表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/347

想定外

 ギィーーーーー!


 金属の軋み音を響かせて、学園の正門が大きく左右に開かれると、二頭引きの黒塗りの馬車が道へと飛び出す。そしてメナド川の支流沿いに、学園から王都の中心部まで伸びる道を走り始めた。


 馬車にはイアンとその随行員の学生達が乗っている。その目的はイアンの母親のセシリー王妃の依頼で、南区での慈善事業の手伝いに行く事になっているが、実際は抜け出したフレデリカを連れ戻すのが目的だ。


 本来なら学園長とか理事長といった偉い人向けの馬車がイアン達には貸し出されている。紋章こそ入っていないが、誰がどう見ても普通の人々が乗る馬車とは縁遠いとしか言えない立派な馬車だった。


「大丈夫だ」


 その後ろからもう一台、同じ黒塗りの馬車が道へと走り出したのを確認すると、ヘルベルトは窓から乗り出していた半身を馬車の中へと戻した。


「流石に乗った人間が誰かを確認する者は誰もいなかったな。それに何かが後をつけている気配も特にない」


 ヘルベルトは風に乱れた黒髪を手櫛で直しながら、馬車の革張りの椅子に座る二人の同乗者のうち、男性の方へ声を掛けた。


「内務大臣の直筆署名入りの依頼書だからな。流石に文句を言うものはいない。それに誰も面倒に巻き込まれたくはないだろう」


 茶色の髪をした少年、第六王子のイアンがヘルベルトに答えると、自分の前の席に座る黄金の髪に深い青い目を持つ少女の方へと向き直った。


「ともかく無事に学園を出れて何よりでした。これであの赤毛を連れて帰りさえすれば、あとは何とかなると思います」


「はい。本当にご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


 前に座る少女がイアンに向かって丁寧に頭を下げるのを、イアンは片手を上げて制した。


「イサベルさんのせいではありませんよ。むしろイサベルさんは赤毛の我儘に巻き込まれただけではないのですか?」


 イアンの言葉にイサベルは首を横に振ってみせた。


「それは全くの誤解です。私がなまじフレデリカさんを止めたのが良くなかったんです。それに何か手を考えるだなんて無責任な発言をした私の方こそ、むしろ罪を負うべき立場です」


 そう答えると、イサベルは後悔するかの様にため息をついて見せた。


「でも運動祭でその様な賭けをしていたとは知りませんでした。運動祭があれだけ盛り上がったのは三人のその賭けのおかげですね」


 イアンはイサベルを励ますように声をかけた。だがイサベルはその問いかけにも再び首を横に振って見せる。


「大変失礼ですが、それは違うと思います。フレデリカさんがいたからです。彼女はいつでも何に対しても全力なんです。普通はこの学園から出るだなんて考えもしません。だけどフレデリカさんにとっては悩むまでもないことなんです」


「そうですね。あの赤毛にはあまり悩みがあるようには見えませんね」


 イアンがイサベルに向かって肩をすくめてみせる。


「さあ、それはどうでしょうか?」


 イアンの言葉に、イサベルは意味深に含み笑いを漏らすと言葉を続ける。


「この件について言えば、私は迷惑だなんて全く思っていません。オリヴィアさんもそうだと思います。むしろ籠の扉を開けてもらって、どこかに連れ出してもらった小鳥の様な気分です」


 イアンはその言葉に素直に頷いた。そして無言で隣に座るヘルベルトの方を見ると怪訝そうな顔をする。いつもの軽薄な表情とは違って、少しいじけた顔をしているのが見えた。


「後ろの馬車の方が良かったと、まだ拗ねているのか?」


「な、何を言っているんだ!?」


 イアンの言葉にヘルベルトが慌てた声を上げた。後ろの馬車にはオリヴィアと侍女のイエルチェが乗っている。案内役としてこの馬車の御者台にはエルヴィンが、後ろの馬車の御者台にはヘクターも乗っていた。


 ヘルベルトとしてはオリヴィアが乗る後ろの馬車に是非とも乗りたかったらしいが、王室との連絡の都合上、イアンと同じ馬車に乗る必要があった。


「あら、私はお邪魔だったみたいですね。気が利かなくて申し訳ありませんでした」


 イサベルが頭を下げるのを見たヘルベルトが慌てて首を横に振る。


「学年で、いや学園で一番の美女と同じ馬車に乗れたんです。とても光栄です」


「あら、ヘルベルトさんはお世辞も上手なんですね」


「お世辞じゃありません!」


「そうでしょうか? 間違い無くお世辞ですよね。だってヘルベルトさんはオリヴィアさんに好意を抱いていらっしゃるんでしょう?」


「あ、あのですね!」


 イサベルの不意打ちにヘルベルトの顔が真っ赤になる。だがすぐに真顔に戻るとじっと何かに耳を澄ませた。


「マイルズからの連絡か?」


 その表情に気がついたイアンがヘルベルトに問いかけた。


「そうだ。場所が南区の、しかもほぼスラム街の方だという事で、近衛騎士団の警備をつけるように進言したらしいが、王妃様はそれを拒否して数人の共で出発してしまったそうだ。しかも王妃様は服装も含めて一般人の振りをして出かけたらしい」


「なんだって!」


 ヘルベルトの言葉にイアンが驚きの声を上げた。


「そのせいだろうな。あちらこちらに使い魔が飛びまくっている。王宮魔法庁の執行官や星見官も根こそぎ投入だそうだ」


 ヘルベルトはその顔をさらにしかめると先を続ける。


「マイルズ侍従長としては、ともかく南区自体は近衛騎士団で包囲するつもりらしい。何かあったら即時に突入すると言っている。なのでこちらの位置を絶えず連絡するように要請してきた。これはさっさと赤毛嬢を見つけないとやばいぞ」


 それを聞いたイアンが大きくため息をつく。


「まるで戦争だ。もっともセシリー王妃様に何かあったら、お前のおじさんは間違いなくこの王都を焼け野原にするだろうから、あながち間違いとも言えないな」


「大山鳴動して鼠一匹であることを心から願うよ」


 そう告げると、イアンはヘルベルトに向かって弱々しく両手を上げて見せた。


「あの?」


 不意にイサベルが声を上げた。


「何でしょう?」


 イアンがイサベルの方を向くと、イサベルが腑に落ちないとでも言う顔をしている。


「セシリー王妃様は急遽、お忍びで城を出られたんですよね」


「ええ、おかげで俺らの様な下々はてんやわんやですよ。おっと、失礼。口が滑った」


 ヘルベルトが口に手を当ててイアンの方を見るが、イアンは小さく肩をすくめただけだ。


「その通りだから仕方がない」


 ヘルベルトの軽薄な台詞に珍しくイアンが同意して見せる。だが二人のやり取りを見ていたイサベルはより怪訝そうな表情をして見せた。


「イサベルさん、どうかしましたか?」


「何かおかしいと思うんです。こんなに大騒ぎしてあちらこちらに連絡するものなのでしょうか? むしろ未だ城にいらっしゃる振りをすると思うのですが?」


「ヘルベルト!」


 イアンの叫び声に、ヘルベルトが弱々しく首を横に振った。


「だめだ。俺から直接に王妃様へは連絡は取れない。ともかく馬車を急がせよう。だがどうする。誰が味方かすら分からないぞ!」


「少し待て。だからか。だからマイルズはこちらに位置を知らせろと言ってきたんだ。母上は侍女の魔法職を通じてこちらに連絡が取れる」


「そうか、セシリー王妃様の方から間違いなくお前の方へ接触してくる。こちらに接触し続ければ王妃様の位置は取れる」


「そうだ。ならばこちらは母上に会わないように動き続けて囮になるしかない」


「赤毛はどうする?」


「イサベルさん。申し訳ないですが、フレデリカ嬢のことはあなた達に任せるしかない。いや、そうしないとあなた達も危険だ」

 

 イサベルも両手を口に当てて、驚きの表情をしている。


「まさか、元々それが目的で――」


「イサベルさん、残念ながら事態はあなたの考えている通りだと思います」


 イアンはイサベルにそう告げると、ヘルベルトの方へ向き直った。


「ヘルベルト。最初から何かおかしいとは思っていたが、赤毛嬢の件を母上の耳に入れたのもおそらくはこの為だ。だからいつそれが起きてもいいように十分な準備をしていた。それなら偶発的に見えれば見えるほど都合がいい。誰も計画的なものだとは思わないからな」


「ですが、あからさまな囮の動きはこちらが気がついたとバレます。むしろ事態を悪化させるのではないでしょうか?」


 イサベルが心配そうにイアンへ問い掛けた。イサベルの問い掛けにヘルベルトも頷いて見せる。


「イアン、その通りだ」


「ならば、どうすれば――」


「予定通りで行きましょう。ギリギリまで相手に予定通りだと思わせるのです。そして王妃様に危険を知らせて一緒に脱出です」


 イサベルの言葉に、イアンもヘルベルトも深く頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ