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あちら側

「今日はすぐに湯あみの用意をしておいて!」


 お茶会へ参加するために部屋を出たメラミーは、背後に立つジャネットに声をかけた。


「はい。お嬢様、承知いたしました」


 侍従のジャネットが、メラミーの態度に動じる事なく丁寧に頭を下げる。


「本当にめんどくさい!」


 そう声を荒げたメラミーは、女子生徒らしからぬ足音を立てつつ、廊下を歩き始めた。メラミーは父親の命令で嫌々この学園に入っている。


 メラミーの家は祖父の代から成り上がった商会で、一族で誰も学園に入ったものはいない。長女のメラミーが学園に入学することは、父親が欲して止まないステータスの一つだった。


 もっとも学園へ娘を入れる事に熱心なのは、メラミーの父親だけではない。娘を持つ有力な家すべてがそうだと言える。なので平民で学園に入学するのは、圧倒的に女子が多かった。


 理由は単純で、学園には有力な貴族の子弟が一堂に集まる。そのような家と婚姻を結ぶため、娘を学園へ入れる必要があった。そもそも学園に入れられないような商家は、商売上も貴族たちから相手にされない。


 だが幼い時から甘やかされ、自由奔放に育ってきたメラミーとしては、まるで監獄に閉じ込められている気分だった。


 せめてもの救いは使用人の息子で、自分がいつしか恋心を抱いているライオネルを、護衛役として連れてこれた事。それに侍女のジャネットのやる気がないおかげで、適当にライオネルと逢引が出来ていることぐらいだ。


 しかし最近のジャネットは単にやる気がないだけでなく、どこか得体の知れない感じがした。メラミーが物を投げようが、テーブルの上のものをひっくり返そうが、前には見せていためんどくさいという表情すらしない。その無関心すぎる態度が、メラミーの気分をいら立たせた。


 首にしてやろうかとも思ったが、変えたら変えたで、もっと融通の利かない人物が後釜に来るだけだ。少なくともこの女は自分の逢引の邪魔はしない。


 メラミーをいら立たせているのはジャネットだけではなかった。何様のつもりかは知らないが、あの赤毛が謎の勧誘の手紙を送りつけてきたのもある。それに欠席する気で満々だったお茶会に、父親から絶対に参加しろと指示が来たりと、最近のメラミーの機嫌は最悪だった。


 どうにか抜け出して、ライオネルとどこかで逢引でも出来ないかと考えながら、メラミーはジャネットを従えて階段を降り始めた。その視線の先、一人の少女が大きな荷物を宿舎へ運び込む姿が見える。


「あら、あなたが個室棟へ来ると言う噂は本当だったのね?」


 メラミーの問いかけに、荷物を床においたローナが顔を上げた。


「はい。これでまた一緒ですね」


 ローナはそのおっとりした表情に、笑みを浮かべて見せた。


「違うわよ。前回は相部屋なんてとんでもない所で一緒だったけど、今回は棟が一緒と言うだけ」


 メラミーは自分とは正反対の性格、決して声を荒げたりしないローナに対して、そう嫌みを告げた。


「それでも一緒という事に変わりはないと思いますけど?」


 ローナの顔には何の動揺も見られない。それどころか、冷静に問い返してくる。それがメラミーの機嫌をさらに悪化させた。


「相変わらずどうでもいいことに細かい人ね。でも意外、私はあなたがすぐにでも学園を離れると思っていたわ」


 メラミーの口から思わず本音が漏れた。父親から知らされていた話では、ローナの家は火の車のはずだ。とても学園に居続けられるとは思えない。そこにローナの使用人たちが荷物を運び込んできた


 垢ぬけた顔をしている侍女と、明らかにただ者とは思えない雰囲気を漂わせている護衛役だ。メラミーはローナに何が起きたのかを悟った。


「そう言う事なのね」


「どういう意味?」


「よく分かっていると思うけど?」


 メラミーはローナの顔を見つめつつ告げた。ローナが小さくため息をつく。


「バレツさん、ジョナさん。すみませんが、荷物を先に部屋まで運び込んでもらえませんでしょうか?」


「承知いたしました」


 男性はローナに一礼すると、明らかに重そうと思えるトランクを、まるで中身が入っていないみたいに担いでいく。メラミーは背後にいたジャネットの方を振り返った。


「ここでしばらくローナさんと話しをするから、あなたも荷物を運び込むのを手伝って」


「はい。お嬢様」


 メラミーの言葉に、ジャネットは少し戸惑った顔をして見せたが、廊下の奥へと去っていく。お茶会の為に皆は早く出てしまったらしく、辺りには誰もいない。


「あなたはこちら側の人間だと思っていたけど、あちら側に宗旨替えをしたという事ね」


「メラミー、あなたの言う宗旨替えがどういう意味かは分からないけど、しばらくは学園にいられる事になったわ」


 そう告げたローナに、メラミーがフンと鼻を鳴らして見せる。


「運動祭で誰かに気に入られたという事でしょう? だからあんな意味不明な手紙を送ってきたという事?」


「一緒に監督をしましょうと言う件?」


「そうよ。橙組の連中の仲間になるための準備と言う訳ね」


「もしかして参加しないつもりなの? 手紙でも書いたと思うけど、赤毛さんをコテンパに出来るいい機会じゃない?」


「あなたと違って、あんな連中なんかに関わるつもりは毛頭ないし、興味もない」


「そうかしら? 運動祭の最後は相当に本気だったと思うのだけど?」


「あなたは私に喧嘩を売っているの?」


 メラミーは自分が最初に絡んだことも忘れて、ローナを睨みつけた。


「それは他の人があなたに抱いている感想じゃないかしら? あなたは学園祭で赤毛さんに喧嘩を売って、そのまま引き下がったと思われている」


「誰が引き下がったですって!?」


「だって、そのまま黙っているだけじゃないの?」


「あんたね!」


 そう叫んで胸倉を掴んだメラミーに、ローナがにこりと笑って見せる。


「あなたの想像通りよ。運動祭にきていた誰かに私の人生を買われたみたい。でも学園に最後まで残れることにはなった」


「今さらお涙頂戴のつもり?」


「違うわ。その代わり自分の家の事をもう心配する必要はないし、学園での残り時間を精一杯楽しむことに決めたの。だから私は赤毛さんの誘いにのる。そして私の意地と言うのを見せてあげるの」


「お嬢様、手伝いが終わりました」


 ジャネットの声に、メラミーはローナの胸元を掴んでいた手を離した。


「行くわよ」


 そう声をかけたが、すぐに足を止めてローナの方を振り返る。


「そうね。暇つぶしにはちょうどいいから、私も参加することにする。あなたも残りの時間をせいぜい楽しんで」


 そのままローナの返答を待たずに、メラミーはジャネットを従え外へと出ていく。 その後ろ姿に、ローナは再度ため息をもらした。メラミーもローナに起きた事が、決して他人事ではないことくらい分かっているはずだ。


「赤毛さんと同じね。本当にめんどくさい人。でもきらいじゃないわよ」


 そう呟くと、ローナはメラミーにつけられたブラウスの皺を直した。

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