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作戦開始

「作戦開始だって!」


 ヤスさんが驚いた顔をして聞き返えす。だがここがとってもやばい状況なのはすぐに分かったらしく、素早く背後にいたミスリルさんを庇う位置へと移動した。


 トマスさんと言えば、まあぽかんとした顔をして立っているだけです。あのですね、少しは私に気を使うとかできませんかね?


「そうです。エミリア、紛れを掛け終わり次第、『南溟の隠者』の召喚の準備をしなさい。紛れの維持の方は私が補助をします」


「王都で、しかも地上で隠者をですか!?」


「それと、『暁の大鳳』は私の方で準備して、フレデリカさんと一緒に唱えます。うまくいけば、その炎であれを吹き飛ばせるはずです」


「そんなことをすれば、奥様も無事ではすみません!」


「『南溟の隠者』で間髪入れずに火を消してください。それで何とかなると思います。それにこれはこの国の根幹にかかわる問題ですよ。私の無事などは、これを何とかした後で心配しなさい」


 そう言うと、セシリー王妃はミカエラさんが横たわる寝台を指差した。


「ですが!」


 エミリアさんはそう声を上げたが、ドロレスさん、もといセシリー王妃様はそれを無視すると、私の方を振り返った。


「フレデリカさん。あなたもこの国の貴族の一員です。申し訳ないですが、私に付き合ってもらいます」


「はい、よろこんでお付き合いさせていただきます! ですが、王妃様は術を唱えるのであれば、私の隣ではなく、外から掛けて頂ければと思います」


「どうしてですか? 隣で唱えるのが、一番確実だと思いますが?」


「逃げられたら意味がありませんので、一度私が全部取り込みます。そして追い出してやりますので、それを狙って吹き飛ばしてください」


「私が隣にいたら邪魔と言う事?」


「有り体に言わせて頂ければそうなります。こいつが誰か別の人に憑りついたりしたら、元の木阿弥です。それに単純な火で十分だと思います。いえ、そちらの方がいいと思います」


 以前もそれで退治しましたからね。その時は……、あ、ちょっとそれは思い出したくはありません。間違って思い出したりすると、思いっきり病むやつです!


「追い出せなかったときはどうするんだい?」


 ドミニクさんが冷静に私に聞いてきた。


「ミカエラさんは十分に頑張りました。今度は彼女の代わりに私が頑張ります。そうですね。その間に、私に気合を入れる方法を考えてください。でもドミニクさん――」


「なんだい?」


「絶対に追い出してやります!」


 こんな奴に負ける気はまったくないです。ましてやここで死ぬつもりなんて、毛頭ありません。なにせまだ乙女なんですからね!


「分かりました」


 私の言葉にセシリー王妃も頷いて見せた。


「奥様、危険すぎます。全て吹き飛ばすのが、一番安全です!」


「エミリア、私は彼女を信じます。だからあなたも彼女を信じなさい!」


「は、はい。奥様」


「段取りはどうするんだい?」


「ともかく火が着きやすいもの……、そうです。隣にある廃材の山が使えます!」


 この風ならすぐに火は燃え広がってくれるはずだ。


「ミスリル!」


「はい!」


「近所の奴らに、すぐにここから逃げなと伝えて回りな。それと下にいるばあさんも頼んだよ。そしてこの辺りには誰も入れるな。例外はなしだ!」


「でも、どうやって!」


 ドミニクさんの言葉に、トマスさんが当惑した声を上げた。


「私が酒に酔って剣を振り回していると言えば、みんな慌てて逃げ出すさ。そうだろう?」


 ドミニクさんの言葉に、ミスリルさんが恐る恐る頷いて見せた。えっ、ドミニクさんって酒乱なんですか? 本当にそうなら危険すぎです!


「はい。間違いなくみんな逃げ出します。でもドミニクさん、人手は必要ですよ。私達どぶ鼠も、皆さんのお手伝いをさせていただきます。ここは私たちの居場所なんです!」


「そうだね。そうだったね。それと男ども、あんた達はこの家の地下から、酒瓶をあるだけもっていくんだ。私のとっておきのやつだからね、火をつけたらよく燃える。それと桶を集めて、そこに水を汲んでおくれ」


 そこまで言ってから、ドミニクさんが首を傾げて見せた。


「でも火を消すのにはとても足りないね」


「そちらの水は私たちの方で、術を使って用意します」


 ドロレスさんがドミニクさんに答えた。


「分かった。すぐに準備する!」


 ヤスさんはそう叫ぶと、トマスさんの首根っこを掴んで、ミスリルさんと一緒に階段を駆け下りて行った。


「さあて、みんなで化け物退治だよ!」


「ではまずは場所の確保ですね」


 そう告げた王妃様が、いつの間にか手にした杖を床に向けた。足元には既に複雑な幾何学文様が描かれている。


「失われしその身を求めし者よ。我は汝の彷徨える魂の居場所たり得る者なり。我が腕は汝の宿り木にて、安息の場所たる――」


 王妃様の詠唱が響き渡る。


「穢れなき水霊の守り手にして――」


 その背後では、エミリアさんが別の術を唱える姿も見えた。


「汝の腕を我は振るわん!」


 メキメキメキ!


 王妃様が最後の一節を唱えると同時に、家全体が不気味な音を響かせ始めた。そして大きな振動が足元に響いたかと思ったら、いきなり目の前の壁と天井がちぎれ飛ぶ。


 それだけではない。ミカエラさんの体が寝台ごと空へと持ち上がった。それはゆっくりと回転しながら、家の隣にある空き地、そこに雑多に積まれた廃材の方へとゆっくりと動いていく。


『何ですかこれ!』


 ドロレスさん、もといセシリー王妃様って、王妃様ですよね! 魔法職が何かはよく分かってはいませんが、素人目に見ても、間違いなく只者ではありません。


 バラバラバラ


 だが見とれている私の頭の方へ、空から木の破片が落ちてくる。慌てて腕を頭へと掲げたが、それは私の頭の上にある何かに当たって床へと滑り落ちていった。


 目を凝らすと、薄い水の膜の様なゆらゆらとしたものが、私たちの周りを覆っているのが見える。背後でその揺らぎに合わせて、エミリアさんが杖を掲げている姿があった。どうやら彼女が術で破片から守ってくれたらしい。


「人の家だと思って、好き放題やってくれるね」


「後で一筆書きますから、補償については内務省で手続きをお願いします」


「冗談だろう? そもそもミカエラの命に比べたら、家の一つや二つなんて安い物さ」


 ドミニクさんの言葉に、セシリー王妃が小さく笑みを浮かべて見せた。全然立場は違うのだけど、何故かこの二人の息はよく合っているみたいだ。


「エミリア、『穢れなき水霊の守り手』の維持は私の方でやります。『聖母の子宮』を唱えなさい!」


「慈愛に満ちし瞳を持ちし御方よ、我らはあなたの腹わたにつながりし者なり、そしてあなたの元へといずれは戻りし者なり――」


 背後にいるエミリアさんの口から詠唱の声が響いた。次の瞬間だった。ミカエラさんの体が寝台ごと消えてしまう。いや消えたのではない。よく目を凝らすと、ミカエラさんの寝台があった辺りで、僅かに陽炎のようなものがゆらゆらと動いているのが見える。


「――あなたの内に我の魂を収め給え」


 エミリアさんの詠唱が終わった。先ほど見えていた揺らぎさえも、今はどこにあるのか分からなくなっている。


「これで時間が稼げればいいのだけど……」


 セシリー王妃の口から呟きが漏れた。だけど少しのんびりと聞こえる口調とは裏腹に、その顔はとても真剣だ。


「フレデリカさん、何か見える?」


「いえ、何も――」


 そう私が口にした時だ。何もない場所から、一筋の煙らしいものが上がっているのが見えた。煙なんかじゃない。それはより太くなると、まるで空に裂け目でもあるみたいに、そこから小さな触手が這い出そうとしていた。


「駄目です。這い出そうとしています!」


 その隙間からは、寝台に横たわるミカエラさんの姿もちらりと見える。


「エミリア、維持は?」


「はい。維持は出来ています。紛れ自体は間違いなくかかっています」


「やっぱり私たちの術では対抗できないみたい。それに『聖母の子宮』から這い出せるという事は、物理的に隔離しても無意味ね」


 セシリー王妃は私の方を振り返った。


「フレデリカさん。どうやらあなたに頼る以外、方法がなさそうね」


「はい。まかせてください!」


「さあ、皆でばけもの退治だよ!」


 そう告げたドミニクさんが、私の肩をポンと叩くと颯爽(さっそう)と階段を降りていく。私も空が見えるようになった部屋へ背を向けると、ドミニクさんに続いて階段を駆け下りた。


「怖いですよ! もっとしっかり背負ってくださいよ!」


「ちょっと、頭を叩かないでください。頭を!」


 外へと飛び出た私の耳に、誰かの声が聞こえてきた。声の方を見ると、背中におばあさんを背負ったトマスさんが、よたよたと駆けていくのが見える。その姿に、こんな状況でも思わず苦笑いが漏れそうになった。


「能天気娘!」


 私に気がついたトマスさんが声を掛けてきた。


「どこに行くんだ! 帰るんなら――」


「ちょっと待っててください」


「待つって、何を!」


「囮ですよ、囮! それをやってから帰ります」


「囮! お前が!?」


 トマスさんが驚いた顔をして私を見る。舐めないでくださいよ。前世でも囮ばっかりでしたからね。これは私の得意技なんです!


「それとマリに怒られるので、侍従服は忘れずに持って行ってください!」

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