驚き
「その乾杯を、もう一度やってもらってもいいかな?」
聞き慣れた、しかも大人の声が響いてきた。顔を上げると、テーブルの先にハッセ先生がいる。その背後に、見慣れない男女二人の生徒も続いていた。二人とも、冬だと言うのに日に焼けた肌をしている。
「彼らは転入生でね」
そう言うと、ハッセ先生は背後をふり返った。男子生徒は明るい茶色の巻き毛に、黄色味を帯びた、どこか夢見るような目をしている。
女子生徒はと言うと、腰まで届きそうなまっすぐな黒い髪に、黒い漆黒の瞳だ。その切れ長の目が、凛とした雰囲気を漂わせている。何より二人とも間違いなく美男美女です。
その証拠に、メラミーさんとローナさんの二人も、息を飲んで二人を見つめている。いや、お茶会に集う生徒たち全員が、二人をガン見していた。
「転入生ですか?」
向かいに座る嫌味男もとい、イアン王子が不思議そうな顔をしてみせた。確かに、この学園に転入生と言うのは聞いたことがない。
「普通はないのだけどね。彼らはスオメラ王国からの留学生だ。それでイサベル君に頼んで、スオメラと縁が深いこのテーブルへ案内してもらった」
「留学生!?」
思わず口から声が漏れる。
「こちらはイアン君にハッシー君、それにメラミー君、ローナ君、フレデリカ君だ」
ハッセ先生が私達をまとめて紹介する。
「はじめまして、スオメラ王国から留学生としてきました、クレオンです」
「同じく、カサンドラです」
「二人ともスオメラでの正式な名前はもっと長いらしいけど、日常我々が使うにはちょっと不便でね。字で通してもらうようお願いした」
「いえ、母国に居る時でも、正式名は特別な時でないと使いません」
クレオンさんが微笑を浮べながら答える。なんて優し気な声なんでしょう。嫌味男とは大違いです。それにとても留学生とは思えない、完璧な発音だ。
「本当にスオメラの方なんですか?」
私の問いかけに、クレオンさんが頷いた。
「はい。父が貿易の仕事をしていましたので、幼い時から北大陸の言葉には慣れています。カサンドラも同じです」
「フレデリカ嬢、立ち話も何だから、先ずはお二人に席へついてもらってはいかがだろうか?」
イアン王子が声をかけてきた。相変わらず嫌味っぽい上に、気取った男です。でも確かにその通りだ。
「そ、そうでした。どうかお座りください」
私は慌てて二人に椅子にかけるよう即した。同時に嫌味男を睨みつけてもやる。
「ハッセ先生もいかがですか?」
イアン王子は涼しい顔で、ハッセ先生にも椅子をすすめた。私の冷たい視線はこの男に何の効果もないらしい。
「生徒同士の交流の場だから、私は遠慮させてもらうよ。では十分に楽しんで」
ハッセ先生は二人に向かって軽く手を振ると、足早に庭園を去っていく。二人はにこやかに微笑みながら、世話人の方が素早く引いた椅子へ腰をかけた。すぐに茶器が運ばれて、二人に茶が注がれる。
そう言えば、スオメラと縁が深い席と先生が言っていたけど、セシリー王妃様はスオメラ出身ですから、嫌味男、もといイアン王子の事ですね。
「お二人の北大陸言葉は完璧ですけど、イアンさんはスオメラ語を話せるんですか?」
「えっ?」
私の台詞に、嫌味男が少し驚いた顔をする。
「だって、セシリー王妃様は元スオメラの王女様ですよね?」
さっきの仕返しに、嫌味男に突っ込んでやる。
「まあ、少しなら」
「イルファニ、スラメセク、アンイアン、セラフィラム」
カサンドラさんがスオメラ語(多分)でイアン王子に話しかけた。そして丁寧に礼をして見せる。
「ラクファニ、イム、クラムカサンドラ、セラフィラン」
イアン王子が腕を上げて答えた。もしかして、しゃべれるんですか?
「お初にお目にかかれて光栄ですと、二人で挨拶されました」
キョトンとした顔をしていた私に、クレオンさんが教えてくれた。
「フレデリカ嬢、君は私の事を馬鹿にしていないか?」
「はあ? 何の被害妄想です?」
「それに先ほどハッセ先生が、スオメラに縁が深いと言っていたのは、君の事も含まれているんだよ」
「へっ!?」
「はい。フレデリカさんのお母さまは、長くスオメラに住まわれていたとお聞きいたしました」
カサンドラさんが、クレオンさん同様に、完璧な北大陸言葉で私に告げた。
「えっ、そうなんですか? 確かにスオメラに居たことがあるとは聞いていましたけど……」
正直な所、お父さまからはもちろん、お母さまからも結婚する前の話を聞いたことがない。お母さまが子供の頃はスオメラに居たという話も、私としては人づてに聞いた話だ。でも嫌味男はどうしてそれを知っているんだろう?
「それで、フレデリカ嬢のスオメラ語は?」
イアン王子がわざとらしく聞いてくる。もしかして、さっきの仕返しですか?
「はあ? そんなのしゃべれる訳は――」
いけません。そんなことを言っては失礼になってしまいます。
「すいません。これまで勉強する機会がありませんでした」
何か言い返してやろうと思っていると、前の方からざわめきの様なものが聞こえてきた。壇上にイサベルさんと、少し恥ずかしそうにオリヴィアさんが立っている。
「お茶会の途中ではありますが、この場を借りて、新人戦への参加についてお時間を頂きたいと思います」
あれ? これって、私は聞いていないんですけど!?
「お茶会の案内に同封させていただきました、新人戦団体戦ですが、男子生徒の皆さんだけでなく、監督として女子生徒の参加も受け付けております」
オリヴィアさんが呼びかけると、続いてイサベルさんが前へ進み出た。
「今回の団体戦については、剣技を安全に披露していただけるよう、こちらを用意しました」
世話人から棒のようなものを受け取ったイサベルさんが、それを前へ差し出した。
「そ、それは!」
私は思わず席から立ち上がると、イサベルさんが手にしたものを見つめた。
「なんだ?」「木刀ではないよな?」
それを見た生徒たちの間から、ざわめきが漏れる。
「竹刀です!」
イサベルさんが声を張り上げた。
「フレデリカさんのアイデアを元に作らせていただきました。竹と革からできていて、打撃に対してしなります。故に従来の木刀と違い、怪我をしにくくなっております。それとこちらも用意しました」
世話人の男性が前へ進み出た。金属製の面と革張りの防具を胸や腕にまとっている。
「今回の団体戦用の防具になります。こちらもフレデリカさんのアイデアを元に用意させていただきました。今回の団体戦については、こちらの着用を義務といたします」
「赤毛、これはお前の策略か?」
イアン王子が呆気にとられた顔でこちらを見る。
「いえ、私も今初めて見たし、聞きました」
慌てふためく私達を、壇上の二人がにっこりと微笑んで眺めている。どうやらこれは二人から私、いや私達に対するサプライズらしい。
「イサベルさん、オリヴィアさん!」
私はたまらず声を上げた。確かに招待状の準備中に、木刀でやるのはあまりにも危険すぎるという話はしたし、なぜか頭に思い浮かんだ、竹でできた木刀の代わりと、防具についても話をした記憶はある。だけど……。
「フレデリカさん、コーンウェルの家訓は『常に新しきことを』ですよ」
流石はコーンウェル家です。この短期間で、私の与太話程度のものを完璧に作りこんでしまっています。
「ですので、団体戦はこれまでの剣技披露と言うより、運動祭同様に、競技として行いたいと思っております。皆さんの参加をお待ちしております」
そう言うと、イサベルさんとオリヴィアさんの二人が皆に頭を下げた。
バチバチバチバチ!
どこかから盛大な拍手があがった。見るとおじゃま男、もといヘルベルトさんが全身全霊で拍手をしている。その迫力に押されたのか、全体からも拍手が上がった。
「このヘルベルト、オリヴィア監督のために、全身全霊をもって戦う事をここに誓います!」
ヘルベルトさんの大きな声が響く。こちらで何かを操作する前に、全員の前で宣言するとは、完璧にしてやられました。
「あの、監督にはイサベルさんやフレデリカさんもなられるので、よく考えてから――」
オリヴィアさんが驚いたというより、どうしていいか分からないという顔をしながら告げた。
「いえ、私に他の選択肢はありません!」
ヘルベルトさんが即答する。ちょっと待ってください。これって、実は一年生の生徒全員の前で、オリヴィアさんに告白しているようなものじゃないですか!?
「その監督ですが、私とローナも手を上げさせてもらってもいいですか?」
立ち上がったメラミーさんが声を上げた。
「もちろんです!」
壇上のイサベルさんが答える。
「それと、フレデリカさんは監督ではなくて、参加者だと思っていたのですが、私の間違いでしょうか?」
そう言うと、メラミーさんは二人に拍手をしようとした、私の方をおもむろに指さした。