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招待状

「もう外に出ても大丈夫なの?」


 馬車の座席に腰を下ろしたマリアンは、向かい側で背もたれに身を預けている男に声を掛けた。その顔はやつれ、頬は痩せこけて見える。


「寝てなどいられると思うか? そんな事よりなんで俺の言う事を聞かなかった?」


 そう告げると、男は鋭い光をたたえた目で、マリアンの瞳をじっと見据えた。


「あなたが死ぬのを黙って見てろと?」


 男の言葉にマリアンは思わず声を荒げた。


「そうだ。俺はお前の為にいる。だがお前が俺の為に命を張る必要などない」


「ロイス、あなたにはあなたの考えがあるのでしょうけど、私には私の考えがあるの」


「考え?」


「そうよ。この世界で私が本当に繋がりを持っているのは、あの人とあなただけ。それを失ったら、私がこの世界に()()意味がない」


「それはこちらの台詞だ。お前を失ったら、俺はこの世界に()()意味がなくなる」


 ロイスの言葉に、マリアンは小さくため息を漏らした。


「ロイス。やっぱり私たちは似た者同士ね。私があなたと同じ立場だったら、きっと私はあの人にあなたと同じ台詞を言う」


「分かっているのなら、二度とやるな」


「私だってこんなことは二度とごめんよ。マルセルは戻ってきていないのでしょう?」


「マルセルは残念だった」


 ロイスはそう告げると、被っていたつば広帽をあみだに被り直した。


「私のせいでマルセルは……」


 マリアンはそこで言葉を途切らすと、顔を俯かせて膝の上で拳を握りしめた。その甲に涙が一滴、ニ滴とこぼれ落ちる。


「お前が無事だったのだ。奴の死は決して無駄ではない」


「だけど――!」


 ロイスは声を上げたマリアンを無視すると、そのまま言葉を続けた。


「俺たちの世界では、昨日まで元気だったやつが急にいなくなるのは普通の事だ。だからお前には、この世界に足を踏み入れさせたくなかった」


「たとえ私の手が血に染まっていても?」


「それが何だ? お前にはそれしか選択肢はなかった。お前は自分に必要な事をしただけだ」


「だけどロイス、私はずっとあの人の剣でいられるかしら? 今回だって、あなたを救ったのは私じゃない。間違いなくあの人の力よ。私など必要なかったの」


「俺はお前の為だけに生きている。お前があのお嬢さんの剣でいたいのなら、俺はそれを助けるだけだ」


 ロイスの言葉にマリアンは顔を上げた。その両目から涙がとめどなく溢れ落ちる。


「そうね。あなたの言う通りね。私はあの人の剣であり続ける。その努力をし続けるだけよ」


「確かに俺たちは似た者同士だな」


 そう告げると、ロイスはマリアンにハンカチを渡しつつ、苦笑をして見せた。だがすぐに真剣な表情へと戻る。


「それよりも俺のところにこれが回ってきた」


 ロイスは金で縁取りがされた便箋を懐から取り出すと、それをマリアンへと差し出した。宛名には「マリアン様」と書かれている。


 マリアンは装飾文字で書かれた文章に目を走らせた。そこには一言、「会合に御招待させていただきます」とだけ書いてある。そして差し出し人の代わりに、「あなたの忠実なる執事より」とも添えられていた。


「あなたの所にも来ていたのね……」


「どういうことだ?」


「今朝、気が付いたら私の枕元にも同じものがあった。いつ誰が持ってきたのかは全く持って不明よ。だからあの人に休暇をお願いしたの。この忠実なる執事と言うのは?」


「ヴォルテだ」


 そう言うと、ロイスは招待状の宛名部分を指さした。


「王都、いや、この国の裏世界を全て仕切っている男だ。その男からの招待状がお前に来ている。一体南区で何があったんだ?」


 ロイスの問い掛けに、マリアンは意を決して口を開いた。


「マルセルの先導であの人の後を追ったわ。だけど途中で、あなたに憑りついていたのと同じ奴に地下水路で襲われたの。それで地上へと出たところで、アルマの執事の待ち伏せに合った」


「アルマの執事?」


「ええ、前にアルマの屋敷に忍び込んだ時にも見かけた。背が高く痩せていて、神経質そうな顔をしている男よ。でも見かけと中身は別物。全く歯が立たなかった。私だけじゃない。マルセルもやつにやられたんだと思う」


「思う? 最後は見ていないのか?」


「それがはっきりしないの。マルセルは急に倒れたんだけど、そいつはマルセルはとっくに死んでいたんだと私に告げたわ。術か何かで、無理やり生き返ったみたいな事を言っていた」


 マリアンの答えに、ロイスは何かを思い出す様な素振りをした。


「マルセルがモーガンを襲った時、モーガンが雇っていたギルドの魔法職に返り打ちにあって、血だらけになってメナド川へ落ちたのをこの目で見た」


「そうだったのね」


「信じがたい話ではあるが、単なるでまかせとは言えないかもしれないな。奴が俺の前に姿を現すまで、死んだものとばかり思っていた」


「そこにアルマが現れて、私は奴らに捕らわれた。そして気が付いたらアルマの屋敷にいたの。そこで――」


「何があった?」


 ロイスがマリアンの瞳をじっと見つめる。


「それが何もなかったの。全く何もされなかった……」


「あの、アルマがか!?」


「ただアルマと話をしただけ。アルマは母さんが私を宿して、自分の事を見捨てたと言っていた。そして母さんから押し付けられたものを私に押し付けるって。それが母さんへの復讐だとも言っていたわ」


「アルマはお前に、()()だと言ったのか?」


「そうよ。実際、屋敷を出る時には、手下達が何の手出しもせずに私に跪いていた。そしてアルマの手下が手配した馬車に乗って学園まで戻ってきたの」


「お前がその言葉をどう取ったのかは分からないが、一つだけはっきりしていることがある。アルマにその言葉を使う資格などない。アルマの口車などに乗せられるな」


 ロイスの言葉にマリアンは素直に頷いた。


「だが状況は決して良くないぞ。ヴォルテはお前をアルマの後継者として会合に招待している」


「単に無視すればいいのではなくて?」


 ロイスは大きくため息をつくと、首を横に振った。


「相手はヴォルテだぞ。裏の世界の王様だ。無視などすれば、その時点で命はない」


「それほどの力があるのね」


「そうだ。だがアルマの後釜になるのも同じぐらいに危険なことだ。アルマの組はアルマの得体の知れない力で持っていた。だからバリーが飛んだ後も、誰もアルマに手を出す奴はいなかった」


「その通りね。あの女はとんでもない者を操っていた」


「中身はさておき、お前はまだ年端もいかない娘だ。それがアルマの後釜だと会合で紹介されれば――」


「皆が私を狙ってくる」


 マリアンはロイスの台詞を引き継いだ。


「来たなら来たで、片っ端から長い手にかけてやるだけよ」


「他の連中をモーガン辺りと一緒にするな」


「じゃどうすればいいの?」


「ヴォルテだ。新しく誰かが呼ばれるときは、会合でその人物を呼ぶかどうかの相談がされて、初めて招待状が出る。それが今回はいきなりヴォルテからの招待状が来た」


「つまり?」


「どうやらマリアン、お前はヴォルテのお気に入り候補らしい。お前がヴォルテに取り入ることが出来れば、誰もお前に手出しをしようとする者はいない」


「そうかしら? おばさん(アルマ)と一緒に私をいじめてみたいだけではなくて? それにあのおばさんと違って、私にはそんな怖いおじさんを誘惑出来る力など、とてもないと思うのだけど……」


「当たり前だ。ヴォルテは女の色気などで、どうにか出来る相手ではない。だがマリアン、お前ならヴォルテの興味を引けるかもしれない」


「でも、どうしてその人が私に興味を持つの?」


「お前はあのミランダ姐さんの、ヴォルテが養女にしようとした人の娘だからだ」


 ロイスの言葉に、マリアンは衝撃を受けた。そしてある考えが頭に浮かぶ。


『もしかして母さんは、その男から逃げるために子供を、私を宿したんじゃないだろうか?』


 母さんが何であんなゴミ男との間に、自分を生んだのかは全くの謎だ。だがそう考えれば、あの男を選んだのにも納得がいく。


 もっとも、この考えには何の根拠もない。だけどマリアンの感はそうに違いないと告げていた。それを確かめるためにも、その男(ヴォルテ)を避けて通る訳にはいかない。


「逃げ隠れするのは性に合わない。そのヴォルテという男に会いに行く」


 マリアンの言葉に、ロイスは考え込む様な表情をした。


「お前をこの世界から、単に遠ざけようとしたのは間違いだった。お前自身でそれを打ち破らねばならなかったのだな」


「そうよ。私はあの人の剣よ。それを邪魔するやつは切り裂くだけ。それにアルマも消えた訳じゃない」


「その通りだ。間違いなくこちらを監視している」


 それに何よりもアルマの目から、あの人を隠さないといけない。私はあの人の剣であり盾なのだ。マリアンはそう決意すると、ロイスに向かって深く頷いて見せた。

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