも俺たちを消せる。でも俺達にはそれが出来ると言う事だけを知らしてきた」


「少しは役に立つところを見せろと言う事なのね」


「そう言う事になるな」


「私を一体だれだと思っているのかしら?」


 カサンドラがいらついた声を上げる。


「国での評判なんてここでは関係ない。聞いていたとしても、それを真に受けるような人でもなさそうだ」


「陰険なじじいね。結局のところ、いきなり相手にとりこまれちゃったわけ?」


 クレオンの耳に、カサンドラが大きくため息をつくのが聞こえる。


「相手が悪かったとしかいいようがない」


「あの金髪さんを人質に取るとかはできないかしら? それか弱みを握るとか?」


「どうだろう。いきなりあんなことを告げてきたんだ。そんな隙を見せるとは思えないな。あのお嬢さんの守りについては、相当な自信があるのだと思う」


「八方ふさがりね」


「郷に入っては郷に従えだ。彼へ自分たちが少しは役に立つところを見せてやるしかない。今は無理でも、そのうち何かの隙をみつけられるだろう」


「でも今度の試合を、適当にやるわけにはいかなくなったわね」


「気をつけろ。勝つか負けるかはさておき、彼に恥をかかせたら、僕らはそこでおしまいなのさ」

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