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忘却

 私たちはイサベルさんを先頭に、広場の奥にあるアーチを潜り抜けた。私たちの背後には世話役である、マリたちも続く。その先では、派手なドレスや黒光りする正装に身を包んだ、いかにも貴族という人たちが、テーブルを囲んでいる。


 客たちは私たちが入ってくるのに気が付くと、話をやめてこちらを眺めた。その目つきはこちらを値踏みしているとしか思えない。こんな会に一体何の意味があるのでしょう?


「本日はわたくし、イサベル・コーンウェルのお茶会にご足労いただきまして、まことにありがとうございました」


 イサベルさんが招待客に対して、深々と頭を下げる。私もオリヴィアさんも、イサベルさんに合わせて頭を下げた。何としても、イザベルさんを、この猛獣たちから守ってあげないといけない。そう思った時だった。


 パチパチパチパチ!


 会場のどこかから、拍手の音が聞こえた。


「皆さんの成長を見ていると、光陰矢の如しという言葉は本当だと思いますね」


 顔を上げると、黒い裾が長いコートを身にまとった男性が、白い手袋をした手を大きく叩いている。そして不思議そうに辺りを見回した。


「皆さんも、そう思われませんか?」


「はい。ウォーレス侯のおっしゃる通りです」


 他の参加者も手をたたき始めた。どうやらこの人がオリヴィアさんの叔父さんらしい。他の人たちと違って、優しい目をしている。


「私の姪は長らく病に臥せっていまして、こうして学園の制服姿を見ているだけでも、感動に胸が張り裂けそうになります」


 そう告げると、ウォーリス侯はオリヴィアさんに対して、淑女に対する紳士の礼をした。それを見たオリヴィアさんが、恥ずかし気に頬を赤くする。やはり美少女はどんな時でも美少女です。私も少しは見習わないといけません。


「イザベル嬢、ご学友への挨拶も、陰からこっそりのぞかせていただきました。お見事です。イサベル殿のご両親もきっと誇りに思っていることでしょう」


 そう告げると、今度は奥に座るコーンウェル侯の方へ顔を向けた。コーンウェル侯は頷いて見せたが、その表情は素直にそう思っているようには思えない。どうやらその話題はコーンウェル侯の前では、好ましいものではなかったらしい。気づけば、来客たちも固唾をのんで見守っている。


 そう言えば、イサベルさんからご両親はすでに他界されていると聞いていたけど、ご両親について詳しい話を聞いたことはなかった。


「ウォーリス侯、本当にそう思いますね」


 コーンウェル侯が口元に笑みを浮かべつつ答える。流石はこの国の貴族の中の貴族らしく、この程度で怒ったりはしないらしい。ウォーリス侯はそれに片手をあげて答えると、ドレスの壁をかき分け、私たちの前へと歩み寄った。


 そしてイサベルさんの手を取り、その甲へ口づけをする。あまり人前には出てこないと聞いていたけど、大貴族らしく、やることが様になっています。感心して眺めていた私の手を、オリヴィアさんが引っ張った。


「叔父様、私の大切なお友達を、紹介させていただけませんでしょうか?」


 ウォーリス侯が、私の方へ視線を向ける。


 ゾク!


 なぜだろう。その瞳を見た瞬間、背中をナメクジが動いたみたいな感じがした。


「私が学園で一番親しくさせていただいているフレデリカさんです」


 オリヴィアさんの言葉に、ウォーリス侯がにっこりと微笑む。その瞳はどこまでも穏やかだ。さっき感じたものは何? 我が家とは比べ物にならない大貴族を前に、緊張していたせいだろう。私はウォーリス侯へスカートの裾を持ち上げた。


「お初にお目にかかります。フレデリカ・カスティオールです。よろしくお願いいたします」


 ともかく足を引いて、淑女の礼をする。


「ああ、ロベルト殿のご息女ですね。あなたもお母様のアンナ殿によく似ていらっしゃる。今日はお会いできてとても光栄です」


 私はウォーリス侯の言葉に驚いた。母は生粋の貴族の出ではなく、ほとんど家からも出なかったはずだ。どうして母の事をよく知っているのだろう?


「母をご存じなんですか?」


「はい。あなたと同じく、とても聡明でお美しい方でした。この学園で、あなたのお父上のロベルト殿が一目ぼれしたのもよく分かります」


「私もフレデリカさんとお友達になれて、とっても光栄です」


 オリヴィアさんの言葉に、ウォーレス侯がうなずいて見せる。ちょっと待ってください。一体どんな褒め殺しですか!?


「せっかくですので、私と乾杯をしていただけませんか?」


 コーンウェル家の侍従が、ウォーリス侯のお付きの侍従へ、薄いピンク色の液体が入ったグラスを差し出した。差し出されたグラスをコーンウェル侯が掲げて見せる。私たちの背後にいる、マリにも侍従がグラスの入った盆を差し出す。


『あれ?』


 シルヴィアさんや、イエルチェさんが、侍従から受け取った盆を、イサベルさんやオリヴィアさんへ差し出す中、マリはそれを受け取ることなく立ちすくんでいる。


「マリ?」


「す、すいません!」


 私の呼びかけに、慌てて盆を受け取る。一体どうしたのだろう。マリらしくない。でも圧倒されてしまうのも分かる気がする。私も場違いを通り越して、どこかに迷い込んだ気分です。


「では、皆さんの未来を祝して、乾杯!」


「乾杯!」


 ウォーリス侯がグラスを差し出すのに合わせて、私たちもグラスを前へ差し出した。とても美しく、そして薄いガラスで作られたグラスが澄んだ音を立てる。なかなか見事な乾杯です。


「今日はエイルマー殿が、さぞかしイサベル嬢の自慢話をすると思います。ですが、せっかくの機会です。私からも皆さんに我が姪、オリヴィアの自慢話をさせていただきたく思います」


 そう言うと、辺りに立つ派手な服を着た人々へ向けて、奥のテーブルを指さした。それを見た貴族たちが、ウォーリス侯に続いて、ぞろぞろと移動していく。


「流石だな……」


 横からつぶやきが聞こえた。見るとイアン王子がさも感心した表情で、貴族たちと談笑するウォーリス侯を眺めている。


「どういう意味?」


「君には分からないのかい?」


 この男はどうしてこうも、私に嫌みったらしい台詞を吐いてくれるんですかね?


「イサベルさんが、めんどくさい大人たちに囲まれるのを、防いでくれたんだよ」


 そう言うと、辺りを指さした。客たちはコーンウェル侯と談笑するグループと、ウォーリス侯と談笑するグループに分かれて、私たちはうまい具合に、そのどちらからも離れた位置にいる。


「確かに、大人って感じだな」


 ヘルベルトさんも、イアン王子に頷いて見せる。


「君も少しは、ああいう大人の態度を見習った方がいい」


「はあ?」


 さっきのウォーリス侯の台詞をちゃんと聞いていましたか? 嫌味しか言えない口とは大違いですよ。爪の垢をもらって煎じて飲んでください。私がそう心中で叫んだ時だった。


「フレデリカお姉さま!」


 コーンウェル侯にも、ウォーリス侯のいずれの輪にも入っていない少数の人々の間から、小さな人影が私の方へかけてくる。


「アン!」


 私は自分からアンジェリカの方へ駆け寄ると、その体を思いっきり抱きしめた。私とは似ても似つかない、少しだけ紫の入ったまっすぐな髪が、私の頬をくすぐる。


「こちらが、フレアさんの妹さんですか?」


 振り返ると、イサベルさんもオリヴィアさんも、驚いた顔をして私たちを眺めていた。


「姉のフレデリカがお世話になっております、カスティーオルの次女、アンジェリカと申します。どうかよろしくお願いいたします」


 アンジェリカは素早く足を引くと、居並ぶ面々に深々とお辞儀をした。その完璧な礼儀作法に、ウォーリス侯ならずとも、思わず拍手したくなります。


「フレアさんから話は聞いていましたけど……」


「はい。とってもかわいらしいお嬢さんです」


「フフフ、アンが私とは別物だということが、分かっていただけたみたいですね」


「その通りだ。お披露目でも思ったが、どっちが姉で、どっちが妹か分からない」


「はあ?」


 イアン王子は私を無視すると、アンジェリカの手の甲に口づけをする。


「お披露目ではシモンの相手をしていただいて、ありがとうございます」


「こちらこそ、シモン王子のお相手をさせていただいて、身に余る光栄です」


「見事な踊りで、シモンも大変よろこんでいました」


「そうですよ。アンはとっても頑張り屋さんなんです。それに大事な妹なんですから、気軽に触らないでください」


 それを聞いたアンがあっけにとられた顔をした。そうでした。一応は王子様なのを忘れていました。でもアンには、こういう口先男には気をつけろと教えてあげないといけません!


「オリヴィアです。お会いできるのをとても楽しみにしていました」


「イサベルです。どうかよろしくお願いします」


「二年後には学園でお会いできますね。その時には私にもお姉さんをさせてください」


 イサベルさんの言葉に思わずドキリとしてしまう。もう絶対に何もやらかさないよう、気をつけないといけません。そうでないと、二年後にアンジェリカが入ってきたときに、私の妹として後ろ指をさされてしまいます。そうならないよう、アンが私と違う事を紹介しておくべきだ。


 私はアンの手を引くと、少し離れたところに立っていた、ローナさんとメラミーさんの前へ、アンを連れて行った。


「ローナさん、メラミーさん、妹のアンジェリカです。よろしくお願いします」


 アンを見たローナさんがにっこりとほほ笑む。


「ローナ・ハーコートです。フレデリカさんとはとても親しくさせていただいています。どうかよろしくお願い板います」


「アンジェリカ様、メラミー・ウェリントンです。どうかお見知りおきのほどを、よろしくお願いいたします」


 メラミーさんはそう言うと、アンに対して淑女の礼をした。


「メラミーさん、そんな他人行儀な――」


 思わず声を上げた私に、メラミーさんが首をひねって見せる。


「そうかしら? 私としてはこれが正しいと思うのだけど?」


「どういうことですか?」


「この学園では家の出自は関係ない。一応はそうよね」


「そうですよ!」


「でもアンジェリカ様は、まだ学園の生徒ではありませんし、それにカスティオール侯爵家のご令嬢です」


 メラミーさんの口調がさらにへりくだったものへと変わる。


「そうかもしれませんが、そんな堅苦しいことを言わなくてもいいと思うんですけど――」


「フレデリカさん、その通りです。そちらのお嬢さんは何も間違っておりません」


 背後から聞き覚えのある声が上がった。そして自分が何を忘れていたのかを思い出す。アンジェリカを招待するという事は、カミラお母様を招待するという事だった。

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