転入生
「一学年の主任を務めているハッセです」
「クレオン・カイです」
そう自己紹介をしたハッセに対して、クレオンは片足を後ろに引くと、北大陸式の挨拶をした。
「カサンドラ・シンです」
クレオンの隣に立つ深い赤紫色の髪をした少女も、同じように北大陸式の礼をする。
「ロストガルへようこそ。スオメラからの長旅でお疲れでしょう」
そう告げると、ハッセは二人に教務室の長椅子に座るよう即した。クレオンは椅子に座ると、ハッセと名乗った痩身の男性を注意深く眺める。噂に聞くロストガルの王立学園の主任教授にしては、少し若すぎる気もする。
それに知り合いをお茶にでも誘った様な、くだけた表情だ。しかしクレオンたちを見る目には、単なる学者とは思えぬ何かがある。
「クレオン君は男子生徒の組である紺組に、カサンドラさんは女子生徒の組である橙組に属してもらいます」
「はい。よろしくお願いします」
隣に座るカサンドラが、口元に笑みを浮かべつつハッセに答えた。その姿は素直そうな女子生徒そのものに見える。
カサンドラの態度に、クレオンは心の中で苦笑いをした。自分を含めて、彼女をよく知る人物からしたら、どれだけ猫を被るつもりなのかと、突っ込みを入れたくなるはずだ。
「男子と女子で組を分けるなんて言うのは、教育上は何の意味もないと思うのだけどね。この国は色々とやり方を変えるのが嫌いで、本当に困ったものですよ」
いきなりの自国批判に、クレオンはカサンドラと顔を見合わせた。そして互いに目でどちらが答えるかを押し付け合う。
「どのような点で問題があるのでしょうか?」
カサンドラの視線に押し切られたクレオンが、ハッセに問いかけた。
「問題ありありですよ。この世界は男性と女性から出来ています。その相手を理解する機会を極力排除するというのは、まさに愚の骨頂です。互いを理解し尊重できた方が、人生は充実したものになると思いませんか?」
「そ、そうですね」
カサンドラは笑顔で答えたが、その顔は少し引きつって見えた。それはそうだろう。カサンドラの生き方は、尊重などという言葉の対極だ。
「君たちがこの学園へ来てくれたのは、とても素晴らしい事だと思います。異なる文化や考え方に触れるのは、互いの将来において必ず役に立つ事でしょう」
「皆さんのお役に立てるよう努力いたします」
クレオンは話が比較的普通の会話に戻ったことに安堵しつつ答えた。
「それと生徒たちへの紹介ですが、明日はお茶会で一日授業がありません。なので、その場で君たちを紹介したいと思います」
「お茶会ですか?」
カサンドラが当惑の声を上げた。
「本末転倒ですが、偉い人達がたくさん来るので、授業などしている暇がないそうです」
そう答えると、ハッセは二人に苦笑いをして見せた。
「荷物が全部は届いていないので、着ていく服がありませんが……」
少し困った表情を浮かべつつ、カサンドラがハッセに問いかけた。カサンドラからすれば、お茶会などと言うものは、刃物抜きの決闘の場ぐらいに思っているはずだ。そこへ準備なしで出ていくのは、不意打ちを食らった気分だろう。
「何の問題もありません。今回のお茶会はある家の私的なお茶会で、主催の女子生徒が一年生全員を招待しました」
「全員ですか!?」
クレオンはハッセに思わず聞き返した。
「なので参加者は君たちが着ている、制服での参加ということになっています」
そう言うと、ハッセは二人が着ている制服を指差した。
「中々面白いことをしてくれました。ここはやり方を変えないと言いましたが、一部の例外は存在します」
そう答えたハッセが、朗らかに笑って見せる。
「それに全員と話が出来るような機会はめったにありません。お二人も積極的に生徒たちと話をしてください」
「はい」
二人の返事にハッセが頷く。それを見ながら、クレオンは心の中でほくそ笑んだ。
何の酔狂かは知らないが全員参加と言うのは、色々と探る上でも都合がいい。なにより積極的に話せと言われているのだ。いらぬ疑いを受ける可能性も低い。
「最後にこちらからお願いがあります。君達から見た学園の生徒たちの印象を知りたく思います。なので生徒たちと話した感想を後で教えてください」
「承知いたしました」
「メルヴィ君!」
ハッセは背後を振り返えると声を上げた。どうやら挨拶はこれで終わったらしい。
「教授、お呼びでしょうか?」
当番の生徒だろうか? ハッセの呼びかけに、クレオン達とそう年が変わらない女性が顔を出した。
「彼らを宿舎まで案内してもらえないだろうか?」
だが女性はクレオンをぼっと眺めているらしく、反応がない。
「メルヴィ君?」
ハッセの再度の呼びかけに、女性がはっとした顔をする。
「失礼いたしました。助教のメルヴィです。皆さんを宿舎まで案内させて頂きます」
「あのハッセと言う教授、一体何者なの?」
案内された部屋に届いた荷物を紐どきながら、カサンドラはクレオンにそう問いかけた。
その台詞に、クレオンは天井へ視線をちらりと向ける。その姿を見たカサンドラが、不機嫌そうに首を横に振って見せた。
「大丈夫よ。誰も覗いていない」
「本当だろうな?」
「あら、学園に来てすぐに穴の向こうへ行きたいわけ?」
カサンドラの態度に、クレオンは肩をすくめて見せた。同時に魔法職という奴は、なんですぐに穴の話をしたがるのだろうと、心の中でため息をつく。
もっとも魔法職は口で言うほど万能な存在ではない。カサンドラが何かの呪文を唱えるより、クレオンがその首の骨を折る方が確実に早い。
「さあ? ただ者じゃないのは確かだな」
「そうね。でも事前に聞かされていた話とはだいぶ違うみたい。どこかの修道院顔負けの、かび臭いところだと思っていたのだけど……」
「あの教授が変わっているだけだろう。その点についてはさほど外れているとは思えないな。それよりも君とこんなところに三年近くも閉じ込められるかと思うと、修道院へ行けと言われた方がよほどにましだ」
「それはこちらの台詞なのだけど?」
カサンドラがクレオンに対して、子供みたいにあかんべーをして見せる。クレオンはその秀麗な上に、愛嬌がある顔に苦笑いを浮かべて見せた。
「だが明日のお茶会は丁度いい機会だな」
「一年生全員だから、例の王子様にも会えると言うことよね。せいぜい夢中にさせてあげるわよ」
「いきなり色目を使うつもりか? それにその根拠のない自信はどこから出てくるんだ?」
「久しぶりに私の家へ遊びにくる? あの件があっても、家に来ている結婚の申し込みの束の山を見せてあげる」
「世の男たちの見る目のなさよ!」
「それはこっちの台詞ね。あなたを見ていると、世の女たちも本当に見る目がないと思うけど……」
そう告げると、カサンドラは大きくため息をついて見せた。
「そんなことより、これに私たちの復権がかかっているのを忘れないで」
「もちろんだ。だから君みたいに、最初から色目を使ったりはしないさ」