意地
「あんたの名前がいくつあるのか知らないが、今回はロニーでいいのか?」
情報屋は少し痩せ気味の男に頷いて見せた。
「いつでもどこでも自由に覗けるあなた方が、私から情報を買う理由が未だによく分かりません。少しは役に立っているんでしょうか?」
「他の連中がどうやっているのかは知らないが、俺達にとってはそれなりに役に立つ」
情報屋は疑わしそうな顔をして見せた。
「本当ですか?」
「覗けるからと言って、ずっと覗いていればいいと言う訳じゃない。いつどこで覗けばいいか分かっていた方が、効率がいいに決まっているだろう?」
「ですがお互いに顔を合わせるのは、あまりにも危険ではありませんか? いつも通りに――」
情報屋がそう告げると、鎌の二つ名を持つ男は首を横に振って見せた。
「今回は買うのではない。情報を売ってやる」
「腕のあなたが、私に情報をですか!?」
いつもは冷静な情報屋の顔に、めったにない驚きの表情が浮かぶ。
「そうだ。だからこうして顔を合わせている」
「それこそ危険ではないのですか?」
情報屋の問いかけに、鎌は首を横に振って見せた。
「第三者が介在して、証拠の残る方がもっと危険だ」
「言われてみればそうですね。ですがあなたの同僚に覗かれていたら、それでお終いな気もしますが?」
「それについては心配しなくてもいい。俺達にもそれなりに協定と言うものが存在する。それに誰かが覗いていないかの監視ぐらいはしてるさ」
情報屋は鎌に頷いて見せたが、内心は恐怖に手が震えそうだった。この職業では小心者であることを馬鹿にするものはいない。むしろ美徳の一つだ。鎌はそんな情報屋をちらりと見ると、再び口を開いた。
「そちらがとある家の依頼を受けて、南区の件を探っていることは承知している」
鎌の問いかけに、情報屋は何の反応も示さない。単なる相手のはったりかもしれないのだ。それに否定の言葉も漏らさなかった。そんな事を言えば、無能者としてこの場で殺される。
「無言か?」
そう呟くと、鎌は神経質そうに見える顔に苦笑いを浮べた。
「やはりお前はそれなりに優秀な男だな。だが相当に苦労しているだろう? その件について、お前に必要な情報を渡してやる」
鎌の言葉に情報屋は首をひねって見せた。
「今回だけは、質問させてもらってもいいでしょうか?」
「なんだ?」
鎌は少し怪訝そうな顔をしつつも情報屋に頷いた。
「私にそれを教えてくれる理由は何です?」
「お前は情報屋だろう? 知りたいことが聞ければ、それでいいのではないのか?」
「私は内務省の内偵官ではありませんよ。事実そのものになんて興味はありません」
情報屋は鎌に肩をすくめて見せた。
「商いとして情報をやり取りしているだけです。いわば問屋のようなものですよ。情報を仕入れて、それを必要としている者に売る」
「それは知らなかったな」
鎌は興味深そうな顔をすると、情報屋をじっと見つめた。
「理由が分からない情報と言うのは、食べられるかどうかもわからない果物と同じです。仕入れても売ることなど出来ません」
「なるほどな。これは俺達の意地みたいなものだ」
「意地?」
「そうだ。人としての意地だ。あんた達は俺達の事を、まるで感情のない人形のようなものだと思っていないか?」
情報屋は鎌にたいして素直に頷いて見せた。確かにそうだ。彼らをある種の化け物のように思っているところがある。
「確かに便宜上そう振舞っているところはある。色々と見たくもない物を覗くからな。だが俺たちだって人間だ。怒りもすれば悲しみもする。それにたまには胸糞悪い気分にだってなるのさ」
「分かりました。私の方で預からせて頂きます」
情報屋はそう告げると、鎌に対して完璧な貴人に対する礼をして見せた。
「相変わらず気障な奴だな。俺の一番嫌いなタイプだ。それともう一つ、こちらは依頼だ。エドガーという男の行方を追ってくれ」
「エドガーですか?」
「そうだ。元執行官の若い男だ。短期間だが塔にも所属していた。だが少し前から行方不明になっている」
「そちらの方が余程に探せませんか?」
「もちろん探してはいるさ。だが未だに見つかっていない。お前のやり方はこちらのやり方とは違う。お前なら何かをかぎつけられるかもしれない。それにこれは俺達の私的な依頼だ」
「こちらもその意地という奴が、絡んでいたりするのでしょうか?」
「違うな。こちらは本当に事実を知りたいと思っているんだ」
情報屋と別れた鎌はとある食堂の手洗いへ入った。そこへ男が入ってくる気配がする。鎌は手を洗う男の背後へと近づくと、それと重なった。そのまま通りに面したテーブルへ座る。
目の前にはいかつい体をした巨体の男が、スプーンを手に丁寧にスープを飲んでいた。
「束の間の休暇もこれでおしまいか……」
槌の呟きに鎌が肩をすくめて見せる。
「味はどうだ?」
鎌の問いかけに、槌は顔をあげると小さく頷いて見せた。
「若干見掛け倒しだが味はまあまあだ。でも冷めないうちに食べたほうがいいぞ」
「そうだな。暖かくてまあまあなら、さめると間違いなくまずい」
そう告げてスープを口に運ぶと、鎌はすぐに複雑な顔をした。
「おい!」
「どうした?」
「お前のまあまあは一体何が基準なんだ? 茹で過ぎだ。野菜の風味が完全に飛んでいるぞ!」
「そうか? まあ、料理が上手なお前からすればそうなんだろう。世の女性達はお前の隠れた才能にこそ目を向けるべきだな。特にとある役所にいるダリアという名前の――」
「おい、それ以上何か一言でも言ってみろ。こいつをお前のケツの穴につっこんでやる!」