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お仕事

「フレデリカさん、今日この後は――」


「ごめんなさい。今日は部屋に戻ります」


 授業の片づけをしながら、声を掛けてきたイサベルさんに答えた。色々と話をしたいのだけど、部屋に戻って自主学習用の紙の束と戦わなければなりません。


 と言うか、せめてその振りぐらいはしないと、ロゼッタさんからの説教がより悲惨になります。


 それにマリにも相当に心配をかけていますからね、しばらくはおとなしく隠遁生活です。それに長く寝ていたせいか、まだ体も本調子とは言えない気がします。


 あっ、でも少しは痩せたかも。寒くなってからこの方、ひたすらに増加していた分が、気を失っていた間にチャラになった気がします。


「そうですか。ではまた明日の授業の前にでもお話させてください」


「はい。早起きする様に頑張ります!」


 これは徹夜ですね。でも3日も寝ていたからきっと大丈夫です。


「フレデリカさん」


 不意に背後から声が掛かった。振り返ると誰もいない。いや、いました。メルヴィ先生が覚めた目でこちらを見ている。


「ハッセ先生の面談がありますので、一緒に来ていただけませんでしょうか?」


「はい。イサベルさん、オリヴィアさん、今日はここで失礼させていただきます」


 私が挨拶をすると、二人が心配そうな顔をした。私は色々な規則を破っている。だから罰を受けるのは当然だしその覚悟もある。だから心配しないでくださいと、心の中で二人に告げた。それにハッセ先生の面談の時間の分だけ、ロゼッタさんからの説教が減ります。


『そうかな?』


 単に寝る時間が無くなるだけの気もしますが、今更細かいことを気にしても仕方がありません。


 私は二人に手を振ると、メルヴィ先生に続いて教務棟へと続く廊下を進んだ。だがメルヴィ先生は途中で廊下を曲がると、人気がない方へと進んでいく。


『あれ?』


 ここには前にも来た気がする。そうだ。イラーリオ先生に連れ込まれた旧校舎だ。あの時の事を思い出すと未だに悪寒と怒りがわいてくる。でもここで面談と言う事は、間違いなく人様の前では出来ない話と言う事だ。今回は神もどきの件もあるからそうなのだろう。でもメルヴィ先生と一緒だし、あの時みたいに襲われたりはしないはず。


 いや、本当にそうだろうか? 前をいくメルヴィ先生の背中を見つつ、そんな疑念が頭に浮かんできた。イラーリオ先生ならいざ知らず、メルヴィ先生相手では勝てる気など全くしない。


 トン、トン


 薄暗い部屋の前で足を止めると、メルヴィ先生が扉を小さく叩いた。


「入り給え」


 中からハッセ先生の声が響く。授業の時と同様に少しのんびりとした口調だ。その声に思わず胸をなでおろした。


「失礼いたします」


「メルヴィ君、君は私が彼女と話している間に宿題の採点をお願いしてもいいかな?」


「はい、承知いたしました」


 メルヴィ先生はそう答えると、扉を閉めて去っていった。えっ、ハッセ先生と二人きりですか? 前回の事があるのでちょっと緊張しますが……。


「放課後にわざわざ申し訳ないね。彼の隣に座ってもらってもいいかな?」


 そう言うと、ハッセ先生は古い教室の奥を指さした。暗くてよく分からなかったが、既に誰か椅子に座っている。この人影は……。


「イアン王子?」


 私の問いかけに、その人物が無言で肩をすくめて見せる。なんでしょうね。この男がすると、この程度のしぐさでもとてつもなく嫌みっぽく感じてしまいます!


()()()()()()()()()


 私はわざと丁寧に頭をさげると、隣にあった椅子を引いて少し距離を開けて座った。


「他でもない、先日の件についてだよ」


 私が席に着くや否や、ハッセ先生がそう告げた。その口調はいつもと違って、少し重々しい感じがする。


「他人に聞かせるような話ではないので、ここまで来てもらった。君たちもその件について、むやみやたらに口にしないぐらいの分別は持ち合わせていると思う」


 そう告げると、ハッセ先生は私達を見渡す。


「はい」


 私の答えに、ハッセ先生が小さく頷く。


「南区での事故は古くなった基盤の崩れによる建物の崩壊だそうだ。慈善事業で南区を訪れていたセシリー王妃様がそれに気が付き、周囲の住民に対して避難誘導を行った。そのおかげで、若干名の軽傷者のみで済んだ」


「そう言う筋書きにするという事ですね」


「筋書き? イアン君、内務省から回ってきた正式な報告だよ」


「失礼致しました」


「イアン君、君達にはその件で内務省から感謝状を出すと言う話もあったのだが、学園としては学業とは関係のないことなので、謹んで遠慮させて頂いた」


「そうして頂けると助かります」


「それに、フレデリカ君」


 ハッセ先生は今度は私の方を振り向いた。

 

「君の病気は思ったより長引いたようだ」


「つまり――」


「ずっと部屋にいたということだよ」


 隣にいる嫌み男の口から言葉が漏れた。そんな事を言われなくても、それぐらいは私でも理解できます。それに精神的にはあなたよりお姉さんなのですよ。


「学業の遅れについては、ロゼッタ先生が私的な補講でその遅れを取り戻すと約束してくれた」


「はい」


 それから逃れられるとは思っておりません。


「それと君の付き人だが――」


「マリアンですか?」


「そうだ。マリアン君については、外出からの帰園予定の遅刻について厳重注意とする」


 やっぱりマリにも迷惑をかけてしまいました。本当に申し訳ない。あれ? でも遅刻って?


「彼女もずいぶんと君の容態を心配していたみたいだよ」


「えっ、マリも一緒に探しに出ていたんですか?」


「一緒ではなかったけど、君の我がままに効く薬でも探しに行って遅くなったのだろうね」


 そうか、それでマリは私が戻ってきたときの事を、よく知らなかったんだ。ん!? この男は何て言いました?


「我がままって何ですか! 我がままって!」


 ゴホン! 私の耳にハッセ先生の咳払いが響いた。


「すいません……」


 頭を下げた私の隣で、嫌み男が再び肩をすくめて見せる。どうしてこの男は私の精神をこんなにもイラつかせるんですかね!


「それと、内務省の方から非公式にではあるが、学園の生徒の管理に関する意見書が出ている。随分と長い文章だけど、読んでみるかい?」


「いいえ、結構です!」


 読まなくても、大体想像がつきます。


「そうだね。お役所言葉だし、読んでも意味が分からないやつだよ。そこで私としては何か問題を起こす暇がなくなる様に、君たちには少しばかり忙しくしてもらうことにした」


 えっ、この間、運動祭の実行委員を押し付けられたばかりですよね。またやれってことですか?


「君達には新人戦の再開に当たって、その世話役をお願いしたい」


「それは私も含めてでしょうか?」


「イアン君、君もだよ。この手は進捗の確認が大事だ。なので君にもつきあってもらう」


「はい、承知いたしました」


「でもそれって、中止になったんでは……」


「フレデリカ君、中止ではないよ、中断だ」


「今までは事務方並びに上級生が、その手配と進行を行っていたが、今回は入学からしばらく経っての開催だ。本学では原則として、学生の行事は学生で運営を行うこととなっている。なので君たちにその実行委員をお願いしたい」


「ハッセ先生、一つよろしいでしょうか?」


「イアン君、何かね?」


「新人戦が再開されるのであれば、私も参加するつもりでおります。その場合でも、実行委員を行うことになりますでしょうか?」


「もちろんだ。運動祭と同じだよ。君たち参加者がやる方が気合が入るのではないのかね?」


 そう告げると、ハッセ先生は私を見つめた。


「ちょ、ちょっと待ってください。私も参加者なんですか!?」


「元々参加していたと思ったのだけど?」


「違います。単なる手違いです。絶対に参加しません!」


「一回戦で優勝候補を破っているし、形だけでも参加してもらう必要はあるね」


「はあ?」


 即時棄権させて頂きます。前世で間違って冒険者になって、ちょっとだけ鍛えられただけです。決して乙女のやるような事ではありません。


「それにこれを君達にお願いするのには他にも理由があるんだ。今回は各家の付き人の人たちを対象とした剣技披露も同時に開催される」


 ハッセ先生の言葉に嫌味男が首を傾げて見せた。


「剣技披露ですか? そのような行事の予定は無かったと思いますが?」


「開催されていなかったと言うべきかな。以前は王族の立席の元で行われていたが、しばらくそのような機会がなかったからね」


「ハッセ先生、もしかしてその王族と言うのは?」


 そう問いかけた嫌味男の顔には、当惑の色が浮かんでいる。


「セシリー王妃様だよ」


 やっぱり! 色々と面倒な事を押し付けられるのは大変ですが、セシリー王妃様にお会いできるのは、とっても楽しみです!


「それとこれはまだ正式な通達ではないのだが、スオメラからの使節団が来るらしく、この学園の見学を希望している。外国の人間がここに見学に来るのはあまり前例のないことなのだが……」


 そう言うと、ハッセ先生はイアン王子の方へと視線を走らせた。


「この学園にはスオメラ王の甥に姪がいるからね。その成長ぶりを見学したいと言われると、それを拒否するのは難しい」


「その様なものは宮廷の方で断れば……、もしかしてそれも母ですか!?」


「セシリー王妃様と使節団訪問に合わせて、これまでの伝統にのっとり、剣技披露も行われることになった。事務方はそれの準備で手が一杯で、新人戦まで手が回らない」


 それを聞いたイアン王子は額に手を当てると、うんうんと言葉にならないうめき声を上げ始めた。


「他に手伝いが必要な場合、その人選は君たちに任せる。それと教務には話を通してあるから、打ち合わせなどの便宜については、なるべく君たちの意向に合わせてくれるはずだ」


 そこで言葉を切ると、ハッセ先生はにっこりとほほ笑んだ。


「この件は君たちへの懲罰でもあるから拒否権はない。君たちには運動祭同様に、これまでとは違う学生らしい斬新な発想での運営を期待する。ではよろしく頼むよ」


 えっ、これって決定ですか!


 私は隣の嫌み男の方を見た。向こうもこちらを見ている。そしてお互いに肩をすくめて見せた。どうしてあんなに素晴らしい王妃様の息子が、こうも嫌味っぽくなってしまったんですかね? 誰かに心を乗っ取られたとしか思えません。


 あっ、それは()の事ですね。

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