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代理人

「えっ、そ、それは手違いというか、何かの間違いというか……」


「何をいっているの? 試合してたじゃない。しかも下着姿になって」


「あ、あのですね。それは思い出したくもない記憶という奴でして……」


「しかも優勝候補の一人に勝ったのよ。それが思い出したくもない記憶だなんて、試合相手に失礼じゃないかしら」


 メラミーさんが私に肩をすくめて見せる。


「メラミーさん、ちょっと待ってください。なんでそんなに、私の新人戦での試合にこだわるんですか?」


「イサベルさん!」


 メラミーさんは私の問いかけを無視して、壇上のイサベルさんへ声をかけた。


「はい。なんでしょうか?」


「監督が選手を兼任することは可能ですか?」


 メラミーさんの質問に、イサベルさんが当惑した顔をした。


「あの、どういう意味でしょうか?」


「監督を置くというのは、女子生徒にも参加してもらおうという意図であるなら、団体戦ではなく、混合戦の開催を提案したいと思います」


「男女の選手で、それぞれ試合をすると言う事ですか?」


「そうです。盛り上げたいのであれば、女子生徒も選手として参加すればいいだけの話です。それで監督は選手としても参加可能かどうか、質問させて頂きました」


 ザワザワザワ……。


 メラミーさんの台詞に、会場から大きなざわめきが上がる。メラミーさんは何事もなかった様に席へ座ると、ローナさんへ視線を向けた。


「ローナ、自分で監督になると言っていたから、名前をあげたけど、傷物のあなたのところへ誰が集まってくれるのかしら?」


「そ、それは……」


 ローナさんが言葉を濁す。


「傷物って、どういうことですか?」


「橙組のやんごとなき方々には関係のない話よ。今朝、ローナが個室の宿舎に付き人付きで入ったのを見たでしょう? それがどういう意味かぐらいは――」


「メラミー、やめて!」


「この人にははっきり言わないと分からないと思うけど? それに手をあげれば、誰か選手が来てくれると思っている時点で、あなたも相当におめでたいわよ」


 メラミーさんがフンと鼻をならしてみせる。私の視線を受けたローナさんが顔をうつむかせた。


『そう言うことか……』


 運動祭の時にローナさんが私に告げた、『私達を見て品定めに来たのです』という言葉を思い出す。私は椅子をけ飛ばすように席を立った。


「メラミーさんの提案された混合戦に賛同します。混合戦にはローナ監督の下、選手として参加させていただきたいと思います。ローナさん、よろしいでしょうか?」


「は、はい」


 ローナさんが、呆気にとられた顔をしながら私に頷く。


「フレデリカさん!」


 イサベルさんが慌てた声を上げた。


「監督はされないのですか?」


「はい。皆さんから私は選手として期待されているようなので、今回は監督を辞退させていただきます」


 私の力ではローナさんを守ってあげることは出来ない。だけどローナさんに戦う姿を見せる事は出来る。たとえ私の剣など剣技とは呼べないものでもだ。


 でも混合戦という事は、誰か一緒に戦ってくれる男子も必要だ。だがメラミーさんの先ほどの発言を考えれば、青組を含めて、ローナさんの組に誰か来てくれるとは思えない。


「ハッシー!」


「へっ?」


 私に呼びかけられたハッシーが、ほけた顔をしてこちらを見る。そして慌ててテーブルの下へ隠れようとした。その首根っこを捕まえて引きずり出す。


「運動祭での汚名返上よ!」 


「そ、そんなの絶対に無理」


「男の子でしょう!」


 暴れるハッシーを羽交い締めにした私の肩を誰かが叩いた。


「強制してどうするんだ?」


 嫌み男が私に声をかけてくる。


「違います。交渉しているんです。邪魔をしないでください」


「ローナさん、私に混合戦の男子選手を務めさせてもらえないだろうか?」


 嫌み男もとい、イアン王子がローナさんに声をかけた。それを聞いたローナさんが驚いた顔をする。


「あ、あの……」


「私では役不足だろうか?」


「いえ、とんでもありません。よろしくお願いします!」


「ラフタ、イム、クラベル、スグラーヌ」


 テーブルの反対側から声が上がった。見るとカサンドラさんが笑みを浮かべながら私たちを見ている。


「あの~?」


 一体何を言われたのでしょうか?


「クルア?」


 クレオンさんの呼びかけに、カサンドラさんがうなずいた。


「ちょっと、ぼけっとしていないで翻訳しなさい!」


 イアン王子が肩をすくめて見せる。どうやらよく分からなかったらしい。


「水を与えしものに、血を捧げよです」


 クレオンさんが私に答えてくれた。そして立ち上がると、壇上のイサベルさんへ、カサンドラさんと二人で優雅に紳士淑女の礼をしてみせる。


「本日、スオメラから留学生として学園に転入させていただきました、クレオンです。」


「同じくカサンドラです」

 

「こうして最初の登校日に皆様とお会いできる機会を得たことを、大変感謝しております。スオメラの古い諺に『水をあたえしものに、血を捧げよ』と言う言葉があります」


 そこで言葉を切ると、クレオンさんとカサンドラさんは右の拳を心臓の位置へ当てた。


「こうしてお茶をいただいたお礼に、イサベルさんの組へ、私とカサンドラの二人を加えていただけませんでしょうか?」


 その言葉に、再び会場からざわめきの声があがる。


「こちらこそよろしくお願いいたします」


 イサベルさんが二人に頭を下げた。混合戦について、イサベルさんも了承したと言うことだ。


「青組のヘクターです」


 銀色の髪をもつ男子生徒が手を上げた。大勢の女子生徒がそちらを振り返るのも見える。


「青組の男子としては、黄組のメラミーさんを応援すべきかと思います。メラミーさん、男子生徒の参加者に、私を付け加えていただけませんでしょうか?」


 その言葉に、女子生徒たちの間から動揺した声が上がる。


「はい。喜んでお受けさせていただきます」


 メラミーさんは立ち上がると、ヘクターさんに対して、優雅に淑女の礼をしてみせた。何人かの女子生徒が、あきらかに殺気を含んだ目でその姿を眺めているが、メラミーさんにそれを気にする様子は全くない。


「ヘルベルトさん、混合戦の参加をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 イサベルさんの横に立つオリヴィアさんが、ヘルベルトさんへ声をかけた。


「もちろんです!」


 テーブルの上に頭をこすりつけるようにしながら、ヘルベルトさんが答えた。そして誰に向かってかは分からないが、ガッツポーズをしてみせる。


「女子の選手ですが……」


 オリヴィアさんが会場を見回した。女子生徒はと言うと、互いに顔を見合わせるだけだ。それはそうだろう。竹刀とはいえ、剣技をふるう場に出ていく女子生徒が他にいるとは思えない。


「おそらくいらっしゃらないと思いますので、私の方で代理人を立てさせていただきたいと思います」


「付き人の誰かを代理に立てるという事でしょうか?」


 私の問いかけに、オリヴィアさんがうなずいて見せた。


「はい。ですがたとえ女性の方だとしても、私たちと年が離れていらっしゃる方だと、不公平だと思います」


 オリヴィアさんはそう告げると、庭園の奥へ視線を向けた。そこには付き人がいる家の侍従さんたちが並んで立っている。オリヴィアさんはその一人に手を振って見せた。手を振られた本人が、驚いた顔をして辺りを見回している。


 でもちょっと待ってください。それって!?


「マリアンさん、どうか私の代理人として、混合戦に参加していただけませんでしょうか?」


「大変名誉なことではありますが、わたくしはフレデリカ様の侍従ですので――」


「はい。ご自分で決められないと言うのはよく分かっています」


 そう告げたオリヴィアさんが私の方を見る。


「フレデリカさん、マリアンさんに私の代理として、混合戦に参加する許可をいただけませんでしょうか?」


 そう言うと、壇上で私に膝まづいて見せる。ちょっと待ってください。そんなことをされたら、断われないじゃないですか!?


 私はここに集う生徒たちを見た。ここで断れば、誰も手を上げる人はいないだろう。マリの方を見る。マリは肯定の表情も、否定の表情も浮かべることなく、私の方をじっと見つめていた。


「分かりました。マリアン本人の意思を尊重させていただきます」


「マリアンさん、いかがでしょうか?」


 オリヴィアさんが再びマリに問いかけた。


「付き人の身ですので、皆さまとご一緒する訳には――」


「マリアンさん、それは受けることを前提とした発言だと思っても、よろしいでしょうか?」


 イアン王子がマリアンへ声をかけた。


「今回の新人戦の運営については、ハッセ先生から私とフレデリカさんの二人に運営を任されています。イサベルさんとオリヴィアさんには、その手伝いをお願いさせて頂きました。」


 そこで気障に二人へ紳士の礼をして見せる。


「運営責任者の意見としては特に問題はありません。練習などを含め、生徒に準じて参加していただくことになります。それよりも参加する生徒諸君に、異議がないかの確認が先かと思います」


 イアン王子は辺りを見回した。


「オリヴィアさんの提案に賛成の方は、挙手をお願いします」


 イアン王子を含め、全員の手が上がった。


「マリアンさんの件についてはこれで承認されました。それにマリアンさんには、私からも是非に参加をお願いしたいと思っています」


 そう告げられたマリが私の方をちらりと見る。私もマリに頷き返した。


「謹んで、オリヴィア様の代理人として参加させていただきます」


 そう告げると、マリは侍従服の裾を上げて見せた。

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