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決意

「大丈夫か?」


 学園へ向かう馬車の中で、ロイスはヴォルテの屋敷を辞してからこの方、真っ白な外を見続けるマリアンに声を掛けた。その姿は館に居た時の淡いベージュのドレスではなく、いつもの侍従服姿に戻っている。


「もちろんよ」


 マリアンはロイスの方へ視線を向けると僅かに口元を上げて見せた。そうは言ったものの、今日起きたことは「晴天の霹靂」などという言葉では表せないぐらいだ。


「たとえ与太話だとしても、とても信じられない話ばかりだったな」


「ロイス、母さんのことを調べてとお願いした件はどうなったの?」


「正直面食らったよ」


 ロイスはマリアンに両手を上げて見せた。


「俺自身、ミランダ姐さんのことはよく知っているつもりでいた。だが調べてみるといつから灰の街にいたのか、その身寄りがどうだったのかも全く分からない」


「つまり、いつの間にか灰の街に現れたと言う事?」


「そうだ。まるで雲を掴むみたいだった。今日の件でむしろはっきりしたな。あの人は元からの灰の街の住人ではない」


 ロイスの台詞にマリアンも頷いて見せた。


「母さんも彼らの計画に参加していたのは確かみたいね。事実に限れば彼らの言っていることは正しい」


 そう告げると、マリアンは真剣な表情をして見せた。


「ロイス、あなたこそいいの?」


 マリアンの問いかけに、ロイスが怪訝そうな顔をする。


「どういうことだ?」


「私の体は母さんの血を引いているみたいだけど、中身は違う。別の世界で暮らしていた別の女よ」


 ロイスは小さく首を横に振ると、やつれが残る顔に苦笑を浮かべて見せた。


「そんなことを気にしていたのか?」


「だって!」


「何度も言っている通り、俺はお前のために生きている。お前がマリアンという名前だからでもなければ、お前の母親がミランダ姐さんだからでもない。お前だからだ」


「ありがとう」


 マリアンの素直な感謝の言葉に、ロイスは再び苦笑して見せた。


「それについても言ったはずだ。礼などいらない。だが一体いつ気が付いたんだ?」


「あの人に会ったときよ。その時にすべてを思い出したの」


「という事は、あのお嬢さんは――」


 マリアンはロイスに頷いて見せた。


「そう。私と同じで別の世界からこちらに来た人よ」


「確かにそう言われれば色々と納得がいく。まだ14~5才の娘にこんな事が出来るのなら、その先どうなることかと心配だったからな」


 ロイスが今度は声を上げて笑う。しかし急に真剣な表情をすると、マリアンの顔をじっと見つめた。


「一つ聞いていいか?」


「なに?」


「前の世界で、お前は何歳まで生きていたんだ?」


 その言葉にマリアンはロイスに呆れ顔をして見せた。


「女性に年を聞くなんてとっても失礼ね。それに私の事をおばあちゃんだと思っているの?」


 真顔のロイスにマリアンは大きくため息をついた。おそらく本気でそう思っているのだろう。


「それほど違いはないわよ。前の世界で死んだ時、私はまだ16、もうすぐ17になる――」


 そこで頭にふと浮かんだ考えにマリアンは言葉を飲み込んだ。前の世界で自分はもっと幼い時から侍従として働き、世間を、それも貴族の汚い世界を見てきた。


 それに灰の街での暮らしも、決して楽な暮らしではなかった。だから同い年の人から比べたら、少しは世間を知っているとは言える。だけど前世の自分は、今の自分と同じ自分だっただろうか?


 ロイスの言うとおりだ。とても同じ年の同じ娘だとは思えない。だとすれば、自分は一体何者なのだろう? もしかしてあの人がたまに漏らす様に、私にも他の誰かが混じっている!?


 だとすれば、今の自分の意識がそれまでの意識を上書きしてしまった様に、いつか別の自分が、今の自分を上書きしてしまうのだろうか? その考えにマリアンは背筋が凍る思いがした。それは自分が自分でなくなるのと同じだ。


「それよりも、世界を救うとかは大丈夫なのか?」


 考え込んだマリアンの顔を見たロイスが心配そうに尋ねた。どうやらロイスは、館で告げられた件で考え込んでいると思ったらしい。マリアンはロイスに頭を振って見せた。


「それについては何の問題もない。それにおそらく彼らも十分に分かっている」


「どういう事だ?」


「もし誰かが世界を救えるとしたら、あの人以外にいない。だから私があの人の側にいることを彼らも許容している。いや望んでいる。だから何をすべきかは実はもう分かっているの」


 マリアンの言葉にロイスは怪訝そうな顔をした。


「あの赤毛のお嬢さんが、世界を救うというのか?」


「その通りよ。あの人は前世で既に世界を救っている。私の事も何度も救ってくれた。だから私のやるべき事は何も変わらない。あの人の剣であるだけよ」


 そう告げたところで、マリアンは思わず唇をかみしめそうになった。自分のうかつさに、そして何の役にもたたなかった事に、その身が焼けてしまいそうな思いになる。


「南区の件では自分の力不足がよく分かった」


 そう告げたマリアンに、ロイスが首を横に振った。


「できる限りのことはしたはずだ」


「それではだめなのよ」


 その通りだ。自分一人の力などたかが知れている。それを前世で学んだはずなのに、何も生かせていない。前世同様、何かが起こってからでは遅いのだ。


 おそらくアルマが私の邪魔をしたのも、本当は邪魔ではなかったのかもしれない。むしろ自体が悪化するのを防いでくれた様に思える。ヴォルテらがこの件を告げて来たのも、自分やロイスの力では限界が来たのを悟らせるためなのだろう。


「お前はヴォルテの助力を――」


「そうよ。あの人を守るために遠慮なく使わせてもらう。でも私が信用しているのは、あの人とあなただけ。その点については今と何も変わらない。それにうまく使えば、学園の出入りも今より楽になるはず」


 そうだ。私たち、いや、今のお姉さまにとって最大の足かせは学園だ。


『学園!?』


 マリアンはもっと大事なことを見落としていたかもしれない事に気が付いた。もしかしたらお姉さまは学園に入れなかったのではなく、学園に行かなくても済むように工作されていたとしたら? 私たちは全く逆の努力をしていた事になる。


 学園だけじゃない。この世界ではいろいろな物が巧妙に隠されている。受け身のままでは、いつまでも事態は変わらない。モニカさんが言っていた件だって……。マリアンは顔を上げると、ロイスの手を握った。


「ロイス、カスティオールにいるモニカさんと会って!」


「どういうことだ?」


「今は詳しくは言えないけど、彼女はあることに気が付いた。それをあなた自身で調べてもらいたいの」


「分かった」


「それと、今すぐ馬車を止めて」


 馬車は制動板の軋み音をたてながらすぐに止まった。


「もうすぐ学園だが、歩くつもりか?」


 ロイスが怪訝そうに尋ねる。


「違う。早速使わせてもらうの」


 マリアンは自分で馬車の扉を開けると、燕の様な軽やかな身のこなしで地面へと降り立った。白い霧の向こうから、立派な黒塗りの馬車が姿を現す。


「バレツ!」


 マリアンの声に男が御者台から飛び降りると、帽子をとって丁寧に頭を下げた。


「はい。お嬢様」


「学園にいる間、あなたといつでもつなぎを付けられる方法を考えて」


「はい」


「それと必要があれば、私が学園を抜け出す方法もよ」


「かしこまりました」


 どんなに危険な力でも、それが力であることに変わりはない。




「ふ~~ん。おじさんたちはやることがハンパないし早い。さっさととんずらこいて正解だね」


 足元にある穴の中で、男たちが次々と倒れるのを見た女性がそう声をあげた。そして前へ落ちてきた髪を無造作に束ねる。そこにあるのは美人とは呼べないが、どことなく男好きがする女の顔だ。


「そろそろ危険です。閉じます」


 そう言うと、とても整った顔をした若い男性が前に掲げていた腕を横に振った。穴が閉じ、落ち葉の溜まった地面が戻ってくる。


「おっしゃる通りです。灯台下暗しではありますが、しばらくはおとなしく――」


「おとなしくしているじゃないの?」


 若者の言葉を女性が遮った。そして不機嫌そうな顔をして見せる。


「リコ、もしかして、私に味見をするなと言っているの?」


「お嬢様、目立つのは――」


 ドン!


 女性の蹴りが若者の腹へめり込む。それをまともに受けると、若者は腹を抱えて地面に膝を着いた。


「リコ、このすべたのふりなら、男の袖を引かない方がよほどに目立つさ。そんなことより、あの小娘が権力におぼれていくのを見るのは楽しみだね」


「それほど時間はかからないと思います」


 いつの間にか立ち上がった若者が、女性に頷いて見せた。


「せめて足掻くぐらいはしてもらわないとつまらないね。あの男の大事なおもちゃを、壊してやるのはそれからだ」


 そう言うと、アルマはジャネットの顔に、妖艶としか言えない笑みを浮かべて見せた。

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