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悩み

「それで、一体何があったんですか?」


 いつもの特別棟の先の中庭に到着するや否や、お弁当を広げるのもそこそこに、私はイサベルさんに声をかけた。


「はい。実は――」


 うつむいたイサベルさんが口を開く。私はオリヴィアさんと二人で固唾をのんでそれを見守った。


「お茶会をすることになりました」


 その言葉に、オリヴィアさんと二人で顔を見合わせる。それって、例のお茶会ですよね?


「それはもともと――」


「違うんです!」


 イサベルさんがいつもとは違う、切実な顔をして答えた。お茶会に、何か違いとかあるんでしょうか?


「私はみなさんをご招待して、私的なお茶会を計画していたのですが、おじい様の方から正式な茶会をすると、連絡してきたのです」


「はあ……」「えっ!」


 私とオリヴィアさんから、全く違う反応の言葉が漏れた。横を見ると、オリヴィアさんはいまいち訳が分かっていない私とは異なり、とっても驚いた顔をしている。


「そ、それは大変なことになりましたね……」


「そうなんです」


 イサベルさんが、しょんぼりした声で答える。


「あの~、何がそんなに大変なんでしょうか?」


 そう問いかけた私に、オリヴィアさんがびっくりした顔をして見せた。


「フレアさん、コーンウェル家の正式な茶会ですよ。学園の皆さんはもちろん、各家の当主の方々までいらっしゃることになると思います」


「えっ!」


 オリヴィアさんの説明に、私はそれがどれほど深刻な事態なのかやっと理解した。つまりコーンウェル候をはじめ、この世界の主だった人たちが、イサベルさんの為に学園へ集合するという事だ。


「そうなると思います。おじい様から招待したい生徒を連絡する様に手紙が来て、いかに人数を絞り込むか考えているうちに、朝になってしまいました」


 そう告げると、イサベルさんは大きくため息をついて見せた。これは間違いなく大事件です。イサベルさんがため息をつきたくなるのもよく分かる。


「伝統的に新入生のお茶会は、同じ学年の方々のみを招くそうですけど、それでもどなたを招くべきか考えるだけで、相当に大変そうですね」


「はい。私はもともと人見知りなので、大勢のお客に会って挨拶をすると思っただけで、死んでしまいたい気分になります」


 それは腰が痛くなりそうではありますけど、運動祭の白組の仕切りを見る限り、イサベルさんが人見知りだとは到底思えません。


「イサベルさん!」


 私はイサベルさんへにじり寄ると、お弁当を広げたまま止まっていた手を握りしめた。イサベルさんが少し驚いた顔で私を見る。


「はい!」


「ぜひ、私にもお手伝いをさせてください」


「でも、フレアさんは新人戦の件で――」


「何を言っているんですか。私達は友達ですよ!」


 事務手続きや事務方との交渉は、全てあの男(イアン)にやらせればいいので、何の問題もありません。


「そうですね。私もお手伝いをさせていただきます!」


 オリヴィアさんも、私とイサベルさんの手に自分の手を重ねてそう声を上げた。やはり持つべきものは友達です。


「ありがとうございます。でもどなたを招待したらいいのか、もう分からないのです」


 それはそうだろう。問題は誰を選ぶかではなくて、誰を選ばないかになる。特にコーンウェル家を背負っているイサベルさんとしては重大な問題だ。


「いっそ、全員を招待してしまった方が、考える必要がなくていいかもしれませんね」


 準備は大変になるだろうけど、それなら誰にも角が立たない。だけど私の何気ない一言に、イサベルさんとオリヴィアさんがびっくりした顔でこちらを見ている。


「フ、フレアさん……」


 すいません。そこで監督と参加者の募集をしてしまおうとか、都合のいいことを考えてしまいました。


「そ、それです。皆さんを招待してしまえば、何の問題もありません!」


「あの〜、冗談と言うか……」


「どうして最初から思いつかなかったんだろう……」


 私の制止を無視して、イサベルさんが何かをぶつぶつとつぶやき続けている。


「それに、いくら何でも費用が……」


 我がカスティオール家がそんな事をやったら、一家で路頭に迷いかねません。


「おじい様がすると言っているので、それは問題ないと思います」


「でもイサベルさん。全員となると、服装の問題は出たりしませんでしょうか?」


 オリヴィアさんが、少し心配そうな顔でイサベルさんにたずねた。


「それについては、全員を招待させて頂くにあたって、制服での参加をお願いすることにします」


「えっ!」


 イサベルさんの宣言に、再び驚きの声が漏れてしまう。


「私たち学生は、この学園においては平等なはずです。その象徴こそが私たちの着ている制服だと思います。ですので、おじい様にも一年生全員を招待させて頂くこと。それにあたって、学生服での参加をお願いすること。この二つを条件として出させて頂きます」


「そうですね!」


 オリヴィアさんが同意の声を上げた。


「正直に言わせて頂ければ、これはイサベルさんでないと、コーンウェル家でなければ難しいと思います」


「はい、その通りです。実際はおじい様の力に頼っているだけです」


 オリヴィアさんの言葉に、イサベルさんも頷いて見せる。だけどその顔は、ここに来たときとは違って晴れやかだ。


「おそらく反発もあると思います。ですがそれでもいいと思っています。少なくとも今まで通りではありません」


 でも全員ですよね?


「招待状を書くのは大丈夫ですか?」


 私の場合、僅かな人に監督就任のお誘いを出すだけでも、相当に苦労しました。でも私の問いかけに、イサベルさんはあっさりと首を横に振って見せる。


「誰を招待するかなどに、無駄な時間を使うより余程にましです。それにせっかくですので、招待状と一緒に、団体戦への参加の募集も添えることにしましょう」


 流石はイサベルさんです。ちょっとずるい手ですが、招待を受けた人が、参加を拒絶するのは相当に難しくなります。それにコーンウェル家の招待だから、招待自体を拒絶するのはもっと難しい、と言うより不可能です。


「皆さん、どうかご協力をお願い致します。でも……」


 イサベルさんはそこで言葉を切ると、口元に笑みを浮べて見せた。


「今回のお茶会が終わった後に、私的なお茶会に別途招待させて頂きます。どうかそちらへも、ご参加の程をよろしくお願いします」


 イサベルさんはそう告げると、私たちに頭を下げた。


 その姿を見ながら、私は胸が熱くなるのを感じた。人の強さは腕力なんかじゃない。それを決めるのは殴り合いでも剣の打ち合いでもない。その人の信念の強さだ。


「もちろんです!」「喜んで参加させて頂きます!」


 私たち二人の声に、イサベルさんがにっこりと微笑む。私は半立ちになると、イサベルさんの手をもう一度、今度は力強く握りしめた。


「フ、フレデリカさん……」


「はい!」


 何だろう。まだ心配ごとでもあるのだろうか?


「お弁当がひっくり返っています!」


「えええええええええ!」

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