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助言

「アンジェリカさん、いよいよですね」


 私は前に座るアンに声を掛けた。馬車が屋敷を出てからしばらく時間が立っている。カスティオールの王都での屋敷は少しばかり郊外にあるため、そこからお披露目の場所、森にある狩りの為の王様の離宮まで行くには少しばかり距離があった。


 しばらくの間、私達は何も話をすることなく馬車の揺れに身を任せていた。話すも何も、出かける前のカミラお母さまからの注意事項の山で、行く前から疲れてしまっていたのもある。


「はい、フレデリカお姉さま」


 アンが馬車の立てる騒音にかき消されそうな声で答えた。緊張からだろうかアンの顔は少し青白く見える。そしてその声には微かな震えも感じられた。


 二年前、私がお披露目に行ったときにはどうだっただろうか? 私の前にはロゼッタさんが座っていて、御者台にいるハンスさんに対して、馬車の停車と発進が急すぎるといつもと同じような文句を言っていた。


 いつもの見慣れたいつもの景色だ。違いがあると言えば、私がいつもより重たく感じられるドレスを着ていたことぐらいだった。私が本当に自分が今まで知らなかったところに来たと実感したのは、お披露目の会場になる離宮の庭についてからだった。


 そこには私から見てもとても豪奢できらびやかな馬車がならび、鮮やかで華麗なドレスを着た同じ年とは思えない少女たちと、少しばかり大人びた服に身をつつんだ少年達、そしてそれらに劣らぬ華美な服に身を包んだ、王宮庁に属する侍従さん達が居た。


 そこからの私はもうパニックだった。自分の体が自分の一部のように思えない。足を一歩出すのすら、足の出し方を必死に思い出して歩いている様だった。


 あまりのぎこちなさにイライラしたのか、ロゼッタさんが私の手を引いて引きずるように歩き出したのを覚えている。だけどその私の手をしっかりと握って、力強く引いてくその手の温かみに、とても救われたような気がする。


 そうだった。私はそれにとても助けられた!


 私は上体を前に起こすと、行儀よく膝の上に置かれていたアンの手を両手で握った。私の手の平の中の彼女の指が小さく震えているのが分かる。


「アンジェリカさん。何も心配はいりません。私が居ます」


 急に私に手を握られたアンが驚いた顔をしてこちらを見た。


「フレデリカお姉さま」


 だが彼女は私にそう一言告げると、私から目をそらして下をうつむいた。やっぱり私じゃロゼッタさんと違って頼りになりませんかね。まあ、二年前には壁際でずっと黙って立っていただけの存在ですからね。


 今からこの変なものが混じったフレアで二年前に戻れるのなら、せめて赤葡萄酒のいっぱいぐらいは頂きますけど……。お披露目ではお酒はでないのか……残念。


「それに、あなたはとってもかわいい私の妹です。そして誰よりも頑張り屋さんです」


 私なんか抜きでも貴方は立派な淑女です。踊りだって、乗馬だって、食事の作法だって何でもござれです。間違っても相手の足を踏むなんて事はありません。


「だから、自信をもってください」


 今のあなたに、そして二年前の私に足りなかったものです。


「はい」


 アンは顔を上げると私に小さく答えた。なんていじらしいのでしょう。このいじらしい妹が出来たという点については、神様に少しだけ感謝してもいいような気がします。いや、これまでの経緯を考えればまだまだ足りていない気もしますが、まあよしとしましょう。それよりもアンには姉として言っておかないといけないことがあります。


「アンジェリカさん」


 私は彼女を握る手に少し力を込めた。いつもは多分したことがないと思う真剣な表情に、彼女が少し怯えたような顔をする。でもこれはとっても大事な事です。


「男には気を付けてください」


「男……殿方ですか?」


 いけません、19の変なものが混じったフレアの地が出てしまいました。


「はい、殿方です」


 乙女の敵ですよ。


「な……何を気を付ければ、いいのでしょうか?」


 何をですか!? ちょっと待ってください。具体的な話はまだ考えていませんでした。あっ、そうです。


「先ずは、適当な話をするような男……殿方はだめです。絶対に信用してはいけません!特におさまりの悪い、灰色の髪をした男も絶対にダメです!」


 前世の私はそいつのおかげでえらい目に会った挙句に、19の乙女の身で死んでしまったのです。絶対にダメです。


「それと体が大きくて目が細くてですね、嫌味ばっかり言う男もダメです。こちらは危険すぎます。嫌味男と言えばですね……」


 気が付くと、アンがあっけにとられた顔でこちらを見ています。まずいです。やってしまったようです。


「ロゼッタさんから借りた小説に出てくる、悪い殿方がそのような風貌でした」


 19歳のフレアがとっさに誤魔化す。


「お話の中の殿方ですか?」


「はい。ですがアンジェリカさん、世の中は小説の中よりもひどいことはいっぱいあります。きっともっとひどい殿方もいっぱい居ます」


 それは本当です。私が前世であったひどい目は幼馴染の肉屋の娘の乙女本なんかより、はるかにびっくりという感じでした。冒険者ですよ、冒険者。19歳の乙女のやることじゃありません!


「そうなのですか?」


 アンが少し恐れたような表情をする。まあ、素敵な方もいますけどね。前世では私はもてあそばれただけのような気がします。素敵な方は素敵な方でやっぱり危険だと思うんですよね。


「多分そうです。ですから、アンジェリカさん。気を付けてください。声を掛けてきた殿方をすぐに信用する等と言うのは決してしてはいけません!」


「分かりました。気を付けます」


 うん、それさえ気を付ければ大丈夫です。いや、その前にダメ男は付添人の私が全て排除します。そのために前世で肉屋の娘から借りた大量の乙女本を読んでいたのです。前世では全く役に立ちませんでしたが、今こそ、あなたの為にその知識を生かして差し上げます。


 馬車の車輪の音が変わった。今までの振動がない。とてもきれいに敷き詰められた石畳の上を通っている音だ。


「お嬢様方、敷地に入りました。ご準備の程をお願いします」


 御者台から声がかかった。今日の御者はいつものハンスさんではない。だけどそんなことももう気にならない。今日の私は世話をされるのではない。世話をする方なのだ。


「アン、にっこり微笑んで。あなたはこの世で一番かわいい私の妹よ」


 私の言葉にアンが驚いた顔をしたが、すぐに私に向かって小さく笑って見せた。私の手の中にある彼女の手にはもう震えは無い。乾いた音をたてて馬車が止まる。誰かが馬車のドアの向こう側に近づく気配があった。王宮庁の侍従が昇降台をもって来たのだろう。


 ゆっくりと馬車の扉が開いていき、そこから漏れてくるあまりにまぶしい日差しに目が眩みそうになる。さあ、行くよアン。貴方が、カスティオールの娘がどれだけ素敵な淑女か皆に見せてあげましょう。


 そして私は二年前の借りを返す。今度は決して俯いたりはしない。

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