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席次

「そろそろ時間ですね。皆さん着席をお願いしますよ」


 部屋の奥から声が掛かった。ロイスはモーガンが座っていた一番端の席から3つ右に離れた席の椅子に腰をかけた。既に席について談笑らしきものをしていた数人が、話をやめてロイスの方を見る。だがロイスはその視線の一つ一つを受け止めると、視線を送ってきた相手を見つめ返してやった。


 皆がほぼ着席し終わるのを待って、声を掛けた男が一番奥の席へと着いた。長身で白髪、どこかの侍従頭のような容貌をしているが、ここに集まっている者達の誰も、彼がどこかの家の侍従だと思う奴はいない。


「今日の親睦会ですが、何人か欠席の方がいるようですな」


 席についた男が周りを見回しながら声をかけた。男は最後にロイスの席の左手の空席に視線を向ける。


「ロイスさん、欠席の方に心当たりはありませんかね?」


 上着を肩にかけて、テーブルの上に肘をついて手を組んでいたロイスは、男の方に顔を向けると口を開いた。


「さあ、皆さんうちのようなテキや商売と違って忙しいんじゃないですかね?」


「忙しいね。確かに誰を跡目にするか決まっていないようだし、確かに忙しいようですね。ロイスさん、そのいくつかは貴方のところで面倒をみているようですが?」


 男の声は丁寧だが、明らかにロイスに向かって説明を求めている口調だった。


「同じ川筋者として相談を受けただけです」


「なるほど、そちらもモーガンさんが急病で亡くなったばかりで同じような状況ですからね」


 男の受け答えはどこまでも丁寧だ。


「ええ、この時期は食べ物が腐り始めるのが早まりますからね。気を付けないといけないですね」


 ロイスはそう言うと、男の視線を外すかのように椅子の背に体を預けた。


「ヴォルテさん、社交辞令はその辺りで十分じゃないですか?」


 席の向こう側、真ん中ぐらいから苛ついた声が上がった。細身の顎髭を少しばかり長く伸ばした男だった。男の頬にはロイスと同じように切り傷の跡がある。


「バリーさん、発言をお望みですかな?」


 テーブルの右端に座る白髪の男が細身の男に尋ねた。


「ええ、発言させてもらえませんかね」


 そう言うと細身の男は、テーブルの上に身を乗り出して、ロイスの方を睨みつけた。


「ロイス、川筋のところのあれやこれやについては口を出すつもりはない。勝手にやりあってくれればいい。だがイーゴリはうちでケツ持ちしている。勝手に人のシマのところに手を出すんじゃない」


 男は拳でテーブルを叩いた。周りにいる人々は面白がる様な表情で二人のやり取りを見ている。だが白髪の男が右手を上げると、細身の男に向かって声を掛けた。


「バリーさん。ここは親睦会の場ですからね。呼び捨ては遠慮してくださいよ」


「ヴォルテさん、すいませんね。もっと子供だった頃から見知っているので、親愛を込めての表現ですよ」


 細身の男はテーブルの右端をふり返って答えた。


「イーゴリの件ですか?」


「そうだ、イーゴリの若手の移籍の件だ」


「別にそちらの商売に手を出した訳じゃないと思いますけどね。丁度いい機会です。うちも皆さんにお知らせすることがありましてね、ライサのケツ持ちをうちでやらせてもらうことになりました」


 ライサと言う言葉に、部屋の中が少しばかりざわつく。


「おい、俺の話を聞いていたのか?」


 細見の男が再び机を叩いた。


「聞こえていますよ。その件については商会の方へは確認はされたんですか? その上での発言ですかね?」


 ロイスの発言に男は面食らった様な顔をしたが、その発言が男の怒りに火を付けたのか、ロイスを指差すと怒鳴り声を上げた。


「商会!? 引き抜きだろう。商会としてもご法度に決まってんだろうが!」


「あら、そうかしら」


 ロイスから見て反対側の長テーブルの上座に近いところに座っていた、妙齢の女性が口を開いた。


「お嬢さん、あんたには聞いていない」


 細身の男が発言者に方に向かって噛みついて見せた。だが妙齢の女性はそれを気にすることなく言葉を続ける。


「この件についてはイーゴリも含めて承認済みで、何もおとがめ無しという事で、商会組合名で回状が回ったと聞いているけど、あんたのところにイーゴリから話が回っていないという事でいいのかしらね?」


「何だって!?」


 細身の男の顔に驚いたような顔が浮かんだ。


「あんた、本当にイーゴリのケツ持ちしているの?」


 男に向って女性が揶揄するように声をかけた。


「アルマお嬢さん、これは親睦会ですよ」


 右端から女性に向かって声がかかった。その声に向かって女性が軽く頭を下げて見せる。


「ヴォルテさん、大変失礼しました。バリーさんとは付き合いが長いので、ついついお酒を飲むときのつもりで話しておりました」


「バリーさん、商会組合が認めているのなら、我々が何か言うべきではないと思うのですが、いかがですかね?」


 白髪の男から細身の男に声がかかった。その声には少しばかりの不快感が混じっているように聞こえる。


「あ……そうですね。その通りです」


 細身の男は白髪の男にそう言い淀むと、あきらめたように浮かしていた腰を椅子に降ろした。


「それよりロイスさん、そちらでライサのケツ持ちをするというのは本当の話ですか? 一応は侯爵家とつながりがあるので、禿鷹商売をされると、内務省から色々と目を付けられて困るのですけどね」


「ヴォルテさん、ご安心ください。まともにやってもらうつもりです。それにうちは単にケツを持つだけです。商売上のあれやこれやに口を出すつもりはありません」


 ロイスの言葉に白髪の男が頷いて見せた。


「一応の確認という奴ですよ。商会組合から回状が回るぐらいですからね。イーゴリの若手に商会組合からの支援付きとは、中々いい投資をされたみたいですな」


「恐れ入ります」


「それと皆さん、ロイスさんの席次はそこでいいと思いますが、いかがでしょうか?」


 居並ぶ人々が白髪の男に頷いて見せる。男から視線を受けて、最後には細身の男も頷いて見せた。


「特に異論が無いようですので、この件はこれで決まりですね。それにできれば次の時にはその右側に空きを作らないようにお願いしたいものです。誰を招待したらいいのか分からなくなりますからね」


 そう言うと男はロイスの顔をじっと見つめた。


* * *


「ロイス、ちょっと話をするぐらいはあるかい?」


 アルマは親睦会が終わって部屋を出て行こうとしていたロイスに声を掛けた。ロイスが胸元が深く開いた紫色のドレスを着たアルマの方を一瞥する。


 アルマは右手を自分の腰のくびれに置くと、微かに腰を曲げた姿勢を取った。アルマはこの姿勢が自分をもっとも女性らしく、そして男を引き寄せる姿勢だという事を知っている。


「アルマの姐さん。ご無沙汰しております」


 ロイスがアルマに向かって頭を下げた。今では大分男らしくなったが、アルマはこの男がまだろくに髭も生えそろわない少年で、ミランダの後ろに引っ付いて居た時から知っていた。


 アルマはロイスが自分に頭を下げる前に一瞬、自分の胸元から腰元まで視線を這わせたことに満足すると、ロイスに向かって口を開いた。


「あんた、ミランダの娘さんを預かっているんだって?」


 あの高慢女の娘だ。きっとその娘も大層気が強い子なんだろう。まだ年端も行かないはずだが、組の中で若い男達とひっついて、いちゃつきでもしているんだろうか。


「はい。モーガンさんが父親から引き取ったのをそのまま預からせて頂いています。それに父親もこのところの陽気に、悪い物でも食っちまったのか死んじまいましたしね」


 おやおや、さっきも思ったけど、昔と違って少しは演技と言うのを覚えたみたいだね。これは色々と楽しめそうじゃないか。


「ミランダの後を継がせるつもりかい?」


「まさか、まだ14の娘ですよ。今はライサに奉公に出しています」


 さすがにそれはないか。それにやっぱり堅気にするつもりなんだね。あの女もどういうわけだか、これからという所で、子供を作ってさっさと足を洗いやがった。おかげでこっちは色々と迷惑したんだ。


「ミランダには借りがある。もしその子がミランダの後を継ぎたいというのなら私が鍛えてやってもいい。その時は声を掛けて頂戴」


 ミランダの娘だからね。どういうふうに鍛えるかと言えば、あれがしなかった寝台の上での男の扱い方という事になるかね。アルマが自分の想像に心の中で含み笑いを漏らす。


「はい、アルマの姐さん。もしそのような事があったら、声をかけさせて頂きます」


 ロイスが丁寧にこちらに頭を下げてくる。色々と見かけは変わって少しは度胸もついたようだが、この辺りがあまちゃんなところは何も変わっていないね。


「それと、ロイス」


「はい、何でしょうか?」


「今度時間があるときに、家に一度遊びに来ておくれ。できれば酒が飲める時間がいいね。ミランダの昔話でもしようじゃないか」


 あんたの中身がどのくらい変わったか、あの陰険モーガンや川筋連中をあっという間に殺ったんだ。本当の所を見てやろうじゃないか。


「うちの喪が明けましたら、ご挨拶にお伺いさせていただきます」


「喪ね。そんな物を守っていたら、この商売はずっと喪が明けないよ。待っているよ」


「では、失礼させていただきます」


 ロイスは再び一礼すると、上着を肩から掛けて、扉の外へと去って行った。ふふふ、今度会う時が楽しみだね。アルマは心の中で、その後ろ姿に向かってほくそ笑んだ。


「お嬢、今度は若いのに手を出すつもりか?」


 アルマは背後から声をかけてきた方をふり返った。


「あら、バリーさん。私の趣味に興味があるの? それにもう皆さん外に出られたと思っていたのに、隠れて人の立ち話を盗み聞きするとはお行儀が良くないですね」


「あんたの男の趣味に興味は無いよ。それよりさっきの……」


 アルマは男の前でわざとらしく手を振って見せた。


「あら、礼には及ばないわよ。私が割り込まなかったら、もっと困ったことでしょうね。ヴォルテ叔父さんあたりに指摘されていたら、あなたの面子は丸つぶれだったでしょう」


「その通りだ。戻ったらうちの商会筋の連中は、みんな一度気合を入れ直さないといけないな。何人かはメナド川の餌にしてやらないといけないくらいだ」


「それより、ロイスはどうするつもりだ?」


「手懐けるにせよ叩き潰すにせよ、一度は味見してみないとね。バリーあんたはどうするの?」


『その前にあんたが魚の餌にしてしまったらつまらないじゃない?』


 アルマは心の中で付け加えた。


「俺は手出しはしないよ。あんたの味見とやらは怖いらしいからな。そもそもあんたの男で長生きできた男はいないよな。ちょっと味見がすぎるんじゃないか?」


「そうかしら? 男の方がなさけないだけでしょう?」


 アルマの表情にバリーが白けた顔をして首を横に振った。


「俺は情けない方の男で十分だよ。じゃあな、アルマ。来月また会おう」


 そう言うとバリーは扉の外へと去って行った。その背中に向かって心の中で、「来月まであんたが生きていたらね」と心の中で言葉を添える。


 あんたは明らかにヴォルテの不興を買ったよ。この世界ではもっとも買ってはいけないものだ。こんな男の行く末なんかより、ミランダの娘とやらにも早めに会ってみたいね。ロイスと合わせて退屈し無さそうだ。


「私にとっては、退屈という奴が一番の毒なんだよ」


 アルマは誰もいなくなった広間で、誰に言うでもなくそう告げると、扉の向こうへと去っていった。

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