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帰り道

「あんたたちも無事だったんだね」


 ドミニクの問い掛けに、セシリーは頷き返した。暮れる夕日に染まる二人の顔には疲労の色がある。その夕日を遮っていた建物はすべて吹き飛んでしまっていた。


「はい。それに避難が早かったおかげで、この辺りにいた人たちは、みんな無事だったようです」


「それはなによりだ。それでさっきの光はあんたの術か何かかい?」


 ドミニクは目に差し込む西日を手で遮りながら、再びセシリーに問い掛けた。


「違います」


「そうなのかい? あんた達が無事だったんで、てっきりあんたの術かなにかだと思ったんだけどね」


「焼き払うだけじゃなく、最後は何かがこちらまで守ってくれたようです。それが何なのかは私にも全く分かりません。ともかく命拾いをしたのは確かですね」


 そう告げると、セシリーは小さく肩をすくめて見せた。


「これで終わりだろうね。もう一回なんてのは勘弁だよ」


「子供たちは何も見えないと言っていますし、私も何の気配も感じません。おそらく()()はこれで終わりなのだと思います。それよりも彼女は大丈夫ですか?」


 セシリーはイサベルとオリヴィアに介抱されている、フレデリカの方を指さした。


「水は全部吐いた。少なくとも命に別状はない。あんたの息子が適切な処置をしたからね。でも意識はあるけど、まだはっきりはしていない。今は休ませてやるのが一番だろう」


「そうですね。今回はフレデリカさんには、相当な負担をかけてしまいました」


「他の子たちもそう呼んでいたけど、それが彼女の本名かい?」


「はい。フレデリカ・カスティオール嬢。この国のもっとも古い家の一つ、四侯爵家の長女です」


「他の生徒達は?」


「フレデリカさんの友人のイサベル・コーンウェル嬢。彼女も四侯爵家の長女ですね。それにオリヴィア・フェリエ嬢。四侯爵家の分家ですから、いずれも四侯爵家に連なる皆さんです」


「へぇー、コーンウェルって、あのコーンウェルかい?」


 セシリーの答えに、ドミニクが少し驚いた顔をした。


「でも正直なところあの子に限って言えば、マリという名前の、どこかの家の侍従の娘の方が似合っている気がするね。でもあんたも含めて、どうしてそんなやんごとなき人たちが、南区のそれも端っこまで来たんだい?」


「私に関して言えば、次男が学園で懇意にさせていただいている女子生徒さん達に会いに来ただけです。それについては十分に満足しました」


 セシリーはそう言うと、口元に小さく笑みを浮かべて見せた。


「あんたにも感謝するよ。エミリアという娘さんにも随分と助けてもらった」


「そうでしょうか? 単に私達が迷惑をかけただけのような気もします」


「あんたは本当に王妃様なのかい? だとしたら相当に変わった王妃様だね」


「はい。でも第三王妃です。たいした存在ではありませんよ」


「第一だか第三だか知らないけど、あの子は赤の他人の娘一人を救うために、ここまで来てくれたんだ。この件であの子に何かあるとしたら、それはとても許す気にはならないね」


「この件については、私が使えるありとあらゆる手段でなんとかします」


「さっき、大したことはないって、言っていなかったかい?」


「あら、私でも寝屋で陛下に睦言ぐらいは言えますよ」


「怖い女だね。いや、女の鏡とでも言うべきかい?」


「それよりもドミニクさん。あなたの方が大変ではないのですか? 今回の件については、もともとはフレデリカさんが、ミカエラさんを見舞いにきただけの話です」


「そしてミカエラの命を救ってくれた」


「はい。でもこれだけの事が起きてしまいました。ここにいる皆さんは彼女、いえ、私たちがここに来たからだと思うでしょうね」


「まあ、私については何の問題もないさ。もともとが厄介者だ。それに今は弟子らしい弟子は一人しかいない。どうとでもなる」


 ドミニクはそう言うと、大げさに肩をすくめて見せた。


「ミスリル達は、あの子たちも厄介者扱いされていたのは事実だけど、居心地は悪くなるだろうね。でもあんた達が背負い込む厄介ごとに比べたら、大したことはないさ」


「そうでもありません。私達は籠の鳥です。自由はありませんが、その籠に守られているとも言えます。本当は失っているものこそが、一番大事なものでもありますが……」


 そう告げた、セシリーの顔が僅かに曇った。


「それはみんな同じだろうさ。でもこの件については、何かに試されているみたいで気味が悪いね。それよりもお客だよ。これはあんたでどうにかできる話だろう?」


「近衛騎士団だ! 全員その場で地面に手をついて動くな。動いた者は問答無用で切る!」


「そうですね。これは私でもなんとか出来る話です」


 * * *


「よく寝ていらっしゃいますね」


「はい。きっとお疲れになられたのだと思います」


 オリヴィアの言葉に、侍女のイエルチェが答えた。学園に向かう馬車の中、オリヴィアとイエルチェの前の席では、毛布にくるまれたフレデリカが、小さく寝息を立ててよく眠っている。


「このままどこかに、連れて行ってしまいたくなりますね」


「お嬢様?」


 オリヴィアの漏らした言葉に、イエルチェは少し怪訝そうな表情をして見せた。だがすぐに片手を上げて呆れた顔をする。


「いつの間に入れ替わったの?」


「私は私よ。入れ替わった訳ではないでしょう?」


 オリヴィアはそう答えると、イエルチェに小さく笑みを漏らして見せた。


「そうね。本物に戻ったという感じかしら?」


「それよりも教えてもらえないかしら? あの光はなんだったの? それに私たちをあの光から守ったのはあなた?」


「さあ、どうでしょう?」


 イエルチェがオリヴィアに対して、わざとらしく肩をすくめて見せる。


「そういうことね。とりあえずお礼を言っておくわ。ありがとう」


「あら、素直なところだけは、もう一人のあなたと同じなのね」


 イエルチェの言葉に、オリヴィアが首を横に振って見せた。


「何度も言わせないで。私は私よ。それにあなたの一部でもあるのでしょう?」


 オリヴィアの問い掛けに、今度はイエルチェが含み笑いを漏らした。それを見たオリヴィアが少し首を傾げて見せる。


「珍しく機嫌がいいのね。最近はずっと不機嫌だと思っていたのだけど?」


「あら、そうだったかしら? でもその通りよ。せっかく入れ替わった事だし、なんで機嫌がいいかは、特別に教えてあげる」


 そう言うと、イエルチェは侍従服のポケットから、小さな瓶の中におさめられた、真っ黒な胎児の様なものを取り出した。


「これよ」


「なにこれ?」


 それを見たオリヴィアが不思議そうな顔をする。


「人の執念。いや、怨念とでも言うべきものかしら。本来戻るべきところに戻らずここにいる。いや、定着させられていると言うべきかもしれないわね」


「一体これをどうするの?」


「別に。でも人のおもちゃを横取りするのは大好きなの。だからあなたも彼女を横取りしたいのでしょう?」


「馬鹿なことを言わないで。彼女はまだ誰のものでもないわ。それにフレアさんが大好きなのは、もう一人の私も同じよ。でもどう好きなのかはちょっと違うかも……」


 そう言うと、オリヴィアはフレデリカの寝顔をじっと見つめた。


「私は彼女の全てが欲しいの」


 * * *


「おい、イアン!」


「なんだ!」


 ヘルベルトの声に、馬車の外の景色をぼんやりと眺めていたイアンは、慌てて横を振り向いた。


「大声を出すな。イサベル嬢が起きるだろう」


 イアンはそう言うと、前の席の方をあごでしゃくった。そこには馬車のひじ掛けに身を預けて眠っている、イサベルの姿がある。


「それはお前も同じだろう。それよりもさっきから何か変だぞ」


「はあ?」


「窓の外を見てぼーっとしている。お前らしくない」


「流石に疲れたよ。それに母上の前で緊張もしたしな」


「それだけか? それにさっきから、何でやたらと唇を撫でているんだ?」


「唇?」


「そうだ。何度も触っている。あっ、確かフレデリカ嬢が、かなり水を飲んだといっていたな。まさかお前!」


「ちょっと待てヘルベルト、お前は何か誤解している」


「いや、誤解なんてしていない。どさくさに紛れてなんて奴だ!」


「必要な手当てをしただけだ。それだけだ!」


「やってくれたな。これでお前は間違いなく一年男子の三分の一を敵に回した。違う。間違いなく全員を敵に回した!」


「ヘルベルト。お前こそ――」


「あの、何か問題でも起きましたでしょうか?」


 目を覚ましたイサベルが、目の前で胸倉のつかみ合いをする二人を見て、呆気にとられた顔をしている。


「こいつはですね――」


 イアンは慌ててヘルベルトの口を塞いだ。


「いえ、なんでもありません。間もなく学園につきますので、支度をお願い致します」


「はい。分かりました……」


 イサベルは納得がいかない顔をしたが、上着のポケットから手鏡を取り出すと、それで僅かについた髪の寝癖を直し始めた。それを見たヘルベルトが、イアンの耳元にそっと口を寄せる。


「イアン、これは貸だ。だけどこの貸は必ず取り立ててやるからな!」

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