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空似

「マリさん、こっちですよ」


 小さなランタンの明かりだけが頼りの暗闇の中、先頭を進むミスリルさんの声が響いた。そこから目を焼く様な明るい光が漏れてくる。私たちはミスリルさんと、実は女の子だったシルバーちゃんの案内で、迷路のような通路を抜け、路地裏の排水溝らしきところから地上へと出た。


 辺りには基礎だけは立派だが、上は朽ちかけた建物が並んでおり、人の気配はあまり感じられない。もっとも昼間のこの時間だ。ここに住んでいる人たちだって、どこかに働きに出ている。それであまり人気がないだけなのだろう。


 それでも窓の暗がりの向こうから、こちらを覗いている視線がある様な気もするが、色々と気にしても仕方がない。それよりも、久しぶりに外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 息を吐きつつ顔をあげると、建物の隙間から冬の青い空が目に入った。そこにはぽっかりとひとつだけ小さな綿雲が浮かんでいて、真っ白と言うより少し黄色に色づいて見える。それは昼などは遠に過ぎていて、もう午後も遅い時間帯だと私に告げていた。


「もう西日になっているじゃないですか!」


 その光景に思わず口から声が漏れた。これではエルヴィンさんの妹さんに会って、学園に戻る頃には真っ暗になってしまう。夕飯の時間に間に合わなかったら最後、ロゼッタさんに学園を抜け出したことが完璧にバレてしまう!


 ばれたらどんな目にあうことか! 夜が白むまでの説教ぐらいで済んだら御の字です。それに置き去りにしてきたマリの機嫌が悪化することも間違いありません!


「なんだ、俺に文句でもあるのか!」


 私の上げた声に、ヤスさんが目じりをあげてこちらを睨んだ。


「誰もそんなことは言っていません!」


 そうは言っていませんが、明らかに厄介ごとに巻き込まれまくりですよね。これって、案内役としてはいかがなものでしょうか?


 それに先ずは眼鏡を作るべきです。そんなに目を細めないと、人の顔がよく見えないなんて不便ですよね? さっさと作らないと、鉄を打つ代わりに自分の腕を打つことになりますよ。


「お二人はとっても仲がいいんですね」


「えっ!」「なんだって!」「なんですって!」


 ドロレスさんの何気ない一言に、私だけでなく、ヤスさんにミスリルさんも声を上げた。そしてミスリルさんの顔を見たヤスさんが、慌てて私の方を指差すと、いかにもうんざりした顔をして見せる。


「あんた同様に、こいつには今日あったばかりだ。こんな奴に毎日付き合わされたりしたら、俺の精神が持たない。間違いなく疫病神の類だよ!」


「ちょっと待ってください!」


 このうら若き乙女を捕まえて、疫病神とはなんですか!?


「ご名答!」


 有りえないことに、私の隣にいたトマスさんが両手を叩いてヤスさんに同意する。あのですね、ちゃんと覚えていますか? 今日のトマスさんは私の彼氏役なんですよ!


「ぎゃー!」


 私に思いっきり足を踏まれたトマスさんの口から絶叫が漏れる。


「あんたたち、ここがどこか分かっているのか?」


 背後からシルバーちゃんの呆れた声が聞こえた。もう、そんな男の子みたいな喋り方をしたら、一部の女の子にキャーキャー言われてしまいますよ。因みに私もその一味になれます。


「そうね。毎日付き合ったら本当に大変そう。でも退屈だけは絶対にしなさそうね」


「おい、ミスリル!」「あのですね!」


 声を上げた私とヤスさんを見て、ミスリルさんが口に手を当てて含み笑いを漏らす。表情をほとんど変えないエミリアさんも口元に手を当てているのが見えた。もうなんですかね。全部トマスさんのせいですよ!


「冗談よ。それよりもお客様方、皆さんの目的地のドミニク道場はもう目の前よ」


 そう私たちに告げると、ミスリルさんは通りの先、そこにぽっかりと空いた空き地のような場所を指さした。そこには平屋の倉庫みたいな建物が見える。


 いや、元は倉庫だった廃屋と言うべきだろうか? 屋根はところどころ瓦が飛んでしまったらしく、石を錘に板で塞いでいる所もある。建物の周りは低い土塀で囲まれていたが、その所々は崩れて草が生えていた。


「これが道場?」


 私が想像していた道場とはだいぶ違う。男の子の威勢のいい声が響いて、それを女の子が外から覗き込んでは、その一挙一動にワーキャー声を上げる。道場とはそんな場所ではないのだろうか?


 そもそもエルヴィンさんやヘクターさんのイケメンが通っていたのだ。私がこの街の住人なら、間違いなく明かり窓から中を覗きにくる。絶対にくる。だけど目の前にある道場はそんな風景とは似ても似つかない、とても寂しげな場所だった。


「なんだ、どんなところか知らなかったのか?」


 絶句する私を見て、ヤスさんが呆れた声を上げた。


「えっ、そ、そうですね。ここで場所を聞くようにお使いを頼まれただけですから!」


「それなら見つからなかったとでも言って、さっさと戻った方が身のためだぞ。ここの道場主ときたら……」


 ヤスさんの言う通りに、いかにも強面のおっさんが出てきそうな場所だ。だけどこれにはオリヴィアさんとの約束が、いや、人の命がかかっているのかもしれないのだ。その為に色々な人に迷惑をかけることを承知でここまできた。


「ここまで案内していただいて、本当にありがとうございました」


 私はヤスさんに、ミスリルさんに、シルバーちゃんに下げられるだけ頭を下げた。この人たちの協力がなかったら、私一人では決してここまで辿り着けはしなかっただろう。もう一人、頭を下げるべき人がいるが、関係者なので、後で時間がある時に頭を下げさせてもらうことにする。


「そうですね。早速訪ねることにしましょう」


 ドロレスさんが私の肩に手を置いて、声をかけてくれた。私も彼女に頷き返す。


「親父さんから言われているからな。それにお前一人じゃ、南区の外まで戻れないだろう」


「あなたが付き合うなら私たちも付き合うわ。それに私たちがいた方が、まだ話が早いと思うし……」


 ミスリルさんも声を掛けてくれた。


「ありがとうございます!」


 私は再び皆に頭を下げると、その入り口らしき方へ向かった。近づくにつれて、雨どいやら、建物の色々と壊れかかっているところが余計に目につく。間違いなく流行っている道場ではないらしい。


 だが荒廃した感じはない。少なくとも日々誰かがここで暮らしている気配がある。それに練習中の掛け声だろうか、誰かが気合を発する声も聞こえてきた。その声を聞いている限り、ここは普通の道場の様にも思える。しかし私の前を歩くヤスさんとミスリルさんの背中からは、明らかに緊張の色が見えた。


 二人が足を止める。目の前には道場の入り口らしい木で出来た扉が見えた。そして……何これ? 入口の横には大量の空瓶が積んである。そこからは少し饐えた匂いも漂ってきた。間違いない。空になった酒瓶だ。


「これって――」


「客とは珍しいね」


 私が前に立つ二人に声をかけようとした時だった。背後から知らない声が響いた。


「それもドブネズミに、ここの住人とは思えない奥様にお嬢様方とは、一体どういう組み合わせだい? おっと、誰も動くんじゃないよ」


 振り返ろうとしたが、その声に体が凍りつく。前世で私がいた城塞の冒険者達、それを思い出させる声だ。落ち着いてはいるが、何かあれば躊躇なくこちらを殺せる者の声でもある。


「そこのお嬢さん、間違ってもその杖を動かさないでおくれ。動かしたらね、あんただけじゃない。ここにいる全員が遠いところに行くことになるよ」


「エミリア」


「はい。奥様」


「よく躾けているじゃないか。思った通り、ただの奥さんじゃないね。それに赤毛の若い女かい。この辺じゃ珍しい。あんたはただの町娘の様にしか見えないけど、皆があんたを見ていた。一体何者だい?」


「私は……」


 背後からの声に、手を上に挙げてゆっくりと振り返った。だがそこで細身の剣を手にした人物の姿に、思わず心臓が止まりそうになる。両手で持っても、まだまだあまりそうな大きな胸。切長の冷ややかな目。まさか――


歌月(かづき)さん?」


 私の発言に、相手が怪訝そうな顔をする。


「あんた、一体どこの言葉を喋っているんだい?」


「えっ、だって――」


 その隙のない動き、私の方を見ているようにしながらも、その場にいる全員の動きに目を配っている。その姿は私が知っている歌月さんそのものだ。だが髪の色や表情は僅かに違う様にも思える。一体どう言うことだろう。頭の中を疑問の声がぐるぐると回る。


 マリは私と一緒に殺された。そして前世では一歳ほどマリが年下だったが、今はマリと私の年齢は同じだ。だが私が死んだ時に歌月さんはまだ生きていたはずだ。何せ歌月さんはあの旋風卿と一緒にいたのだ。それに結社長の姪でもある。


 だけど目の前にいる女性は歌月さんの年齢と同じぐらいの年だ。辻褄が合わない。最も前世の記憶だから辻褄なんてものはないのかもしれない。


「はあ」


 狼狽する私に向かって、目の前の女性が大きくため息をついた。


「今日は色々とやばい奴らがうろついているかと思ったら、今度は訳が分からない客人かい」


 私達に向かって大きく肩をすくめて見せる。


「立ち話も疲れたね。とりあえずは中に入りな。ただし、ちょっとでも変な動きをしたら、すぐに叩き切るからね」


 そう告げると、手にした細身の剣を腰の鞘へと収めた。そして私達に扉の中に入るように合図する。その姿からは、先ほどまでの背筋が凍る様な殺気はいつの間にか消えていた。

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