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感謝

 豪雨は一瞬だけですぐに過ぎ去っていった。あの雨はきっとセシリー王妃と、エミリアさんの二人が召喚してくれた術のおかげだろう。


 私はずぶぬれのまま、二人の肩を抱いて泣き続けている。ここにいる皆は、そんな私に呆れているかもしれない。でもそんなことはどうでもいい。私には一緒に泣いてくれる人がいるのだ。それが何よりもうれしかった。


「フ、フレアさん!」


 どれだけ三人で泣いたことだろう。イサベルさんが顔をあげると、私の顔をじっと見つめた。いつもの澄んだ水色の目が、今は真っ赤に見える。


「はい!」


「どうして、勝手に抜け出したりするんですか!」


 そう告げたイサベルさんの眉が、とっても上がっている。いけません。これは本気で怒っています。


「そうです!」


 オリヴィアさんも、イサベルさんの隣でそう声を上げた。その声はいつものオリヴィアさんの声とは違う、はっきりとした大きな声だった。まずいです。オリヴィアさんも本気で怒っています。


「あのですね。めったにない機会なので、サクっと行って、サクっと戻って来ようとしただけなのですが――」


 それに学校って、抜けだす為にあるとは思いませんか? 私の言い訳を聞いた二人が、互いに顔を見合わせた。


「学園を抜け出すのに、サクッも、グサッもありません!」


 ちょっとイサベルさん、親父ギャグにもなっていないですよ。あれ、親父ギャグってなんだ? 私にはやっぱり色々と、変なものが混じっているらしい。


「そうです。後を追いかけるのが、どれだけ大変だったことか!」


 オリヴィアさんもイサベルさんに頷いてみせた。そうだ。二人はどうやって抜け出してきたのだろう?


「皆さんは、どうやって学園を抜け出してきたんですか?」


 私は二人の顔を見渡した。ずぶ濡れではあるが、二人とも学園の制服のままだ。だから私みたいに侍従に化けた訳ではない。もっとも二人が侍従のフリをしたところで、気品に満ちあふれているから、すぐにばれるはず。まさか正面突破ですか!?


「それにどうして、イアン王子(いやみ男)までここにいるんです?」


「イサベルさんが、イアン王子から預かっていた許可証を使って出ました」


 オリヴィアさんが、隣にいるイサベルさんの方を見ながら答えた。


「許可証? ちょっと待ってください。一体誰の許可証ですか?」


「はい。内務大臣直筆の許可証です」


「はあ? お願いですから、そんなものがあるのなら先に言ってください!」


 あのですね。ロゼッタさんに仮病を使って、マリに思いっきり嘘をつき、さらにはトマスさんからお金を借りるなんてことをしなくてもよかった、という事じゃないですか!


 それにもうこの時間です。ロゼッタさんにばれるのは間違いありません。つまり一晩中の説教に、徹夜の予習復習が待っているという事です! マリだって、間違いなく何日かは口をきいてくれないと思います。


「言うもなにも、相談する前に、フレデリカさんが抜け出したりするからです!」


 イサベルさんが私に声を張り上げた。まあ、それを言われると、こちらとしては返す言葉などないのですが……、あれ?


「イアン王子から、イサベルさんが直接に受け取っていたという事ですか?」


「これには色々と理由がありまして――」


 珍しくイサベルさんが口ごもった。これって、ちょっと怪しくありませんか? いや、絶対に怪しいと思います。


 だいたい天下のコーンウェル家のお嬢様のイサベルさんに、婚約者がいないということ自体が信じられないことです。確かに家が立派過ぎるという問題はあるかもしれませんが、相手が王子様なら何の問題もなしですね。


「フレデリカさん?」


 どうやら私が何を考えているのか、イサベルさんは気が付いたらしい。


『いけません!』


 これはこんなところで話す内容ではありません。もっとしかるべき時に、しかるべき場所で、時間をかけて追及すべき案件です。ともかく今は話を変えて、気が付かなかったフリをしないといけません。


「それよりも皆さん、どうしてここが分かったんですか?」


「はい。フレアさんの事ですから、間違いなく、エルヴィンさんの妹さんの所を訪ねたと思いました。それでエルヴィンさんとヘクターさんに道案内を頼んで、連れてきてもらったんです」


 皆さん流石です。というか、私のやっていることがバレバレすぎです!


「ミカエラ!」


 まだくすぶっている廃材の向こうから、男性の大きな声が響いた。紺色の制服を着たエルヴィンさんが、寝台から下ろされて、布にくるまれているエミリアさんに抱き着いて声を上げている。そうだ、ミカエラさんは無事だったのだろうか?


「彼女は無事ですよ」


 振り返ると、セシリー王妃が私に向かって頷いてくれた。見ると、王妃様の髪も服もさっきの豪雨でずぶ濡だ。それでも只者ではない気品を(まと)っている。


 それだけではない。肌に張り付いた服が大人の女性の魅力も感じさせる。私が男だったら、間違いなく目のやり場に困ったことだろう。


 私はトマスさんが、恐れ多くもガン見していないか辺りを見回した。だが何か用事でも言付かったのか、周りにはいない。思わずホッと胸を撫で下ろす。


「エミリアが言うには、熱も平熱で脈も正常だそうです。もちろん衰弱しているので、体力が戻るまではしばらく安静にする必要はあるでしょう。でも若いですから、きっとすぐに回復しますよ」


「よかったです!」


「フ、フレデリカさん!」


 そう答えた私の裾を、イサベルさんが引っ張った。見ると、イサベルさんもオリヴィアさんも地面に跪いて頭を下げている。


 そ、そうでした。ドロレスさん、もといこの方は王妃様でした。かなり艶っぽくなってしまっても、すぐに王妃様と分かる辺りは流石です。


「皆さん、どうかお立ちになってください」


 慌てて跪こうとした私に、王妃様が声を掛けた。


「イサベルさんに、オリヴィアさんですね。イアンがお世話になっています。母のセシリーです」


 そう言うと、二人に向かって軽く頭を下げた。あまりのことに、二人ともどうしていいか分からずに、そのまま硬直している。


「今日は特別に公務はお休みさせて頂いております。なので単にイアンの母親。それだけです」


 そう言うと、セシリー王妃は二人に微笑んで見せた。二人とも慌てて立ち上がると王妃様に挨拶する。


「イサベル・コーンウェルです」「オリヴィア・フェリエです」


「はい。お二人の事も、よく存じております」


 セシリー王妃の言葉に、イサベルさんもオリヴィアさんも驚いた表情をすると、互いに顔を見合わせた。でも、どうして王妃様は私たちの事を、こんなにも良く知っているのだろう?


「あの――」


 私がそれを問いかけようとした時だった。たくさんの布を持ったエミリアさんが、私たちの前へと飛び出してきた。


「奥様、お風邪を召してしまいます。とりあえずこちらをお使いください」


「エミリア、私なんかより、皆さんに先にお渡ししなさい。なにせ未来を背負ってもらうのは、皆さんの方ですからね。そうでしょう、イアン?」


 そう告げると、ちょっと離れたところに立つ、イアン王子へ声を掛けた。


「はい。母上。ですが、布は十分にあるように思いますので、母上もすぐに水気を拭かれた方がいいかと思います」


「あら、相変わらず面白みのない言い方ですね。それとも、これだけかわいいお嬢さんたちを前にして、少し気取って見せているのかしら?」


「気取る? 母上、どうして私が気取る必要が?」


「あははは」


 慌てふためくイアン王子をみて、我慢できずに、思わず笑い声をあげてしまった。


「赤毛、だれのせいで、こんな目にあっているのか分かっているのか!?」


「はあ? 私がイアン王子様に何かお願いしましたでしょうか?」


「フ、フレデリカさん!」


 イサベルさんが再び慌てた声を上げた。そうでした。今はセシリー王妃様の前でした。それに今日は素直に感謝すべきだろう。なにせ炎の中、彼は私を助けにきてくれたのだ。


「助けて頂いて、ありがとうございました」


 私は彼に向かって頭を下げた。素直に感謝したことが意外だったのか、イアン王子が少し驚いた顔をして見せる。だが小さく肩をすくめても見せた。彼なりの照れ隠しなのだろう。思わず少年らしい、少しかわいい所もあるなんて思ってしまう。


「フレデリカさん。礼などいりませんよ。男性として女性を守るのは当たり前のことです。それにフレデリカさん――」


 そこで言葉を切ると、セシリー王妃は私の両手を握りしめた。


「ありがとう。全てはあなたのおかげよ」


「せいぜい囮になったぐらいですよ!」


 そう告げた私を、セシリー王妃は優しく両の腕で抱きしめてくれた。

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