異邦人
「おじい様、新しく学園に入られた皆さんを、ご紹介させていただけませんでしょうか?」
来客との会話が一区切りついたところで、イサベルは祖父のエイルマーに声を掛けた。
「スオメラの方かな?」
「はい。クレオン・カイさんに、カサンドラ・シンさんのお二人です」
「スオメラから留学させていただくことになりました、クレオンと申します。お目に書かれて光栄です」
「同じく、カサンドラと申します。よろしくお願いいたします」
イサベルの背後に立つやや浅黒い肌をした二人が、エイルマーに対して、ロストガル式のあいさつをして見せる。
「ようこそロストガルへ」
「お二人ともスオメラ王国からの留学生で、団体戦の選手として、私の組から出場していただけることにもなりました」
「ほう?」
「イサベル様、こちらに来てすぐにも関わらず、団体戦への出場を認めていただきまして、ありがとうございます」
そう告げたクレオンにイサベルは慌てて手を振った。
「同じ生徒同士ですので、様は止めてください。それにこちらこそ、参加していただきまして本当にありがとうございます」
「お二人とも、国で剣の修行されてこられたのですかな?」
「家の師範に習った程度ですが、剣の持ち方ぐらいは知っております」
カサンドラの答えを聞いたエイルマーが、背後に侍従長のハリスンへ小さく何かを告げる。
「お二人とも中々頼もしいですな。せっかくのお茶会ですから、年寄のお茶に付き合っていただけませんか?」
「おじい様、お客様はよろしいのですか?」
「老い先短い老人だ。外国からきたお客と一緒にお茶を飲むぐらいは、許してもらうことにしよう。それに今日の主役はイザベル、お前だ」
「おじい様!」
そう声を上げたイサベルに軽く手を振ると、エイルマーはイサベルを残して、ハリスン侍従長が用意した席へと移動した。クレオンとカッサンドラの二人も、コーンウェルの侍従たちの案内で席へと向かう。
「コーンウェル侯閣下直々に、お茶に招待していただけるなんて、身に余る光栄です」
そう告げたクレオンの前に置かれた白磁のカップへ、銀色のポットからお茶が注がれる。
「お二人にはコーンウェルのお茶を、ゆっくり味わっていただきたいと思ってね」
「とってもいい香りですね。それにかすかにレモンのような香りがします」
カサンドラの言葉に、エイルマーが顔をほころばせる。
「分かりますか?」
「はい」
カップを手にしたクレオンも、カサンドラに同意した。辺りには柑橘系のさわやかな香りに満ちている。スオメラのお茶にはない独特の香りだ。
「こうしてお二人を見ていると、我が国に来たばかりの時のセシリー王妃とアンナ王女のことを思い出します」
「セシリー王妃様には――」
そこまで口にしたところで、カサンドラは言葉を飲み込んだ。そしてクレオンの方へ視線を向ける。だがクレオンもカップを持ち上げたまま、彫像の様に固まってしまっている。
「やはりロストガルのお茶は、お口に合いませんか?」
「いえ、そんなことはございません。とてもおいしいです」
慌てて答えたクレオンに、エイルマーが苦笑をして見せた。そして白い手袋をはめた手で、遠くのテーブルを指さす。その先では学園の制服を着た赤毛の少女が、少し年下少女と、楽し気に話し込んでいる姿があった。
「前にこちらへ留学にきた先輩のことは、よくご存じなかったようですね。謁見されたときにでも、セシリー王妃にお尋ねになった方がいいかと思います。もしアンナ王女が帰国していたら、あちらにいるお嬢さんは、スオメラの女王だったかもしれないのですから」
そう告げると、エイルマーはカップに注がれた茶を一気に飲み干した。
「もうくたくたです」
そう力なく声を上げると、イサベルさんは庭園におかれた椅子で天を仰いで見せた。私とイサベルさん、オリヴィアさんの三人はお客の見送りもあって、最後まで庭園に残っていた。
流石の完璧少女のイサベルさんも疲れ切ったらしい。でもイサベルさんは、コーンウェル侯が先に席をたった後も、あの蛇のような客たちの相手を見事に仕切っていた。
私はと言えば、イサベルさんの盾になるとか意気込んではいたものの、全くの役立たずでした。
「イサベルさん、お役に立てなくて、すいませんでした」
「どうして、フレアさんが謝るんですか?」
頭を下げた私に、イサベルさんが不思議そうな顔をする。
「だって、何のお手伝いもできませんでしたし……」
「フレアさんと、オリヴィアさんのお二人がいてくれたからこそ、頑張れたんです。お二人がいなかったら、間違いなく途中で悲鳴をあげていたと思います。それに全部が全部、つらい時間だった訳でもありません。フレアさんの妹さんともお会いできました」
「本当にかわいらしい妹さんでしたね」
オリヴィアさんもイサベルさんに頷いて見せる。
「でも私の我がままで、アンにもつらい思いをさせてしまいました」
アンが一生懸命大人たちに挨拶を繰り返す姿が頭に浮かぶ。それをさせたのはこの私だ。
「もしかして、フレアさんはメラミーさんが言ったことを気にされていますか?」
イサベルさんが少し心配そうに、私の顔を覗き込む。
「いえ、そう言う訳では……」
嘘だ。彼女が「見世物」と言った台詞が頭にこびりついて離れない。
「私たちは生まれた時からそうです」
「そうですね。それを誰もわざわざ口に出しては言わないだけです」
オリヴィアさんもイサベルさんに同意する。
「ですから、フレアさんが負い目に思うものでは決してありません。それに今回お茶会をしてみて思いました。そうだからと言って諦めてはだめです。自分たちでそれに立ち向かわないといけません。そうでなければ、何も変わりません」
「そうですよね。戦わないといけないですよね!」
やっぱりイサベルさんは強い人だ。アンジェリカをあんな下種どもから守るためにも、戦わないといけません。
「フレアさん、何を言っているんですか?」
私の台詞を聞いたイサベルさんが、さっきよりも不思議そうな顔をして私を見る。
「それを私たちに教えてくれたのは、フレアさん、あなたですよ」
「はい。フレアさんは私たちの灯台なんです」
二人の言葉に、涙があふれそうになってくる。本当に二人とお友達になれてよかったです。もしなれていなかったら自分はどうなっていたのだろう。もし、自分が別の世界で生きた記憶を思い出さなかったら?
オリヴィアさんが告げた「灯台」という台詞に、家にある大きな絵を思い出した。そこに描かれているのは、孤島の真ん中に立つ、神殿と呼ばれるとても高い塔。この学園ではなく、きっとそこへ送られていたことだろう。そうならなかったのは、風華としての記憶を取り戻したからだ。
「同じなんだ……」
思わず口からでた言葉に、オリヴィアさんが怪訝そうな顔をする。
「何か言われましたか?」
「いえ、なんでもありません。それよりも今度はお二人とお茶会をするのが楽しみです」
「今度こそ本物のお茶会をしましょう!」
イサベルさんも私の手を握った。辺りでは夕方の風にぽつりぽつりと咲いた冬ばらが、夕刻の光を浴びてルビーの様に輝いている。なんて私は幸せなんだろう。
でも私には二人にも決して言えない秘密がある。私はクレオンさんや、カサンドラさんと同じ。どこからかここへたどり着いた異邦人なのだ。