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招待

「フレデリカが学園を抜け出して、南区で騒動を起こしたという事に、間違いはないのですね?」


 カミラは目の前で跪く男に声を掛けた。


「はい、奥様」


 情報屋は顔を上げると、よく通る声でカミラに答えた。その顔にはトカスに殴られた跡はもうない。


「あの娘は南区で、一体何をやっていたのです?」


「それについては目下調査中ですが……」


 カミラの問いかけに、情報屋は言葉を濁して見せた。


「何か問題でも?」


「はい。奥様の身の安全を考えれば、お知りにならない方が良いかと思います」


 情報屋はそう告げると、上目遣いにカミラの目をじっと見つめた。そう言えば、どことなく自分の初めてを奪ったあの人に似ている。その瞳にカミラはそんな事を思い出したが、すぐに頭から追い出した。今はそんな事を思い出している場合ではない。


「マーカス殿、私は旦那様が不在の間、このカスティオール家を預かる身です。たとえそれがどんなに危険なことでも、私は知る必要があります」


 男は少し逡巡するような表情をして見せたが、諦めたように口を開いた。


「南区の件はフレデリカお嬢様だけではなく、セシリー王妃様もそこにいらっしゃったそうです。セシリー王妃様が適切な避難誘導を行っていただいたおかげで、被害が最小限になったと言われています」


「セシリー王妃様が!?」


 カミラの口から驚きの声が上がる。つまはじきにされているカスティオールでも、噂ぐらいは聞こえていたが、どうやらそれは本当だったらしい。


「はい。ですがフレデリカお嬢様をはじめ、一部の学園の生徒が関わった件については、内務省はもちろん、学園から王宮まで、完全なかん口令が引かれています」


「つまり……」


「全て無かったことになっているのです。ですからこの件について、フレデリカお嬢様が何らかの賞罰を受ける事はありません」


「それで、学園からも何も連絡がなかったのですね……」


 情報屋の言葉に、カミラは安堵のため息をもらした。自分は入学できなかったが、学園はこの国の有力者の子弟が集まるところだ。そこで学園を抜け出した挙句に、セシリー王妃様の前で騒動を引き起こすなどあり得ない。


 同時にロゼッタに対しても怒りが湧き上がってくる。学園の教授に採用された事にいい気になって、本来の役目を忘れているのではないだろうか?


「この件については、しばしご静観されるのが一番かと思います」


 情報屋の台詞に、カミラは首を横に振って見せた。


「母親として、このままほったらかしにすることは出来ません」


「お気持ちはよく分かりますが……」


「マーカス殿」


 カミラは声を潜めると、小さく男を手招きした。カミラの意図を察したのか、情報屋は持ち込んだ装飾品を見せるフリをしながら、椅子に座るカミラの方へとにじり寄る。


「そなたには今後も力を貸してもらいたい」


「もったいないお言葉です」


 男の答えに、カミラは満足そうに頷いて見せた。


「この家は以前と違い、外の者たちも入り込んでいます。フレデリカに加えて、その者たちについても、当家に含むものがいないか探ってもらいたい」


「承知いたしました」


 この屋敷は以前とは別物だ。ライサから派遣されている者達は、東棟を我が物顔で占拠しているし、内務省からは専任の連絡官も来ている。


 当初、カミラはカスティオール家が復権している証拠だと喜んでいた。しかし近頃では、フレデリカに関係があるのではないかと疑っている。


 テオドロスの急死の件といい、全てはフレデリカがアンジェリカのお披露目について行ってからだ。アンジェリカを守るためにはフレデリカだけでなく、その者達全てをここから追い出さなくてはならない。


 そう改めて決心すると、カミラは情報屋が差し出している装身具へと目を向けた。やっと外部への伝手を得られたのだ。この男の歓心を得ておいても損はない。


「お前の見立ては中々です。私に似合うと思うものを置いていきなさい」


「失礼致します」


 男は持ち込んだ箱からネックレスを取り出すと、カミラの首にそれを着けた。男のコロンの香りを間近に嗅いだカミラが、動揺を抑えつつ胸元へと視線を向ける。そこには一輪の赤い薔薇を模したペンダントが輝いていた。


「奥様にはやはりこれがお似合いかと思います」


 再び跪いた男が、カミラの手を取って口づけをした。そして貴婦人に対する礼をしつつ部屋を出ていく。どれだけ時間がたったのだろうか? カミラは自分の手の甲を見つめ続けている自分に気がついた。


 何をボーっとしているのだろう。フレデリカの監視も大事だが、自分にはもっと大事な用事がある。カミラは軽く頭を振ると、ライティングデスクの引き出しを開けた。そこからヒナギクの紋章が押された、立派な封書を取り出す。


 お披露目でサイモン王子と踊ったにも関わらず、何も反応がないことにやきもきしていたが、やっと期待していたものが来たのだ。カミラは封書を手に、子供部屋へ続く呼び鈴を引いた。

 

「お母さま、お呼びでしょうか?」


 顔を出したアンジェリカにカミラは頷いた。


「アンジェリカ、コーンウェル家主催のお茶会に、あなたも招待されました」





 ウォーリス家の侍従頭のオルガは、部屋の持ち主が誰かを考えれば、とても質素な扉をノックした。


「入り給え」


 中から響いた声に、扉を開けて頭を下げる。


「ご主人様、お呼びでしょうか?」


 今日は本物だ。オルガは頭を下げながら心の中で呟いた。オルガはローレンスが二人存在することを知っている。


 どこがどう違うのかを言葉で説明する事は出来ないが、女の感とでも言うべきもので、本物か偽物かはすぐに分かった。もちろんそれを誰かに漏らしたりはしない。


 それに幼い時からこの屋敷で働いているオルガは、この家の当主であるローレンスの事を心から敬愛していた。


「オルガ、忙しいところを呼び出して申し訳ない」


 ローレンスの呼びかけに、オルガは顔を上げた。だがそこに浮かんでいる表情に驚く。ローレンスはオルガが今までに見たことがない、何かに戸惑っているとでも言うべき顔をしていた。


「実はエイルマーからお茶会の招待状が来た」


「コーンウェル家への招待でしょうか?」


「正しくは孫娘のイサベル嬢主催の、学園でのお茶会への招待だ」


「ですが……」


 オルガの口からも戸惑いの声が漏れる。この家の子供であるニコライとサンドラはまだ学園には上がっていない。学園のお茶会に招待される理由は特にないはずだ。


「それにもう一通、私宛に私信が届いている」


「どなたからでしょうか?」


「オリヴィアから自分の保護者の名代として、お茶会に参加して欲しいとの依頼だ」


「ですが、フェリエ家の皆様はどうするのでしょうか?」


「年頃の娘とは難しいものだな」


 そう告げると、ローレンスは珍しく口元に笑みを浮かべて見せた。


「両親が茶会へ来てほしくないらしい。オリヴィアの意向を汲んで、エイルマーからの招待を受ける事にした。だが正直なところ、何を着ていけばいいのか皆目見当がつかない。君の方で服の手配を頼む」


「承知いたしました」


 オルガはローレンスに対して頭を下げた。確かに学園での茶会に名代として参加するとなれば、色々と考えなければならない。


「それと連絡すべき件がある。サンドラに事故があった」


「サンドラ様にですか?」


「命に別状はないが、しばらくは人前へ出るのは難しい」


 ローレンスの言葉に、オルガはこれが事故などではない事を理解した。確かにサンドラはしばらく姿を隠している。双子の兄のニコライは、他の家へ遊びに行っていると言っていたが、どう考えても不自然だった。


 そもそもニコライとサンドラの双子はローレンスの子供と言う事になってはいたが、とても子供とは思えない存在だ。いや、人なのかどうかすらも怪しい。


 それでも前は子供らしく振舞っていたが、最近のサンドラは明らかにおかしかった。恐らくはそれが理由なのだろう。


「サンドラ様のお世話をする者の人選を――」


 そう口を開いたオルガに、ローレンスが首を横に振って見せた。


「それについては私の方で手配する。オルガ、君には別の事を頼みたい」


「はい。なんなりとお申し付けください」


 名指しで依頼をしてきたという事は、ウォーリス家の使用人としてではなく、自分個人に対する指示と言う事だ。オルガはいつも完璧に伸ばされている背筋をさらに伸ばした。


「サンドラの代りを、私の子供を産んで欲しい」


「ご主人様、承知いたしました」


 オルガは侍従らしく手を前に揃えると、完璧な姿勢で頭を下げた。

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