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拒絶

「これで生徒全員への招待状は終わりですね」


 イサベルさんが感慨深そうに呟いた。その台詞に私は思わず万歳をする。ほぼ不眠不休の作業の結果、全員への招待に、団体戦に関する告知と参加募集を、私たちは何とか終えることが出来た。


 もっとも私とオリヴィアさんが手伝ったのは、団体戦へのお誘いの文章だけだ。恐ろしいことに、お茶会の招待については、イサベルさんが一人で全て書き切った。


 この方は超絶美人というだけでなく、妹のアンジェリカ同様、相当な努力家です。はっきり言って、非の打ち所がありません。間違いなく無敵種です!


「皆様、お疲れさまでした」


 イサベルさんの侍女のシルヴィアさんが、お茶のポットを手に私達へ声を掛けてくれた。マリとオリヴィアさんの侍女のイエルチェさんも、私達へお茶を振る舞ってくれる。


「皆さんもお疲れさまでした」


 イサベルさんがシルヴィアさんに答えた。その通りだ。マリ達も招待状を封書にいれたり、色々と作業を手伝ってくれた。一年生全員をお茶会に招待するというこの偉業は、私達6人の努力の結晶です。


「でも少しもったいないですね。とっても楽しかったです」


 オリヴィアさんの口から言葉が漏れた。オリヴィアさんの言う通りです。確かに大変でしたが、こうしてみんなでイサベルさんのお部屋で作業が出来たのは、とても楽しくてあっという間の時間でした。


「もっと皆でおしゃべりをしていたかったですね」


 私もオリヴィアさんに同意した。


「とっても、とっても残念です」


 侍女のシルヴィアさんが、少し涙ぐんだ目でマリの方を見ながら呟いた。この少しそばかすが目立つ侍女さんですが、前世で幼馴染だった肉屋の娘と同じ匂いを感じます。いや、間違いなく同類です。


 マリが手伝いに来てからと言うもの、この方はずっとテンションが高めでした。ともかくマリの側から離れようとしないので、マリの完璧な侍従としての表情が、少し引きつっていたほどです。


「でもかなりの人数ですけど、お茶会の準備は大丈夫でしょうか?」


 準備が終わった招待状の山に、思わず口から言葉が漏れた。私が「全員招待した方が……」なんて台詞を吐かなければよかったのではないか、そんな後悔の念も湧いてくる。だがイサベルさんは私に向かって首を横に振って見せた。


「お茶会の準備はおじい様の方で手配して頂けるので、何も問題はないと思います。それよりも、おじい様の招待客の皆様へのあいさつの方が、余程に大変そうです」


 そう告げると、小さくため息を漏らして見せる。私はイサベルさんに心から同情した。コーンウェル家という、王家を除けばこの国でもっとも力がある家の全てを、イサベルさんは一身に背負っている。


「どれほどいらっしゃるのでしょうか?」


 オリヴィアさんも心配そうな顔をして、イサベルさんに問いかけた。


「間違いなく20人以上は招待すると思います。もしかしたら、運動祭と同じぐらい招待するかもしれません。それに先生方も招待しないといけませんし……」


「えっ!」


 あれって、確か50人近くいたと思いますけど?


「もちろんカスティオール家とフェリエ家の方は招待させて頂きます。それにせっかくの機会ですので、他に招待したい方はいらっしゃいませんでしょうか?」


 誰か招待? そうだ。カミラお母様が招待される事になるだろうから、一緒なら何も問題はないはずだ。


「もしご迷惑でなければ、妹を招待して頂くことは可能でしょうか?」

 

「妹さんですか?」


 先ほどまで少し暗い顔をしていたイサベルさんが、目を輝かせた。


「はい。二つ年下のアンジェリカです」


「もちろんです。是非に招待させてください。私は一人っ子なので、フレデリカさんの妹さんにお会いできるなんて、とっても楽しみです。そうですよね、オリヴィアさん?」


 何か考え事をしていたのだろうか? イサベルさんの問いかけに、オリヴィアさんがハッとした顔をする。


「はい。とっても楽しみです」


「オリヴィアさんも、他に招待されたい方はいませんか?」


「私は特には……」


 なぜだろう? 首を横に振って見せたオリヴィアさんの顔が、それまでの晴れやかなものとは違って見える。


「それよりも、アンジェリカさんの事を教えてください」


 オリヴィアさんが私に問いかけてきた。その顔に先ほどの暗さはない。さっき感じたのは単に私の気のせいかもしれない。


「フレデリカさんみたいに、とっても元気な妹さんでしょうか?」


「元気の意味がよく分かりませんが……」


 二人が顔を見合わせる。アンのことを私と同じで、やらかすやつだと思っていませんか?


「妹はまじめで努力家ですね。それに私と違って、とってもかわいいんです」


 再び二人が顔を見合わせる。


『いけません!』


 私のせいで、アンジェリカまで同じに見られています。これは是非に実物を見てもらって、私とは全く別物であることを、二人に認識してもらう必要があります。


「でもお客様の相手もありますから、あまりお話をする時間がなさそうで残念です」


 そうでした。イサベルさんにはまさに苦行とでも言うべきものが待っていました。相手が運動祭に来ていた、あのおやじやおばさん連中ならなおさらです。


「イサベルさん!」


「はい。なんでしょう?」


「お茶会ですが、私もイサベルさんと同席させていただいてもよろしいでしょうか?」


 イサベルさん一人を、あんな連中と一緒にするなんて出来ません。猛獣たちの前に、いたいけな乙女を放り出すようなものです。


「私と同席ですか? それって……」


「はい。イサベルさんを一人には致しません!」


 ここは元パンピーな私がイサベルさんの盾になります。前世では下町のおばちゃんたちと、井戸端会議で鍛えさせて頂きました。あの口さがない人たちに比べたら、単に着飾りまくりのおばちゃんたちなど、私の敵ではありません!


「私も同席させていただけませんでしょうか?」


 オリヴィアさんも声を上げた。


「ありがとうございます!」


 イサベルさんが私達二人に頭を下げる。


「お二人が一緒にいてくれるのなら、おじさま達やおばさま達の相手も出来そうな気がします」


 そうです。やはりお姫様には私の様な道化が必要です。でもオリヴィアさんも参加するとなれば、守るべきお姫様が二人になる気もしますが、やっぱり三人一緒がいいですね。


 細かい事は横に置いておくとして、招待状の件は無事におわりました。それにこうして部屋に集まる許可を、事務方から頂いているのです。


「では皆さん、ここからは心置きなく女子会です!」




「フレデリカ様……」


 マリアンはフレデリカに対して当惑気味に声をかけた。その視線の先では、机につっぷして寝息を立てているフレデリカの姿がある。 三人で運動祭の思い出話をしているうちに、いつの間にかフレデリカは寝てしまっていた。


「申し訳ありません。この作業の間も、ロゼッタ様の補講を受けられていましたので……」


「こちらこそ、長く引き留めてしまって、申し訳ありませんでした」


 マリアンに対して、イサベルがすまなそうな顔をしながら告げた。


「フレデリカ様は、私がおぶって部屋まで連れて帰ります」


「大丈夫ですか?」


 そう問いかけたイザベルに、マリアンは頷いて見せた。


「はい。廊下の角を一つ曲がるだけですので、何も問題はありません」


 そう答えると、マリアンはフレデリカが持ち込んだ筆箱やらを、手早く手提げへしまい始める。


「マリアンさん、一つお聞きしたい事があるのですが……」


「はい。イサベル様」


「どうしてフレアさんは自分の容姿について、自信が無いような事を言われるのでしょうか?」


「イサベルさん、それは私もずっと疑問に思っていました」


 オリヴィアもイサベルに同意する。マリアンは二人の視線を受けて、思わず苦笑いを浮べて見せた。


「使用人の身で僭越ではありますが、それがフレデリカ様としか答えようがありません」


 マリアンの言葉に、イサベルもオリヴィアも頷いた。


「そうですね。それがフレアさんですね。シルヴィア」


「はい。お嬢様」


「フレデリカさんの荷物を持って、部屋まで一緒について行ってください」


「承知いたしました」


「イサベル様、私一人で……」


「ドアを開けるのは大変だと思いますので、ぜひそうさせてください」


「ありがとうございます」


 マリアンは寝息を立てているフレデリカを軽々と背負うと、シルヴィアの後に続いて部屋から出て行く。


「マリアンさんって、とっても力持ちなんですね」


 それを見たオリヴィアの口から言葉が漏れた。


「はい。フレアさん同様に、マリアンさんもどこか特別な方の様な気がします。それになんといっても凛々しい方です。シルヴィアはマリアンさんが手伝いに来てからこの方、ずっと興奮し続けですよ」


 オリヴィアもイサベルにつられて、口元に笑みを浮かべた。だが少し考え込むような表情をする。


「オリヴィアさん、何か心配事でもあるのでしょうか?」


「はい。勝手なお願いで恐縮ですが、私の両親を招待するのを遠慮させて頂きたいのです」


 オリヴィアが申し訳なさそうにイサベルに告げた。そしてまだシルヴィアが戻って来ないのを確認すると、再び口を開く。


「正直に言わせて頂ければ、私は母と折り合いがよくありません。この学園に母が来て欲しくはないのです」


 オリヴィアの台詞に、イサベルが驚いた顔をする。


「代わりに叔父を招待させていただけませんでしょうか?」


「叔父上と言うと、ローレンス様ですか?」


「両親に代わってお茶会の招待を受けてくれるよう、叔父に手紙で依頼します。叔父が自分が誘いを受けたいと言えば、父も母もそれを無視は出来ません」


「ですが……」


「我がままなお願いで申し訳ありませんが、どうかよろしくお願い致します」


 そう告げて頭を下げたオリヴィアを、イサベルは複雑な思いで見つめた。

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