想定外
「皆さん、ここからはテーブルの席に関係なく、ご自由にご歓談ください」
急な展開に開場のざわめきが消えぬ中、イサベルさんがそう宣言した。その台詞に、生徒たちが一斉に移動し始める。
一部の生徒たちは、クレメンスさんとカサンドラさんを遠巻きに眺めていたが、勇気ある女子生徒の何人かがクレメンスさんに話しかけた。それを見た男子生徒も、カサンドラさんに話しかける。
個人的にはクレメンスさんを囲む生徒たちに交じって、一緒にワーキャーしたいところだが、今はそれどころではない。私はイサベルさんやオリヴィアさんと相談すべく席を立った。
「フレデリカ様!」
だけど席を立つなり、背後から声が聞こえてきた。もちろん声の主が誰かは分かっている。マリだ。
「一体どういうことですか!?」
マリの顔には冗談じゃありませんと書かれている。
「まったくの想定外です」
言葉通りで、メラミーさんが混合戦なんてものを提案してくるのも、オリヴィアさんがマリを代理人に指名してくるのも、全て想定外です。いや、想定なんて出来るわけがありません!
「私だって、選手で参加することになるとは思ってもいませんでした」
私の台詞に、マリが疑り深そうな顔でこちらを見ている。もしかして、はめたとか思っていません?
「私はかなりやばい気がするけど、マリの腕なら問題ないんじゃない?」
そもそも前世では人じゃない、もっと手強いやつを相手に切った張ったをしてきたじゃないですか?
「私とフレアさんの試合はどうするんですか? 私がフレアさんに勝つ訳にはいかないと思いますけど……」
「えっ、普通に試合をすればいいんじゃないかな? 前世で世恋さんや、歌月さんの前でやったのと同じでしょう?」
私の発言に、マリが呆れた顔をする。
「何を言っているんです。ここでは私とフレアさんの立場は全く違います。基本的に、私は誰にも勝ってはいけないんです」
私はマリに首を横に振って見せた。
「立場なんて知ったことじゃない。私とマリは親友。それ以外の何者でもないわ。だから普通に試合をしましょう。それにマリはオリヴィアさんの代理なのよ。誰も文句なんて言わない」
もっとも、私がマリに勝てるとは全く思えませんけど。
「はあ……」
マリが私に大きくため息をついて見せる。
「分かりました。色々と面倒ですが、フレアさんに鍛えていただくいい機会です。前回の南区の件といい、ご自分の安全に関する自覚がなさすぎです」
そう告げたマリの目がきらりと光る。これは踏んではいけないものを踏んでしまった気がします。今更ながら、マリが試合へ出るのを認めた事を後悔するが、後の祭りというやつですね。
でも一つ腑に落ちない事がある。どうしてオリヴィアさんは、マリが剣を使える事を知っていたのだろう。
「マリ、あなたが剣が使えることを誰かに話した?」
「いえ、誰にも話しておりませんが……」
もしかしたら、私が気が付かないうちに、オリヴィアさんへ話をしたのだろうか?
「フレアさん、マリアンさん!」
思わず話し込んでいた私たちに声がかかった。見るとイサベルさんとオリヴィアさんの二人がこちらへ駆けてくる。
「立場上は自分の組の応援しかできませんけど、フレアさんを応援するのがとっても楽しみです!」
イサベルさんがうれしそうに声を上げた。オリヴィアさんもうなずいて見せる。行きがかり上、参加することになっただけで、望んで参加している訳ではないのですが?
「あのですね……」
「はい、とっても楽しみです」
横からわずかにイントネーションが違う声が響いて来た。そこにはスラリとした体型をしていながら、出るところは出ているという、反則としか思えない体つきをした女性が立っている。
その切れ長の目に見つめられると、女の私でもゾクゾクして来そうになるくらいだ。男子生徒からしたら、悶絶もの間違いなしだろう。
「フレデリカさんは、とてもお強いとお聞きしました」
「誰ですか? そんなデマを振りまいているのは!」
カサンドラさんが、少し離れたテーブルの席を指差す。そこではエルヴィンさんが、真面目な顔をして座っている。
「えっ!?」
本来はオリヴィアさんとエルヴィンさん、それに最近動きが怪しいイサベルさんと嫌味男を見て、ワーキャーさせて頂くのが目的だったのに、どうしてこんな状況になっているのでしょう? 全くもって謎です!
「それに、マリアンさんでしたでしょうか?」
カサンドラさんが、マリへ視線を向けた。
「はい。お初にお目にかかります。フレデリカ様の侍従をしております。マリアンと申します」
マリアンが侍従らしく膝を折って挨拶をすると、カサンドラさんは小首をかしげてみせた。
「本当に侍従ですか? 護衛役ではなくて?」
カサンドラさんの切れ長の目に、一瞬だけ前世の城塞にいた冒険者たちが持っていたものと同じ光が宿る。
「カサンドラさんはスオメラで、剣の修行をされていたのでしょうか?」
私の問いかけに、カサンドラさんが口元に笑みを浮かべて見せた。
「修行というほどのものではありません。護身術程度のものです」
改めてその姿を見れば、足の位置から重心のかけ方まで、ほとんど素人な私から見ても只者ではないのが分かる。それにさっきの気配は、命のやり取りをしたことがある者だけが持つ何かだ。
「イサベルお嬢様」
私たちを眺めていたイサベルさんへ声がかかった。いつの間にか、一部の隙もない執事服姿の男性が背後に立っている。
「なんでしょう?」
「お嬢様に、旦那様からご伝言がございます」
初老の男性から受け取ったメッセージに目を通した、イサベルさんの顔が曇る。
「ハリスン、これは?」
「旦那様が、是非にとおっしゃっています」
「そうですか……」
「イサベルさん、どうかされました?」
「はい。本日の来賓の皆様とのお茶会に、混合戦に参加する皆さまをご招待したいとの事です」
「メラミーさん、応援しますね。ぜひ橙組の女子に勝ってください!」
「ご歓談中、失礼いたします」
黄色組の女子生徒たちと話をしていたメラミーの前へ、コーンウェル家の百合の紋章が入った便箋が差し出された。中を改めると、エイルマー・コーンウェルの名前で、お茶会に招待したい旨のメッセージが書いてある。
「こちらはお父様からお預かりしたものです」
メラミーの前にさらに一通の封書、ウェリントン家の葡萄の家紋の封書が差し出された。その裏には父親のグラディオスのサインが綴られている。その中身を確認したメラミーは、少し離れた席に座るローナを眺めた。
視線の先ではメラミー同様に、エイルマーからの招待状を受け取ったローナが、不安げな顔をしている。
「わざわざ手紙を届けて頂きまして、ありがとうございました。それとエイルマー様に、謹んでお受けしますとお伝え下さい」
そう侍従に告げると、メラミーは口の端を僅かに上げてみせた。