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かぼちゃ

『うん、いい一日だ』


 昼に近い日差しが辺りを明るく照らしていた。遠くに見える森の上には、小さな雲もいくつかのんびりと浮かんでいるのが見える。せっかくのお披露目だというのに、雨にでも降られたりしたら、ドレスの裾が台無しになってしまう。


 離宮の庭の広場が馬車溜まりとして開放されているらしく、扉の外から初夏の草の匂いが漂って来た。そこにはアンがつけている、桃の花を思わせるかすかな香水の香りも混じっている。 


 前を見ると王宮付きの、上が赤に下が白い派手な制服を着た侍従さんが、昇降台の横で頭を下げて、アンの手を取っていた。アンは背筋をピンと伸ばし、その手を取って昇降台を降りていく。流石は我が妹、アンだ。その振る舞いは優雅で一分の隙もない。


 自分はどうだっただろうか? 確か不必要に頭をひたすらぺこぺこと下げていたような気がする。でも間違いじゃありません。挨拶はとっても重要です!


 私も慌てて馬車の入り口の横に置いてあった、日傘とお化粧直しが入った道具袋に手を伸ばした。さらに片手で、馬車の入り口にまだ残っているアンの裾を少し持ち上げる。ドレスが馬車の扉にひっかかりでもしたら大変だ。


 今日は付添人をしないといけないのだから、アンの邪魔だけは決してしないようにしないといけない。昇降台を下りたアンに続いて、侍従が頭を下げて私に手を差し出した。


『何これ?』


 昇降台の上から見える侍従さんの頭がとってもおかしいことに気が付いた。男性ですよね。何で貴方は髪の毛の端をくるくると捲いているんですか? これって何かのお約束?


 二年前の記憶を必死に思い出そうとしたが、ロゼッタさんの手に引かれて、正しくは引きずられて前へと進んだ記憶しかない。


 まあ、どうでもいい話です。アンを見習って背筋を伸ばすと昇降台の前へと進んだ。前ではアンが少し不安そうな顔をしてこちらを見ている。大丈夫ですよ。流石にここで転んだりはしません。昇降台を降りた私の横で侍従さんが顔を上げた。


『何ですかそれは?』


 侍従さんの顔を見た私は、思わず口に手を当てそうになった。細い口髭もその端でくるくると丸まっている。もしかしてその髪の毛に合わせています? 今日はお披露目で仮装パーティーではないですよね?


「何かご不便でもありましたでしょうか?」


 私の顔を見た侍従さんが、真剣な表情で私に告げた。お願いです。その顔で真面目な台詞を言うのは止めてください!腸がよじれそうになります。と言うか、これを見て平静を保てと言うのは、絶対に何かの拷問です!


「いえ、何でもありません」


 私は必死の思いで侍従さんに答えを返した。侍従さんは私の顔を見て少し不思議そうな顔をしたが、頭を下げるとアンの左前へと進み、会場の方へと案内を始めた。


 止めていた息を吐く。本当に死ぬかと思いました。でも息を止めてなかったら、絶対に大爆笑していた自信があります。私は日傘を開くとアンの上へとそれを広げた。正しくは彼の後姿から見える巻き毛を視界から隠すためだ。前をいくアンに注意を払いつつ、辺りを見渡してみる。


『これは一体何ですか?』


 辺りに停まる馬車を見て、思わず目が点になった。お披露目用の馬車だろうか、どれも銀色に染めた上で、桃色や水色といった明る色で派手な装飾をしている。


『これは一体何なのだろうか?』


 心の中で再度呟いた。まあ、せっかくのお披露目なのだから、飾り立てたくなるのは分かるが、どれも優美とかと言うのからは遥かに遠い存在だ。変なものが混じった私の目には、巨大な砂糖菓子の失敗作にしか見えない。


 背後に停まる我が家の馬車をふり返った。私がいつも乗っている、端の塗装が剥げかかっている馬車よりはまともな、オーク材の木目が美しい馬車だ。これこそが自然の美というものです。何でも飾ればいいという物じゃない。


 皆さん本当にこんな物に乗って、街の中を走って来たんですか? 途中で飾りなんか落ちたら迷惑この上ないですよ。皆さんは「わびさび」という言葉を知っていますか? あれ? 「わびさび」って何だろう?


 心に自然に浮かんだのだけど、何処で聞いたのか記憶にない。ロゼッタさんとの詩集の朗読にでもありましたかね? もしかしたら私は思い出していないだけで、19歳の前世の記憶以外にも、もっと変なものが混じっているのかもしれない。


 そこから案内される少女や少年達を見て、さらに目が点になった。


『何ですか、その化粧は?』


 変なものが混じった私、フレアから見れば、皆さんはっきり言って下品です。皆さんはまだ12歳ですよ。その分厚い化粧は止めましょう。少しばかりいかがわしい酒場で働く女性だって、もう少し化粧が薄いですよ。


 だいたい皆さんはまだ化粧なんていりません。何ですか、その目の周りに墨を入れているのは、目を大きく見せる為ですか? 単に恐ろしい縁取りになっているだけです。


 それにそちらのお嬢さん、その口紅も止めましょうよ。色も下品ですけど、お口が倍以上に見えて顔が口だけにしか見えません。目と鼻は何処ですか?


 頬紅も以下同文です。そのおしろいは、絶対に顔を動かせないですよね。挨拶で下を向いた時にはどうするつもりですか!?


 世の中には程度と言うものがあるでしょう。程度と言うものが。それにニキビやそばかすを隠すのはいいですけどね。壁みたいに厚手に塗ってどうするんですか!?


 絶対に文句を、訂正を要求するべきです!皆さんは素顔の笑顔が一番かわいい年じゃないですか!


 それにそこを歩く少年達よ、君達も一体何を勘違いしているんだ!? そんなにでかくて、装飾一杯の剣なんて持ってどうするんですか。


 ほら、言わんこっちゃないです。服に引っかかっていますよ。歩くたびに上着の裾が上がって、頭の赤い羽飾りと合わせると、まるで色水に飛び込んだ鶏が歩いているようにしか見えません。


 それにですね、背を高く見せようと靴の中に何か入れすぎです。もう竹馬に載っているみたいじゃないですか?


 私の時はどうだったんだろうか? もしかして、私の記憶にないだけで、お披露目って、やっぱり仮装パーティーだったんですかね。それもどちらかと言うと、おしゃれにというより、村の祭りとかでやるお化けに化けるやつです。


 必死に記憶を手繰り寄せるが、地面や絨毯の模様しか思い出せない。フレアさん、貴方は下しか見て無かったんですか!? いくらいじけていたからって大概にしなさい!


 笑いが抑えられなくなるので、日傘を使ってその顔やら姿を視界から隠しつつ、前方に視線を戻した。だが前を歩く少年少女達の姿だけでも、笑いを抑えられなくなる。皆さん、背筋を伸ばすのとそっくり返るのは違いますよ。違うのか、ドレスの裾が重すぎてそうなるのか!?


 前を歩くアンを見る。この子は奇麗に背筋を伸ばしたまま、ドレスの裾をもって優雅に歩いていく。流石は我が自慢の妹です。


 このお化け屋敷の中では、あなたの可愛さは光り輝いています。いやそんなものじゃありません。無敵です。前世で私によくして頂いたある方と同じく、無敵種です。


 でも変なものが混じった私にとって、これはやっぱり拷問です。日傘ぐらいじゃ視界から全てを避ける事はできません。お付の人達の人選が大事な理由も分かりました。これは並大抵の精神力では務まりません。


 アンナお母さまの付添人をコリンズ夫人が、私の付添人をロゼッタさんが務めた理由もよく分かりました。あの方々ぐらいの強い精神力が必要なんですね。私は付添人というのを、単に後ろをついて歩くだけだと、思いっきり舐めていました。


 二年前にロゼッタさんが、私の手を引いてここを駆け抜けたのも、お披露目の間中、何でずっと詩集を読んでいたのかも、やっと理由が分かりました。こんなの見たら大爆笑ですよね。


 詩集を使って精神に安定をもたらす辺り、流石はロゼッタさんです。詩集には眠くなるだけでなく、そういう使い道もあるのですね。でもロゼッタさんが腹を抱えて大笑いする姿と言うのも、一度は見てみたい気がする。きっと小言を言わないコリンズ夫人と同じくらいにあり得ない、もしかしたら一生ものの様な気がします。


「ふふふふ……ふふ……ふふふ……、」


 もう駄目です。色々と他の事を考えたりして必死に耐えてきましたが、もう限界です。口からどうしても笑いが漏れてしまいます。これ以上押さえると息ができません。死んでしまいます!


「フレデリカお姉さま?」


 私の笑い声に気が付いてしまったらしいアンが、首だけをこちらに向けると不安そうに声を掛けた。そして私の顔を見てびっくりした表情をする。きっと私はとんでもない顔をしているのだろう。それはそうだ。笑いを抑える為に必死に顔を硬直させているのだから。


『いけません!』


 このままではアンに迷惑をかけてしまいます。自分のお披露目ならどうでもいいですが、この変なものが混じった私の為に、とってもかわいいアンに迷惑を掛ける訳にはいきません。


 心なしか、前を行くアンの背中も微かに震えている様に見える。そうですよね。これを見て笑うのを抑えるなんてのは、いくら頑張り屋さんのアンでも無理ですよね。天才的な鈍感さの持ち主でないと、これは絶対に耐えられません。


 私の時には、いじけて下だけを見るという荒業でそれを乗り越えたみたいですが、カミラお母さまの期待を一心に背負った貴方にはその手は無理ですよね。この腹の底から湧き上がってくる笑いを抑える方法はないだろうか?


 私は普段あまり使っているとは言えない頭で必死に考えた。ロゼッタさんとの授業よりもはるかに頭を使った結果、私は一つの結論に達した。


「アンジェリカさん。かぼちゃです」


「かぼちゃですか?」


 私の言葉にアンが歩みを止めて、私の方をじっと見る。前を案内していた侍従も、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


『誰がこっちを見ていいと言った?』


 君がこちらを見ると、せっかく収まっている笑いがまた止まらなくなるではないですか。私は侍従さんに向かって手を振って前を見るように即した。私の指示にも関わらず、まだ不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


 さっさと前を見てください!こちらは限界なのです!


 侍従さんは私の真剣な表情にやっと気が付いたのか、慌てて前をむいた。お願いします。後ろ姿でも十分な威力があるのです。出来れば二度と私の方を向かないでください。会場に入ってこの顔の侍従さんが並んでいたら……。


『いけません!』


 そんな事を想像したら最後、私の中で何かが絶対に壊れます。


「アンジェリカさん、全てかぼちゃだと思いましょう」


 そうです。これらは全て収穫祭で飾るかぼちゃだと思うのです。そう思えば、少なくとも大笑いだけは避けられます。


「はい、フレデリカお姉さま」


 アンは私の助言に元気に答えると、さらにしっかりと前へ向って歩き出した。その背中には先ほどの震えの様なものは全く見えない。流石は我が妹です。私の意図を明確に理解してくれた様です。


 私は視界の中にお披露目の参加者や侍従さんが入る度に、呪文の様に「全てはかぼちゃだ」と心の中で繰り返しつつ、アンの後ろを進んだ。


 やがて私達を案内する侍従さんの先に、お披露目の会場となる離宮の白い建物が見えてきた。中には大勢の人の気配がある。中だけじゃない、階上のテラスの上にも大勢の人が居るのが見える。私はかぼちゃの集団との対面を前に、腹の底に力を入れて気合を入れ直した。


 決して、笑ってはいけない!

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