疑惑
241部に「拒絶」を割り込み投稿させて頂きました。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
「イアン、三人とも大丈夫なのか? まるで寝ていないみたいな顔をしていたぞ?」
新人戦の打ち合わせが終わって、フレデリカ達を見送ったヘルベルトがイアンに声をかけた。
「そうだな。おそらく茶会の件で忙しいのだろう」
「まさかと思ったが、天下のコーンウェル侯爵家から、俺の所にまで招待状が来た。これって、例の噂は本当なんじゃないのか?」
ヘルベルトの問いかけに、イアンが頷いて見せる。
「間違いない。一年生全員に招待状を送ったんだ。それに招待状と一緒に、団体戦への勧誘のおまけ付きだ」
「やっぱり、それって……」
「赤毛の策略だよ。それにイサベル嬢が乗ったんだ。コーンウェル家からの招待を断れるやつはいない。それと一緒に新人戦へのお誘いがあるとなれば、いやと言うのは限りなく難しい。当人以前に、家がそれを許さない」
「それでお茶会に制服での参加なんて書いてあったのか。前代未聞だろう?」
「もともとは生徒同士が互いに話をするために、学園に許可を取るための名目だったと聞く。それに家の名誉やら、色々とややこしいものが乗ってきて、お披露目もどきみたいな感じになったんだ。ある意味、正しい姿に戻ったとも言えるな」
「コーンウェル候がよく許可したな」
ヘルベルトの嘆息に、イアンが首を横に振って見せる。
「あの家の直系はイサベル嬢しかいない。単に甘いだけだろう」
「いずれにせよ、一年生全員がどこかに集まって、話をするなんて言うのは初めてだ。実はすごく楽しみにしている」
ヘルベルトはそう告げると、目を輝かせて見せた。
「絶対に口には出さないだろうが、全員がそう思っているとは限らないぞ。俺の様に場違いなところで、他人への気遣いを面倒だと思っている人間もいる。お嬢さん方がそこまで考えているかどうか……」
それを聞いたヘルベルトが、大きくため息をついて見せた。
「相変わらず根暗だな」
「ヘルベルト、お前が能天気なだけだ。話は元に戻るが、事務方から団体戦について、参加人数と試合数を早めに決めてくれという連絡があった」
「おい。どういう風の吹き回しだ。ハッセ先生の手前、いやとは言えないが、色々と理由をつけて渋っていただろう?」
「コーンウェル家がお茶会の招待状と一緒に、団体戦への参加を呼びかけたんだ。もはや限りなく公式行事に近い。事務方は白旗あげて降参だよ」
「セシリー王妃様の学園訪問の件といい……」
「寝る暇もないだろうな。でもヘルベルト、その点で言えば俺達も似た者同士さ」
そこまで告げると、イアンは辺りの気配を伺った。そしてヘルベルトに目配せして見せる。
「打ち合わせが終わった後だ。誰も覗いている者はいない」
そう告げると、ヘルベルトはイアンに頷いた。
「例の調査の件はどうなった? お前の事だ。この間の南区での遅刻の件は、それの繋ぎもあったのだろう?」
「ばればれか? 誰かに気づかれていると困るな。でも南区での初動の遅さを考えれば大丈夫か……」
「それで結果は?」
ぼやいて見せたヘルベルトをイアンが即した。
「一族の伝手を手繰ってみた。結果は驚きの連続だよ。カスティオールが没落しまくっていると言う話はやはりきな臭い。と言うか、一部では公然の秘密だったのかもしれない」
「やはりな……」
「代々のカスティオール候はあまり目立つことをしてきていない。ほとんど王宮にも参内していなかったそうだ」
「今のウォーリス侯と同じだな」
「それが没落と言う話に変わったのは、実はそれほど前の話じゃない。三侯爵家という呼び方が流行り出したのもそうだ」
「どう言う事だ?」
「根拠は二つ。もともとカスティオール侯爵領で天災が続いた。それで金が無くなったと言うのが根拠の一つだ。これ自体は単に不運が重なっただけだろう。問題は次だ」
「金で誰かともめたのか?」
「そうじゃない。御用達のライサ商会が落ちぶれたのは、代替わりして、とんでもなく無能な男が代表になっただけらしい。その後に魔族が現れて、カスティオール領が危険地帯になった件だ」
「一部の住民たちが避難民になったやつだな」
イアンの問いかけに、ヘルベルトが頷いた。
「そこから住民たちを避難させるための口実かもしれない」
「計画的だと言うのか!?」
イアンの口から驚きの声が漏れた。それを聞いたヘルベルトが、慌てて口元に人差し指を立てて見せる。
「すまない。続きを頼む」
「調べたところ、避難が起きているのは特定の内陸部に限られている。流民になった住民たちが、相当に苦労しているのは事実だ。それでも混乱なく地域から退去はさせているんだ」
「根拠は?」
「ない。話を聞いた限り俺にはそう思えた。それに没落の件の噂が出た時期とも一致している。いや、魔族の件もそれを契機として起きている節があるんだ」
「それほど前ではないと言ったな?」
「そうだ。現カスティーオール家当主、ロベルト・カスティオールがアンナ夫人を娶った時だ。アンナ夫人は……」
「外交官の娘で、実質的にはスオメラ出身だ。それが学園に入って、カスティオール候と出会って結婚した」
イアンがヘルベルトの言葉を引き継いだ。
「その理由は『当家には国内の家と婚姻できるほどの金がありません』と、カスティオール候が言ったという話が二つ目の根拠らしい」
それを聞いたイアンが呆気にとられた顔をする。
「その程度の話が根拠?」
「正直なところ、金がないという話はアンナ夫人と結婚する為にでっちあげたと考える方が自然だな」
「そうだろう。だがそれを契機に何かが計画され、実行に移されたと考える方が自然だ」
ヘルベルトの一連の説明を聞いたイアンが、考え込む表情をして見せた。
「イアン、何か心配事でもあるのか?」
「実は俺の方でも、気になる点をいくつか調べてみた。今の話を含めて、点がつながった気がするんだ」
「お前自身で調べたのか? あまりにも危険だぞ!」
そう声を上げたヘルベルトに、イアンは首を横に振って見せた。
「そうだが、学園の図書館の閉鎖書架にはお前では入れない」
「閉鎖書架?」
「事務方から前代未聞とばかり言われたから、団体戦が本当に新規なのかどうか、過去の新人戦の実施記録を見たいとかけあったんだ。自分たちが許可を出すのにも根拠が必要だから、よろこんで許可をくれた」
「それで団体戦の実施はあったのか?」
「それらしいのは見つけた。だがそれは表向きの理由だ。過去の学園の生徒の履歴を調べてみた。やはり何年かおきに事故がおきている」
「噂は事実と言う事か……」
「今の学園にはロストガル建国に関わる魔法職の子孫の女子三人が揃っている。それに王家とオールドストーンの男子もだ。そのような状況が過去にあったのかを調べてみた。調べた限り、同じ状況が過去に一度だけある」
「おいおい。俺が命がけで調べている間に、お前は何を暇してくれていたんだ?」
「暇? 馬鹿を言うな。それが起きた年が問題なんだ」
「イアン、まさか?」
「その通り、300年前だよ。そしてこの国が失われかけた年だ」
「その年にも事故が?」
「あった。それも過去最大の惨事だ。300年前の事件のせいだと噂されていたが、辻褄があっていない。学園での事故は300年前の惨事より前だ」
「でも300年前の惨事の件は魔族が現れて、国のあちらこちらに大穴が空いたと言う口伝が残っているだけだ。詳細は……」
「記録の一部を読んだ」
「どうやって!?」
「父上が歴史好きなのは知っているだろう? 禁書庫から取り出した本は、自室からは持ち出さない。だが一度だけ、急な来客のせいで、居間に置きっぱなしにしたことがあった」
「それを見たのか!?」
今度はヘルベルトの口から驚きの声が漏れる。下手にバレたら、王子でも長い手にかけられかねない。
「見慣れない本が置いてあったので、何の本かを確認する為に数ページめくってみただけだ。それは300年前の厄災の記録で、最初に観測された厄災の発生の日付が書いてあった。学園での事件はそれの三か月以上前なんだ」
「単なる偶然じゃないのか? 一人目の髪の色を見たら、全員が同じ髪の色だと思うのと同じだろう」
「そうかもしれない。だがやはり色々と辻褄があっていないんだ。南区の倒壊現場を見たか?」
「瓦礫の山ならな」
「そこじゃない。その下の基礎が見えていた。今の王宮なんかより立派な基礎だよ。それにある紋章が刻まれていた」
「王家の紋章、百合だろう?」
「それもあった。だがそれに囲まれるように、大きな薔薇の紋章があったんだ」
「薔薇? カスティオールか!?」
「以前は南区の場所が王宮で、大惨事で失われたという話は聞いたことがあるだろう? それを設計し建築したのは、往時のカスティオールだと言われている」
「それは当時のカスティオール家が、一番大きな侯爵家だったからだろう?」
「俺は違うと思っている。あれはもともとカスティオールの城だったと考えるのが、一番理に適っている」
「はあ? 南区全部が城だった訳だから、今の王宮なんかより遥かにでかいぞ!」
ヘルベルトが呆れた顔をしてイアンに告げた。
「その通りだ。ヘルベルト、ロストガルの建国譚においては二人の剣士と三人の魔法職が、クリュオネル崩壊後にこの国の礎を築いたことになっている。そのメンバーで前衛の剣士のロストガルが、本当にリーダーだったと思うか?」
ヘルベルトがさらに呆気にとられた顔をする。
「イアン、お前はなんてことを言い始めるんだ?」
「国とか建て前とかは横において答えてくれ。前衛が主導権を握ると思うか?」
「いや、剣士は魔法職の盾役だ。その意図と指示によって動く。魔法職のいずれかがリーダーだと思う」
「そうだ。ロストガルは守るべき魔法職の盾役だったんだ」
イアンはそう告げると、ヘルベルトの目をじっと見た。
「クリュオネルが崩壊したのは、魔法職が国の権威を独占し、大穴を開ける為に、住人すら贄に使う様になったのが原因だ。その結果、反乱が起きて崩壊した。その後に出来たこの国では、魔法職自体を禁忌にしてもおかしくはない」
「イアン、それは違う。魔法職の邪魔には魔法職だ。だから相手に魔法職がいるのなら、こちらにも魔法職が必要になる。それに開きっぱなしの穴の管理もあるだろう」
「それが表向きはロストガルが王家となった理由だ。魔法職は必要だが、それが国の指導者であるとは言えない。それを決めたのこそ、建国の真の指導者だ」
「イアン、お前はまさか……」
「この国は魔法職の末裔たる、3つの侯爵家のいずれかが真の王家なんだ」
「それがカスティオールなのか?」
イアンの意図を理解したヘルベルトの顔は、いまや蒼白になっている。
「おそらく300年前までは間違いなくそうだったのだと思う。今もそうなのかについては確証がない。特にあの赤毛を間近で見ているとそう思う」
「ではこの国を支配しているのは、一体誰なんだ?」
「それがこの国の最大の秘密にして、最大の謎なんだ」