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会話

「本当に大丈夫なのですか?」


 お昼休みに、人気がない専門棟の中庭に集合するなり、オリヴィアさんが心配そうに声を掛けてきた。


「はい。体は何の問題もありません……」


「やはり、あの化け物のせいですか?」


 イサベルさんも心配そうな顔をする。


「いえ、違います」


 ロゼッタさんから説教を食らうかと思ったら、急にめまいと寒気を感じてしまっただけです。どんな目にあうか想像するのも恐ろしいやつです。それに比べたら、神もどきなどザコですよ、ザコ。


「えっ、ロゼッタ先生って、そんなに怖いんですか?」


「とてもそうは見えませんけど……」


 イサベルさんとオリヴィアさんが、不思議そうな顔をしてこちらを見ています。


『いけません!』


 またも心の声が漏れてしまっていたようです。そんな事よりも、今は二人に聞きたいことがたくさんあるのです!


「いえ、そんな気がするだけです。それよりも私が気を失った後に、何があったのでしょうか?」


「あ、そうですね。赤い光が見えたかと思ったら、あの黒い気持ちの悪いやつは辺りの建物ごと、全部きえてしまっていました」


「それって、セシリー王妃様の術でしょうか?」


「セシリー王妃様ですか? さあ、良くは分かりません。ですが広場の真ん中近くにいた私たちは無事でしたので、誰かが守ってくれたのは間違いない様です。でもそれが何なのかもよく分かりません」


 そう言うと、イサベルさんが肩をすくめて見せた。なぜでしょう、完璧美少女がやると、嫌味男と違ってすべてが様になって見えます。


「ミカエラさんは、エルヴィンさんの妹さんは無事だったのでしょうか?」


「はい。ご無事でした。私も少しお話をさせて頂きました。エルヴィンさんが、熱が下がって顔色がよくなったと、それはもう涙を流して喜ばれていました」


 オリヴィアさんが嬉しそうに答えた。ちょっと待ってください。それだけってことは無いですよね!


「それで、何を二人とお話しされたんですか?」


「はい。よろしかったら私が使っていた車いすをお貸ししますと、提案させていただきました」


 もしかしてそれで終わりですか!? 二人で手を取り合って喜んだとかはなかったんですか!? それぐらいはしていただかないと、体を張りまくった意味がありません!


「でもその前に、住む家を探さないといけないですね」


 イサベルさんが真顔で、妙に現実的な指摘をする。


「それはそうですね。ミカエラさんはとってもフレデリカさんに感謝されていました。エルヴィンさんも是非にお礼を言いたいと言っていましたよ」


「はあ……」


 あのですね、私などどうでもいいのですよ!


「色々とありましたが、みんなでエルヴィンさんの妹さんの所に行くという希望は叶いました」


 そう言うと、オリヴィアさんはにっこりとほほ笑んだ。その笑顔を前にすると、もう何も言えなくなります。


「でもフレアさん。一人で行くなんてのは、二度とごめんですよ!」


「はい。申し訳ありません。謹んでお詫び申し上げます」


 私は二人に頭を下げられるだけ下げた。


「ですがイサベルさん、フレデリカさんが学園を抜け出さなかったら、南区に行くことも、ミカエラさんを救う事も出来なかったと思います」


 そう言うと、オリヴィアさんが私の手を優しく握ってくれた。流石です。世の男子たちが一発でやられるわけです。


「そうですね。でも今度は前もって相談する様にしてください」


「はい。肝に銘じておきます」


「次は私の番ですね」


 そうでした。今度は私がイサベルさんの言う事を聞く番でした。


「イサベルさん、何のお願いかは分かりませんが、私もお付き合いさせて頂きます」


「はい。ありがとうございます。私からのお願いは『お茶会』です」


「お茶会ですか?」


 私はオリヴィアさんと互いに顔を見合わせた。


「そうです。お二人を私の私的なお茶会に、御招待させていただきたいと思います。ただし、一つだけ条件があります。皆さんのお付きの方々も、併せてご招待させて頂きたいのです」


「付き人と言いますと、マリアンもですか?」


「はい。マリアンさんも、それにロゼッタ先生もご招待させて頂きます。オリヴィアさんはイエルチェさんに護衛役の男性の方も、ご招待させて頂きます」


「トカスさんもですか?」


「はい。是非に皆さんにも参加して頂いて、一緒に親睦を深めたいと思っております」


「イサベルさんのお茶会に招待して頂けるなんて、とっても光栄です。でもイエルチェはお茶会にふさわしい服を持っていませんけど、大丈夫でしょうか?」


「私的なお茶会ですので、付き添いの皆さまは普段通りの服装で参加して頂ければと思います。ですがお二人には、せっかくですので茶会服を着て頂ければと思います。お二人がどんな茶会服を着られるのかも、とっても楽しみにしているんです」


「はあ……」


 思わず口からため息が漏れそうになる。イサベルさんにオリヴィアさんは超がつく美少女ですから、何の問題もないと思いますが、私はどうでしょうかね? まあ、モニカさんにせっかく手配していただいたので、一度は袖を通すべきですね。


「はい。分かりました」


「…………どちらまで行かれるのでしょうか?」


 その時だ。私の妙に優秀な耳が誰かの話し声を捉えた。もしかしてまた誰かがここで密会をしている!?


「では正式な日程が決まり次第――」


 私は二人に対して口元に指を当てた。そして植え込みの下に体を隠す。


「どうしたんですか?」


「誰かいます。それも男性です」


 私の言葉に二人が顔を見合わせた。もしかしてまたメラミーさん? でも男性の声はその時の声とは違う気がする。


「私がどちらに行くかについて、あなたに説明が必要でしょうか?」


 今度は女性の声が聞こえた。ちょ、ちょっと待ってください。この声は!?


「はい。一応は警備部長を仰せつかっているので、そのような質問をさせて頂く事もあるかと思います。それに白亜の塔へ行かれるおつもりでしょうか?」


「だとしたら?」


「要件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「今回の件について、学園長にお話をさせて頂きたいと思っております」


「それは学園の教授としての立場でしょうか? それとも――」


「カスティオール家の者としての私的請求権に基づく質問です。ご不明な点があれば、内務省ならびに学園の事務方にお問い合わせください」


「では警備部の責任者として、質問の概略をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「今回の件で私への即時の連絡がなかったこと。それに関与できる環境を与えられなかったことに関する確認です」


「そうでしょうね。ですがその答えを得るのは難しいかと思います」


「何故です? 今回はたまたま無事でしたが、このようなことは二度とあっては困ります」


「それについては君の方からあのお嬢さんに言うべき台詞だろう」


 男性の言葉が事務的なものから、もっと親しい間がらのものへと不意に変わった。


「こちらにも落ち度はありますが、それだけではないと思います」


「先程も言った通り、この件で今すぐに答えを得るのは難しいだろう。なにせ非公式に王宮からも、取り扱いに関する要請がこちらに来ているぐらいだ。それに――」


「それに何か?」


「学園長は不在だよ。いつまで不在かについて私の方でも聞いていない。だから白亜の塔にたどり着けたとしても、君ならたどり着けるだろうが、それでも学園長に会う事はできない」


「それは物理的な意味ですか? それとも拒絶の態度でしょうか?」


「物理的な意味だ。それについては私の方で保証するよ。なにせ学園長を王宮まで送ったのは私なんだ。君は何か勘違いを――」


「アルベール、勘違いをしているのはあなたの方よ。私はあなたの同僚でもなければ友達でもない。今も、そして昔もよ」


「フレデリカ!」


「アルベール警備部長。学園長が不在なのであれば、ここで失礼させて頂きます。それに先ほどの名で、二度と私を呼ばないでください。今度その名で呼んだ時には私がかつて得た権利を、貴方に対して行使させて頂きます」


 バン!


 何かが開く音が響く。茂みの影から覗くと、黒い日傘を開いたロゼッタさんが、専門棟の方へと遠ざかって行くのが見えた。そしてその後姿を男性がじっと見つめている。


 それは背が高く、均整の取れた体つきをした金髪の大人の男性だった。男性は小さく頭を振ると、ロゼッタさんとは反対の方、事務棟へと歩いていく。この人には前に会った記憶がある。そうだ。新人戦の時に、私とエルヴィンさんの間に入ってくれた人だ。


「一体何の話だったんでしょうか?」


 オリヴィアさんが当惑した表情を浮かべて、私の方を振り向いた。


「さあ?」


 正直なところ私もさっぱりです。ですが二人が以前からの知り合いであることは確からしい。それにロゼッタさんの事をフレデリカと呼んでいた。もしかしたら、ロゼッタさんの昔のあだ名だろうか? それで私の名前に付けられた?


 でもどうしてロゼッタさんはその呼び名をあんなにも嫌がるのだろう。もしかして、私の出来が悪いせいだろうか?


「フレアさん。お茶会ですが、なるべく時間を空けずにご招待させていただきます」


 不意にイサベルさんの声が響いた。その声はいつもの快活な声とは違って、どこか影を感じる声だった。

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