冬空
「おはようございます」
私は前を歩く二人に声をかけた。オリヴィアさんが足を止めて背後を振り返る。
「フレアさん、おはようございます」
その仕草といい、表情といい、相変わらずの美少女ぶりです。
「イエルチェさんも、おはようございます」
「フレデリカお嬢様、おはようございます」
小さな包みを手にした、侍従服姿のイエルチェさんも挨拶を返してくれた。思えば僅か数か月前、オリヴィアさんに初めて会った時は、まだ車いすに乗っていたはずだ。今ではそれが勘違いにすら思える。
「私の顔に、何かついていますでしょうか?」
オリヴィアさんが少し恥ずかしげに、雪のように白い肌をほんのりと赤く染めながら告げた。どうやらいつの間にか、オリヴィアさんの顔をじっと見つめてしまっていたらしい。
「い、いえ。学園に入学して、オリヴィアさんに初めてお会いした時の事を思い出していました」
「そうでした。この道でお会いしました。それが遠い昔の事のようにも、ほんの昨日の事にも思えるんです。不思議ですね」
オリヴィアさんが、すっかり葉が落ちた辺りを見回しながらつぶやいた。やはり美少女は何をやっても絵になります。
「そう言えば、マリアンさんはご一緒ではないのですか?」
オリヴィアさんは少し怪訝そうな顔をすると、私の背後を覗いた。
「オリヴィアさん、聞いてください。なんとローナさんが私の部屋の隣に引っ越してきたのです」
「ローナさんがですか?」
「はい。荷物の運び込みをされていたので、マリにはその手伝いを頼みました。でもローナさん達と一緒にすぐに来ると思います」
「そうなんですか……」
なぜかオリヴィアさんが、少し複雑な表情をして見せる。
「どうかされましたか?」
「いえ、羨ましいと思っただけです」
「はあ」
「だって、フレアさんの隣の部屋ですよ。退屈しない事、間違いなしです」
そう言うと、屈託のない笑みを浮かべて見せる。でもちょっと待ってください。
「それって、どういう意味ですか?」
「意味も何も言葉通りです。学園に入学して以来、フレアさんのおかげで、毎日が何かの冒険をしている気分です」
「そ、そうですかね?」
「はい。間違いなくそうです。それよりも少し急がないと、イサベルさんが心配されると思います」
そう言うと、少し足早に木立の間の道を進んでいく。その後姿からは、かつて車いすに乗っていた時の面影は全く感じられない。
後を追いかけて行くとすぐに林が切れて、中央庭園の入り口のアーチが見える。普段は閉鎖されていて人影などないが、今日は多くの生徒たちでにぎわっていた。
そこの入り口横へ設置された天幕の前に、ひときわ目立つ女子生徒が立っている。身に着けている物は私と同じく学園の制服だ。しかし冬の日差しを受けるその姿は、まるで光を放っているみたいに輝いて見える。
そのサファイヤよりも深い青い目が、私たちの姿を捉えた。
「おはようございます!」
私は声を張り上げた。ちょっと気合が入りすぎたらしく、会場へ入る生徒たちが、思わずこちらを振り返って見ている。
「フレアさん、オリヴィアさん、おはようございます」
挨拶を返してくれたイサベルさんが、私に苦笑いをして見せた。
「お天気がよくなってよかったですね」
私が声をかけると、イサベルさんが空を見上げる。そこにあるのは雲一つない澄んだ空だ。
「後半の招待客相手の時には、息も出来ないぐらいの土砂降りになって欲しいのですが、無理ですね」
そう言うと、小さくため息をついて見せる。イサベルさんでも、そんな事を考えてしまうものらしい。
「私たちがついています」
オリヴィアさんが拳を握って顔の前へ出して見せた。そうです。お茶会は私たちの戦場です。そして私は二人の騎士です。お姫様に近づく邪悪な存在を、片っ端から退治してやらないといけません。
「今日は気合を入れて頑張っていきましょう。では、皆さまここは一つ……」
私は二人の前へ手を指しだした。その上に二人が手を重ねる。
「エイ・エイ・オー!」
私たち三人は手を空へ、どこまでも高く見える冬の空へ掲げた。