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密談

「わざわざこんなところに呼び出すなんて、今さら不敬罪にでも問うつもりかい?」


 ドミニクは明るい日差しが差し込む温室に入るなり、そう声を上げた。


「おい、貴様!」


 その態度に、ドミニクをここまで連れてきた騎士が腰の剣に手を掛けた。だがドミニクの鋭い視線に、そのまま固まる。


「ソフィア、()()()がお見えになったみたいですよ」


 その声に、ドミニクとにらみ合う騎士達は、剣の柄から手を放すと、温室の奥に向かって頭を垂れた。その先には白いテーブルに座る二人の女性の姿がある。


「皆さん、案内ご苦労様でした。ソフィア、お客様をこちらへ」


「はい。お母さま」


 テーブルに座る銀色の髪をした若い女性は立ち上がると、ドミニクの前へと進み出た。


「初めましてドミニク様。セシリーの娘のソフィアと申します」


 そう告げると、白いスカートの裾を小さく上げて、ドミニクに向かって丁寧にあいさつをした。そして背後にいる騎士たちに小さく頷いて見せる。


「失礼いたします」


 騎士達はそう告げると、ドミニクを残して温室の外へと下がった。騎士たちが下がるや否や、ドミニクの口から大きな溜め息が漏れる。


「こちらとしては、投獄されてねちねちといじめられるぐらいなら、さっさと首を切って欲しいんだけどね」


「まさか。そんな事はしませんよ。なにせドミニクさんは私の戦友ですからね」


 そう言うと、セシリーはドミニクに対して、白いテーブルの傍らに置かれた椅子を指し示した。ドミニクは小さく肩をすくめると、そこに腰をおろす。


「ドミニク様はお母さまのおっしゃった通りの方ですね」


 足を組んでぞんざいな態度で椅子に座るドミニクを見たソフィアが、そう言葉を漏らした。だがその口調に非難の色はない。


「そうですよ。何事にも動じず、それでいて媚びる事のない精神をお持ちの方です」


「はい。わたくしもそう思います」


 二人のやり取りを聞いたドミニクがわざとらしく両手を上げて見せる。


「やんごとなき方々に、褒め殺しにされる覚えはないんだけどね。それにあんたの娘さんはどうやらあんたにそっくりみたいだ」


 ドミニクの言葉にセシリーとソフィアが互いに顔を見合わせた。そして小さく含み笑いを漏らす。


「そうですね。確かに私たちはよく似ていると思います」


「間違いないね。どちらも中身は王妃様に王女様とは思えない。どちらかと言えば、娼館のおかみとその番頭みたいだよ」


「あら、私達でも務まりますでしょうか?」


「あんた達ぐらいに肝が据わっていれば十分だ。それはそうと、こっちも家が吹き飛んだりで色々と忙しいんだよ。それをわざわざ呼び出してくれたんだ。不敬罪で牢にぶち込むんじゃなければ、一体何の用だい?」


「はい。単刀直入に言うと、ドミニクさんには私の目が届く場所に居て頂く必要があるのです」


「そうでなければ牢屋行きかい? 違うね、命がないということか?」


「残念ながらドミニクさんとミカエラさんはこの件の当事者の一人ですので、相当に危険な立場だと思います」


「ミカエラもかい? あの子はずっと気を失っていたし、余計なことをしゃべるような馬鹿な子じゃないよ」


「それはよく分かっています。ですが、周りがそう思うかどうかは別の話です」


「私について言えばそのぐらいの覚悟はあるさ。剣士なんてものをやっていれば、いつ何時命を落とすか分からない。でもミカエラは、あの子はやっと病から解放されたんだ。取り戻したあの子の将来を奪うなんてのは、誰にも許される事じゃない」


 そう告げるとドミニクはテーブルを拳で叩いた。


「おっしゃる通りです。ですので、ドミニクさんにもミカエラさんにも、その立場を明確にしていただく必要があると思っています。それで危険が去る訳ではありませんが、そうしないよりはましだと思います」


「どうしてそうだと言い切れるんだい?」


「何かあれば私を敵に回すという事です」


 セシリーの視線を受けたドミニクは思わず息を飲んだ。


「あんたはやっぱり怖い女だね。今のは私でも背筋が凍りそうだったよ」


「正直なところ、今まではそのような立場に立つことを極力避けていましたが、今回は別です」


「見えない化け物かい?」


「はい。私達から見えないという事は、本来存在しないはずのものが存在してしまっているという事です。これは国、ましてや王族の面子などとは比較にならない大きな問題を含んでいます。単に無かった事にするなんてのは論外です」


「だけど誰もが、あれは無かったことにしたいんじゃないのかい?」


「そうですね。自分の手に負えない。負いたくないからそれを避ける。実に愚かなことです」


 セシリーの言葉にソフィアも頷いて見せた。


「ですがお母さま。お母さまもエミリアも打つ手がなかったという事は、私達にすぐに出来る手があるようには思えませんが?」


「ソフィア、何事も無理だと思った時点で物事は終わりですよ。この件に関して言えば、いくつかの鍵はあると思っています」


「鍵ですか?」


「先ずはそれがミカエラさんの中に潜んでいたこと。それと似た症状の病が王都の中で流行っていました。ですが例の件の後で皆が快方に向かっています。それに――」


「赤毛だね」


「そうです。フレデリカさん、それにその友人のイサベルさんとオリヴィアさんには、アレが見えていました。そして何よりフレデリカさんは……」


「アレの正体を知っていた」


「はい。ですが私たちがそれを知っている事こそ、外部に漏らす訳にはいかない秘密です。それを知っているドミニクさんとミカエラさんには、私の目が届くところに、そして間違いなく私のお気に入りだと分かる立場に居て頂く必要があります」


「学園の三人もかい?」


「学園にはソフィアをはじめ、私の子供たちがいます。彼女達については、同じ宿舎にいるソフィアに見てもらいます。それと彼女たちが、私のお気に入りであることも明確にします」


「だけどどうやって……、まさか?」


「はい。都合がいいことに私の長男のキースも次男のイアンも、まだ婚約者が決まっていません。彼らも王家の人間です。あの子達にも役にたってもらうことにします」


「ちょっと待ちな。あんただって母親だろう? 娘や息子を――」


「ドミニクさん。それが可能である限り、子供達の意思は尊重するつもりでいます。それでも、私たちが日々を誰かの世話になって生きているという事には、それなりの代償があるのです。私達には恋愛も結婚も、何一つ自由などありません。すべては都合ありきです」


「私は庶民に生まれて幸せだよ」


「そうですね。でも大多数の人はそうは思わないでしょう。私たちは毒を盛られて死ぬことはあっても、飢えて死ぬことはありませんから」


「ドミニクさん、この件については、当人たちがそれを望むかもしれません。ですので、必ずしも強制されたものになるとは限らないと思います」


 ソフィアはそう告げると、ドミニクに向かって小さく笑みを浮かべた。


「それに陰ながら私もお手伝いさせてつもりです」


 そう告げると、セシリー王妃も頷いて見せる。


「それで、私は何をすればいいんだい? まさか恋愛の指南役じゃないだろうね?」


「ふふふ、それも良いかもしれません。ですがドミニクさんにはソフィアの護衛役として、学園に赴いて頂きます」


「学園だって? 私にあのお化け屋敷に行けっていうのかい?」


「学園はこの国でもっとも閉鎖的な場所ではありますが、外部からはもっとも安全な場所でもあります」


「ミカエラの世話はどうするんだい?」


「彼女の体調が戻るまでは、ここで私の方でお預かりします。表向きはソフィアの侍女になる為の、礼儀作法の訓練ということにしましょう」


「このお嬢さんにいる、今の侍女や護衛役は首にするってのかい?」


「その点は心配無用です。今のところ、私には付き人は誰もおりません」


「えっ!? 掃除に洗濯はどうするんだい?」


「もちろん自分でやります」


「はあ? やっぱりあんた達は変わり者だね……」


「誉め言葉だととっておきます」


「私の方でも学園に訪問する予定です。それに合わせて、護衛役の剣技披露が行われるはずです。そこで学園にいる各家の者たちの立ち位置と、思惑を見ることが出来ると思っています」


「どうやら嫌と言える立場でないのは分かったよ。だけどね――」


「何か問題でも?」


「ミカエラについてはあるね」


「ミカエラさんの回復でしょうか?」


「おそらくそれは問題ない。本人も相当に気合が入っている。でも気合が入っているのには、理由があるんだよ」


 ドミニクの言葉に、セシリーとソフィアが互いに顔を見合わせた。


「ミカエラはあの赤毛のお嬢さんの侍女になりたいと、心から願っているんだ」


「フフフ」


 セシリーの口から笑い声が漏れた。


「ならば私がカスティオール家に、いえ、フレデリカ・カスティオール嬢に紹介状を書く事にします」


「お母さま、お茶の準備が出来たようです」


「あら、なんのおもてなしもしないうちに、すっかり話し込んでしまいましたね。エミリア、あなたもこちらに座って。一緒にお茶にしましょう」

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