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会食

 会合に居並ぶ面々の前に真っ白な皿に盛られた料理が運ばれてきた。もちろんロイスの前にも、大きなエビにオレンジ色のソースがかけられたものや、丸鶏のスープが配膳される。


「本日は会合に先立って会食をとのことです」


 そう屋敷の侍従たちが語ったのを思い出しながら、ロイスは辺りを眺めた。部屋の中では隣同士で談笑する小さな話し声と、ナイフやフォークが食器にあたるカタカタと言う音だけが響いている。


 一番奥の席、それにそこから片手の指ほど離れたところは空席だ。他にも奥の方にはいくつか空席がある。つまりヴォルテをはじめ、この世界の主だったものはマリアンとこの部屋ではないどこかで会っている。


 ロイスは湧き上がってくる焦燥感に身を焼きながら、目の前のエビにナイフを入れた。だが食欲など全く湧いてこない。ロイスはナイフとフォークを皿の上へと投げ出した。


「ロイスさん、これは河口エビの大物で、めったに口に入らないものですよ?」


 隣に座る男が、ロイスに声を掛けてきた。


「ええ、とても美味しそうだとは思うのですが、病み上がりでまだ胃がまともに食べ物を受け付けてくれません」


 そう答えたロイスに男は頷いて見せた。げっそりと痩せたロイスの姿は、まさに病み上がりそのものだ。背後ではヴォルテの侍従たちが、一部の隙もない動きで空いた皿を下げ、食後のデザートを配膳して回るのが見えた。


『一体何が目的だ?』


 ロイスはデザートを口に入れる男たちを見ながら考えた。その時だ。不意にガタンという大きな音と共に、ロイスの隣に座る男がテーブルに倒れた。


『そう言う事か……』


 これは不要になった男への処罰を、効果的に見せる為の場だったのだ。だが倒れたのはその男だけではなかった。皿やグラスの割れる音があたりに響き、男たちが次々とテーブルの上や床の上へ倒れていく。


 ヴォルテの侍従たちは背後に控えたまま、顔色一つ変えずにそれをじっと見つめている。ロイスは自分の前に置かれた皿へ視線を向けた。


『ここにいる全員が用済みということか?』


 だとすれば、マリアンこそがヴォルテの目的だ。その邪魔になるもの全てを、ここで排除するつもりらしい。痙攣する男たちが次々と動きを止める中、ロイスは自分に何が起こるのかを確かめるべくじっと様子を伺った。


「皿をおさげしてもよろしいでしょうか?」


 ロイスの背後から声がかかった。振り返ると、ヴォルテの侍従が銀の盆を手に、にこやかな笑みを浮べて立っている。


「よろしければ、食後の紅茶をお持ちいたします」


「お前もそれを飲めと言うことかな?」


「いえ、手を付けられなかった料理同様に何も入ってはおりません。もし入っていたりしたら、私ども全員の首が飛びます」


 侍従はそう告げると皿をどかして、ポットから紅茶を注いだ。そこからは微かな柑橘系の香りが漂ってくる。ロイスは紅茶を口元へ運ぶと、おもむろにそれを口に含んだ。特に味に変わったところはない。


「本日の会合はこれにて終了だな」


 紅茶を飲み終えたロイスの言葉に、侍従が頷いて見せた。


「はい。会食はこれにて終了になります。ですが、ロイス様におかれましては私共の真の主の所へ、これからご案内させて頂きます」


 そう告げると、侍従は出口の方へ腕を差し出す。その先では侍従たちの手によって、割れた皿やグラス、そして男たちの死体が、あっという間に片付けられていくのが見えた。




「到着致しました」


 馬車の扉を開けたヴォルテの侍従に、ロイスは頷いて見せた。ヴォルテが手配した馬車にしばらく揺られていたが、濃い霧にどこを走っていたのかは全く分からない。


 馬車を降りたロイスの目の前には、枯れた蔦に覆われたレンガ造りの古い建物がある。辺りはひっそりと静まりかえり、建物の方からも、さびれた感じのする庭の方からも、何の物音も聞こえてこない。執事の案内でロイスは舘の中へと足を踏み入れた。


 そこには長い廊下が続いており、執事が持つ油灯の黄色い光が、壁にかかる肖像画を浮かび上がらせている。ロイスはその端にあった一枚の絵の前で足を止めた。そこにはドレスを身にまとった、若い女性の肖像画が描かれていた。


「姐さん――」


 ロイスの口から言葉が漏れた。その隣にある幼い少女の肖像画にも目を止める。


『アルマ? ここに描かれているのは……』


 慌てて背後を振り返えるが、肖像画は闇に沈み、もうその姿を見ることは出来ない。ロイスは諦めて執事の後に続いた。


「こちらになります」


 執事はロイスに声を掛けると、大きく立派な扉を開いた。


「ロイス!」


 部屋の中から少女の声があがった。ドレスを着たマリアンが、大きな円卓の椅子から腰を浮かしてロイスの方を見つめている。ロイスは部屋の中を注意深く伺った。マリアンの他には、侍従服を身にまとったヴォルテの姿があるだけだ。


「ロイスさん、お待ちしておりました」


 ヴォルテは椅子から立ち上がると、ロイスに対して、マリアンの横にある椅子を指さした。ロイスは素直にその席へ腰を下ろす。マリアンが何か言いたげなのは分かったが、ロイスは目配せをすると先にヴォルテに向かって頭をさげた。


「ヴォルテさん、本日はご招待いただきまして、ありがとうございます」


 ロイスの言葉にヴォルテは首を横に振った。


「ロイスさん、何か勘違いをしていらっしゃる様です。この部屋の主は私ではありません。マリアンお嬢様です」


「お嬢様?」


 その答えにロイスは当惑の表情を浮かべると、隣に座るマリアンを見た。マリアンがロイスに肩をすくめて見せる。


「ロイスさんをここに招きたいという、マリアンお嬢様のご意向に従って、私の方で手配させて頂きました」


「本日の会合は?」


「あれは単なる茶番に過ぎません。こちらこそが本物の会合です」


 そう告げると、ヴォルテは円卓を指さした。


「かつてここには私と志を同じくする同志が座っていました。今では多くの者が遠い所に去り、何人かは我々と袂を分かちました」


「それはアルマの事ですか?」


 ロイスの質問に、ヴォルテが少し首を傾げて見せる。


「そうですね。アルマさんもかつてこの席に座っていました。ですが彼女の場合は、袂を分かつというより、諦めたと言う方が正しいかもしれません」


「よろしかったら、この席には誰が座っていたのか、教えてもらえませんかね?」


「はい。ロイスさん、あなたが座っていた席には、以前はミランダさんが座っていました」


「母さんが!」


「はい」


 声を上げたマリアンに、ヴォルテが頷いて見せる。


「他にマリアンお嬢様がご存じの方としては、リコさん、あなたが南区であったアルマの侍従です。バレツさんもそうです。それに今は名前を明かすことが出来ない方が、何名かいらっしゃいます」


「どうして明かせないの?」


「今明かしてしまうと、マリアンお嬢様との関係の維持が互いに難しくなってしまうからです」


「私を利用するつもりだからじゃないの?」


「それについては信じて頂くしかありません。ただ一言付け加えさせていただければ――」


 そう言うと、ヴォルテは円卓を見回した。


「あなたをここに迎えるために、私どもは多くの犠牲も払ってきました」


「母さんも?」


 マリアンは当惑した声を上げた。


「はい。ミランダさんは、お嬢様を生むことに同意してくれました。それが己の命と引き換えになるにも関わらずです」


 その言葉に、マリアンの顔が蒼白になる。


「どうしてそんな犠牲を払う必要があるの!?」


「それはあなたが鍵だからです」


「その鍵と言うのは一体何?」


「残念ながらそれについて、我々は具体的にご説明することが出来ません。それはマリアンお嬢様自身が見つけるべきものだからです」


「あなたは私を手伝うと言ったでしょう? その言葉は嘘なの?」


「実際のところ、何も分かっていないのです。分かっているのはお嬢様(マリアン)という鍵が必要な事、それが失われれば、この世界も失われるという事です」


「答えになっていない!」


「いいえ、答えになっております。それは500年前にも、300年前にも起きた事なのです」


「それなら全て分かっているはずでしょう?」


「我々に伝わっているのは鍵が必要な事、それを呼び出すための手段までです。その先はマリアンお嬢様自身に見つけて頂く必要があるのです」


「つまり世界のどこかに私の作り方が書いてあって、それがあれば、世界は救われると信じているおめでたい人たち、あなた達がいたという事?」


「事実関係だけを捉えればその通りです」


 ヴォルテの言葉に、マリアンは鼻白んで見せた。


「では聞くけど、私の作り方はどう書いてあったの?」


「しかるべき時に、しかるべき器を用意し、あなたの魂をそれに宿らせます」


「私の魂の作り方は?」


「作るのではありません。呼び寄せるのです」


 その台詞にマリアンの顔色が変わった。


「どこから?」


「穴の向こうからです」


「待って、それってもしかして――」


「はい。私どもはミランダさんが孕んだ赤子を器に、あなたを穴の向こうから呼んだのです。その際、赤子に代わって、ミランダさんがその負荷を全て引き受けたのです」


「私が母を殺したという事!?」


 マリアンの声はもはや悲鳴に近かった。


「違います。ミランダさんの子供の命をあなたは救ったのです。そうしない限り、ミランダさんの子供()()が助かる可能性もありませんでした」


「あの父もそれに関わっていたの?」


「彼はあなたの本当の父親ではありません。彼は単なる隠れ蓑です」


「では、私の父親は誰なの?」


「ウォーリス侯・ローレンス、その人です」

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