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わがまま

「王妃様、本当によろしいのですか?」


 通用門から城を出た馬車の窓から、メナド川の川面の煌めきを眺めていたセシリーは、問いかけの声に視線を馬車の中へと戻した。


 セシリーの視線の先ではやや縮れた黒髪に緑の目を持つ、どことなく異国情緒のする若い女性が心配そうな顔をして座っている。セシリーの専属侍従兼、護衛役のエミリアだ。


 その姿はいつもの侍従服ではなく、セシリー同様に家の手伝いをしている女性が着ているエプロン姿だ。


「何がですか?」


「マイルズ侍従長がしばしお待ちくださいと言っておりましたが、それを無視して出発してしまって良かったのでしょうか?」


 セシリーはエミリアの問いかけに、あの冷静沈着なマイルズが冷や汗を掻いている姿を思い浮かべて、思わず苦笑いをする。だが目の前に座るエミリアの不安そうな顔は真剣だ。


「この件に関して言えば、元々マイルズには邪魔をしないように言ってありますし、陛下の許可も得ています。何の問題もありません」


 セシリーとしては実家、南大陸の大国であるスオメラからの使節団の件で妙に警戒されない為にも、この程度のわがままを通すことで、周りにスキを見せてやると言うのにはそれなりに意味があった。


 王宮というところは王妃だからと言って決して居心地がいい場所ではない。ましてや自分は外国人の第三王妃なのだ。それは子供を四人も生んだ今でも変わりはしない。


 この件に関して言えば、祖国の国王である兄が世継ぎを設けていない事で、より複雑な状況になっているとも言えた。


「ですが南区、それも一番南にほとんど護衛も付けずに行かれるというのはやはり危険ではないでしょうか? どのような癖者に狙われるか分かりません」


「王宮の中にいた方がよほどに危険ですよ」


 セシリーの言葉にエミリアが当惑した顔をする。


「エミリア、暗殺というのはそれなりに大変なことです。思いつきで出来る事ではありません。なので私を殺したいと計画している者がいても、この様な偶発的な行動への対応はとても無理でしょう。それよりはよほどに日常の中を狙った方が確実です」


「ですが、偶発的だからこそ予期せぬ危険はあります」


 エミリアの言葉にセシリーは苦笑を浮かべた。スオメラ王の兄との妥協で、実家から受け入れているこの護衛役の少女はとても優秀なのだけど、己の任務に対して忠実すぎるきらいがある。やはり()()()の様に小さい頃から一緒だった者と同じという訳には行かない。


 セシリーは既に遠いところに行ってしまった明るい茶色のくせ毛の親友を思い出した。だがそれは決して良い思い出だけをセシリーにもたらす訳ではない。セシリーはすぐに目の前に座るエミリアへと意識を戻した。


「偶発的な危険に対してはどの様な準備も無意味です。それに私は何も敵国のど真ん中に向かおうとしているのではないのですよ。王都のしかも国民が日々生活しているところに向かうのです。そこで誰かに殺されたとしたら、その責は為政者に連なる私が負うべき責です」


「セシリー様は国民から敬愛されることはあっても――」


 セシリーは片手を上げるとエミリアの言葉を遮った。


「衣食が足りていない者からすれば、城の中にいてぬくぬくと日々を暮らしているというだけで、十分に恨みの対象になってもおかしくはありません」


「何をおっしゃいます。セシリー様がどれだけ国民のことに心を砕かれていることか!」


 セシリーの言葉にエミリアは顔を紅潮させつつ反論した。


「世の中は理想通りにはいきません。それで腹が膨れる訳ではないですからね。持たざる者からすれば、持てる者は常に攻撃の対象たり得ます。そうでなければ争いがこうも頻繁に起きたりはしません」


 セシリーはそう告げると、エミリアに向かって微笑んで見せた。


「それにイアン王子様も、いくら何でも急なお願い過ぎです」


 説得を諦めたのか、エミリアは話題を変えた。


「これは私からあの子にお願いしていたことです。そんなことよりも今日はとても楽しみなのですよ。むしろこの様な誘い方をしてくれたイアンさんを褒めてあげたいぐらいです」


 セシリーはいかにも嬉しそうに微笑むと、自分の着ているスカートの裾を軽く上げて見せた。


「あのヒダヒダだらけの窮屈なだけのドレスに比べたら、なんて快適なんでしょう。個人的には毎日これでいいぐらいです。あなたもそう思いませんか?」


 そう言うと、セシリーはエミリアのゆったりとしたワンピースとエプロンを指さした。だが馬車の中を見回すと不満そうな顔をする。


「でも馬車はまだまだ立派過ぎです。出来れば屋根なしの乗り合い馬車に近いのがいいと言ったのに、マイルズは手を抜きましたね」


 セシリーは恨めしそうに自分が乗っている馬車のよく詰め物がされた座席を叩いた。そして小さくため息をつくと、馬車の窓の外を再び無言で眺める。


 王都の中心部に近づいたせいか、乗り合い馬車らしい大きな荷台に人や荷物を載せた屋根のない馬車が隣を通り過ぎていくのが見える。それを見たセシリーがポンと両手を鳴らしてみせた。


「やはりこれではいけません。エミリア、降りる準備をしなさい。それとお金は持ってきていますよね?」


「あ、はい。お預かりしています。ですが、まだ馬車駅の近くではないですか?」


「馬車を変えます。乗合馬車を借り上げて、それで行くことにしましょう。どんなものか一度乗ってみたかったのです」


「王妃様!」


 エミリアがセシリーの提案に悲鳴の様な声をあげたが、セシリーは停車するように馬車の屋根を叩くと、エミリアを無視してすぐに降りる準備を始める。


「今時点から今日一日、私をその呼び方で呼ぶことを一切禁止します。私はあなたの叔母のドロレスです。それにマイルズの事ですから、王宮魔法職あたりにこちらの監視を依頼している事でしょう。ですが今日は誰にも邪魔はさせません。必要があればあなたに邪魔してもらいます」


「ですが御者を含め他の者達は――」


「そうですね。ここからは私たち二人で十分です。みなさんには日頃の疲れを癒すべく、この馬車で休憩してもらうことにしましょう。先程の王宮魔法職への邪魔の件を含め、術の準備をすぐにお願いします」


 そう告げると、セシリーは娘のソフィアと同じ銀色の髪を窓から吹き込む風に靡かせながら、薄い水色の目にとても満足げな色を浮かべた。そして自分の手で馬車のドアを開ける。背後では慌てて術の詠唱を始めるエミリアの姿があった。

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