呼び出し
「ザカリー・ウェリントン様」
担当している侍従さん達が、今日のお披露目の参加者の名前を告げていく。最初は王族に連なる大公家の方々だ。呼び出された人々は、背後で待つ人達に軽く会釈をすると、二階の大広間へ続く階段を登っていく。
それが女の子の場合は、付添人が裾を、男の子の場合は、その丈に比べて長すぎる剣を支えて、それが階段にあたらないようにして後に続いた。
一階の玄関広間には男の子と呼べない人もわずかに居る。体の成長が早い子もいるだろうが、実質的な婚約者が今日のお披露目に出ているか、ごく少数の本当に決まっていない人だ。だがほとんどいないし、呼ばれても欠席する人が多い。女性は二度目は絶対に出ない。
「ライラ・ウェスト様」
「付添人、オーブリー・ウェスト様」
付添人がその家の兄弟の場合は、その人の名前も呼ばれる。私の時もそうだったかな? 結局何もよく覚えていない。私は役立たずの姉だ。
王族の方々の呼び出しが終わった。次が私達侯爵家の番となる。
「ヴィオラ・オールドストン様」
四侯爵家の最初の少女が呼ばれた。四侯爵家は、私の家の「カスティオール」の他に、「コーンウォール家」、「オールドストン家」、「ウォーリス家」がある。もともとこの四家はこの王国の東西南北の守りを担当していた家だ。その領地もそれぞれ王国の中心から見て東西南北にある。
どうやら今年は「コーンウォール家」にはお披露目に出る人はいないらしい。本当は私の家、「カスティオール」が四侯爵家の筆頭だったのだが、それは遠い昔の事なのだろう。先にオールドストン家が呼ばれた。
「サンドラ・ウォーリス様」
「ニコライ・ウォーリス様」
ウォーリス家の男女の双子だ。世俗に疎い私、フレアでもこの二人の名前ぐらいは知っている。男女の双子は珍しいからだ。私は背筋を伸ばしてアンに目配せした。次は私達だ。
「セリーヌ……」
え、次じゃないんですか?
だがその名乗りを上げようとした侍従さんの体が、誰かによって弾き飛ばされた。見間違いではない。文字通りに弾き飛ばされた。弾き飛ばされた本人もびっくりした顔をして、弾き飛ばした当人を見ている。そこには、あの巻き毛の侍従さんが立っていた。
「失礼しました。アンジェリカ・カスティオール様」
「付添人、フレデリカ・カスティオール様」
私は呼び出してくれたカールさんに、先ずは小さく頭を下げた。作法? 何ですかそれ? 感謝の念こそが先です。
そしてアンジェリカに続いて、玄関ホールに居る人たちに向かって会釈をする。私はアンの後ろに立つと、その裾を手に持ち上げた。アンがしっかりとした足取りで階段を一歩一歩と登っていく。そのまだ小さな背中からは、彼女の大きな決意を感じる事が出来た。
『家? 何ですかそれ?』
所詮はそんなものは付属物ですよ、付属物。そこにいる人抜きには成立しないものです。そしていつもそれを背中に背負っている訳でもありません。私はアンの一人の女性としての背中に満足すると、遅れないように一歩一歩階段を登った。
きっと私の歩みは前をいくアンと比べたら、優雅なんかからは程遠いだろうな。ここに来る前にこれを着て、少しは家の階段で練習しておくべきだった。でもいいのです。今日の主役はこの子、「アンジェリカ・カスティオール」なのだから。
私達は階段の上までたどり着くと、下の玄関ホールを振り向いた。私達を見る顔がそこには並んでいる。その中にはカールさんの姿も見えた。私はちゃんと登れてましたかね? 後で彼に聞いてみよう。アンに続いて、ドレスの裾を持って階段下の人達に挨拶をすると、彼女の後ろに続いて大広間へと足を進めた。
「どうぞこちらへお進みください。付添人の方はこちらへお願いいたします」
アンと私に向かって大広間の担当らしい侍従さんが頭を下げた。
窓にかかる暗幕を全て上げた大広間は、外から漏れてくる明るい日差しと、いくつもの巨大なシャンデリアに着けられた沢山の明かりで、とても明るく感じられた。濃い色のオーク材と薄い色のオーク材を組み合わせて、複雑な幾何学模様が描かれた床がその黄色い光に照らし出されている。
部屋は本来は床の濃いオーク材を基調とした地味な色の部屋なのだろうけど、今日は白を基調として、そこに銀の刺繍が入れられた垂れ幕で壁が覆われていた。天井にも一番奥から入り口に向けて色とりどりの布が掛けられていて、とても華やかな雰囲気を出している。ずっと下を見て俯いていた、二年前の私が知らなかった事だ。
アンは侍従さんに頷くと、奥で既に一列になって着席しているお披露目の参加者、左手側の女性の列へと案内された。私はその後ろの壁際の方の付添人の列へと案内される。
『頑張ってね。アン』
私は彼女に向かって手を振ってあげたいのを我慢して、心の中で彼女に告げた。ここからは基本的には一人だ。二年前の私はロゼッタさんから離れる事で、とても不安になったのを覚えている。
だがアンは動じることなく、王宮付きの侍従さんに続いて、ドレスの裾を上げて後ろに従う女侍従さんを引き連れて、堂々と歩いていく。
流石は我が妹です。向こう側に座っている少年達、この姿を刮目して見るべきです。一生もんですよ。私が男の子なら夢に出てきます。
私は案内の女侍従さんの後について、付添人の列に座った。私の左側に座る侯爵家の付添人の人達が私に向かって会釈を送ってくる。私も皆さんに会釈を返して着席した。その向こうの王族の付添人の人達は知らんぷりだ。
こういう所がこの世界の本当にいやらしいとこですね。挨拶ぐらいちゃんとしてもいいと思いますけど。それで威厳がどうかなるくらいなら、元の方がおかしいんだと思います。
その後は皆さん前を見て一言もしゃべりません。さっきの会釈も、もしかしたら私が姉で本家の人間だったからですかね。何かこの辺りはカミラお母さまから事細かに説明があったような気がするけど、細かすぎて全部忘れました。できれば言葉では無くて小冊子あたりにまとめて頂ければ、私でもなんとかなるのですけど。
一階の玄関広間から上がる大きな呼び出しの言葉に続いて、次々と入ってきては着席する人達と、それを案内する侍従さん達以外には人の動きもない。前に座る男の子達も女の子達も、その背後の付添人達も微動だにすることなく座っている。いや、一つだけ例外があった。左奥の一段高くなったところに座っている人達だ。
そこには私達より先に入っていた王家の人達が居る。本来は一番偉い王家の人達は最後に入ってくるのが普通なのだが、このお披露目はもともとは王家の人が臣下の中から王妃候補、実際は妾候補を選ぶための催しだった名残で、王家の人達が最初に入る。
さっきの名乗りも本人の呼び出しと言うよりは、先に入って待つ王家の人達や位が高い人達に、それが誰なのかを知らせるためのものらしい。今回の為にロゼッタさんが講義してくれた内容によればそうだ。
だがその催しが、同じ世代の者同士の顔見世の場所としての意味が強くなり(そんなにとっかえひっかえされたら困りますしね)、それが高じてお披露目の場となった。何代か前の王様からは完全に大人抜きの、肩書も抜きの、若者たちの無礼講な場と定義された。
だが実際のところは家柄の順に呼び出されるし、家名も呼ばれるからこの世界からは無縁では無い。それでもこれから大人の仲間入りをする若い人達の挨拶の場であり、一人で何かを成し遂げる最初の行事としてとても大事にされている。
目だけを動かして壇上の方を見ると、今回のお披露目の一人の第七王子のサイモン様が、しきりに第六王子のイアン様に話しかけている。イアン様はそれをいさめている様にも見えるが、サイモン様はそれを一向に気にしている様には見えない。第四王子のキース様は、それをあきれた顔をして眺めているように見えた。
あれ? さっきは王子様だけに目が行っていて気が付かなかったけど、イアン様とキース様の間に、私ほどじゃないが少しばかり地味なドレスを着た女性が一人座っている。誰だろう?
サイモン様のご兄弟だとすれば、第四王女のソフィア様だろうか? みんな、セシリー第三王妃様のお子様達だ。噂ではあまりしきたりを気にしない人で、仮病からありとあらゆる手を使って、公式の場に出る事さえもきらっているというお噂だった。引きこもりの私でも知っているぐらいだから、ある意味ではこの世界の有名人だ。
変なものが混じったフレアとしては、とても親近感を持たざる負えない。もし何か機会があってお姿を拝見することが出来るのならば、どんな人か良く見ておこう。まあ、そんな機会は無いかもしれないが。流石に私と違ってソフィア様はサイモン王子の付添人という事は無いだろうから、参加者としてここにきているのだろうか? まさかです!
基本的にはまだ婚約者が決まっていない人が参加するというお約束になっている。だから家の間で実際には婚約が決まっていても、それを発表するのはこのお披露目の後なのが普通だ。だから12歳の誕生日を迎えたものから参加できるのであって、まだ婚約者が居ないのであれば参加しても構わない事になっている。
だけど前年に体調不良などで参加できなかった場合等の例外的な理由以外では、12歳を過ぎてから女性で参加者として参加する者は絶対に居ない。例え婚約者が決まっていなくてもだ。
男性の場合は内々に婚約を決めている相手がお披露目に出る場合に、そのダンスの相手をする為に参加する。だから基本的には男性の方が参加者が多いし、年も少し上の者がいる。
「リリアーヌ・ルフォール様!」
私がそんなことを考えているうちに、男女別に両側に並べられている椅子も大分埋まってきた。もう残り席はほとんどない。全員が揃った後は、椅子が片付けられて、全員起立となる。そしてこの中で一番位が高い家のものが挨拶を述べると、お披露目の始まりとなる。
「以上になります」
最後の呼び出しが終わって、侍従の掛け声とともに大広間の大きなドアが閉められた。