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 ガラガラガラ


 メルヴィが教壇側の扉を開ける音が響いた。こほんと小さく咳をして見せると、メルヴィは昼休みが始まったばかりの紫組の教室へと入っていく。


 教室の中で上がっていたざわめきが消え、カツカツというメルヴィの靴音が聞こえてくる。イサベルとオリヴィアはどちらが先に入るかで視線で押し合いをしたが、イサベルが先頭でメルヴィに続いて教室の中へと入っていった。


 教室の中に再びざわめきが上がる。今度のざわめきは先ほどまでのそれとは違って、生徒の口々から漏れた驚きのざわめきだった。それはそうだろう。昼休みに女子生徒が男子授業棟の中へ入ってきたのだ。


 イサベルとオリヴィアは俯き加減に教壇の横を通りながら、教室内の男子生徒の視線を痛いほどに感じていた。


「イアン君」


 メルヴィの呼びかけに、教室内のざわめきが消えて静寂に包まれる。


「はい」


 ヘルベルトと一緒に昼食を広げようとしてそのまま固まっていたイアンは、メルヴィの問いかけに慌てて声を上げた。


「本日急遽、セシリー王妃様の件で学園から出かけるというのは本当ですか?」


「は、はい?」


 メルヴィの問いかけに、イアンは思わず声が裏返った。だがその後ろにいるイサベルとオリヴィアの顔を見て、ただならぬ事態が発生していることをすぐに理解した。


 それに一人欠けている。何か問題が起きたということは間違いなくここに居ない人物が原因だ。それにその人物が引き起こしたと言うことは、とてもやっかいなことに違いない。


 イアンはそこまで考えを巡らすと、メルヴィに向かって頷いて見せた。


「は、はい。その通りです。これからその件について、教務室並びに女子授業棟にお伺いさせていただく許可を取るつもりでした」


 メルヴィは背後の二人を振り返った。そして再びイアンの顔を見る。


「では二人をここまで連れてきましたので、これで何の問題もありませんね」


「はい。ですがこの件は母のセシリー王妃の警護にも関わる問題ですので、出来れば余人がいないところで打ち合わせをしたいと思っています。専門棟へ向かう渡り廊下の方で打ち合わせをしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


「この件については内務大臣からの協力要請もありますので、私の方から否はありません。イアン君、同じ物をあなたも持っているという理解であっていますか?」


「はい。確認されますか?」


「いえ、大丈夫です。私は助教にすぎませんからね、出来ればこの件については関わり合いたくないぐらいですが、ハッセ先生が腰痛とかでお休みしているので仕方がありません」


 メルヴィは大きくため息をつくと、肩に掛けていた鞄から紙とペンを取り出した。


「運が悪かったと思って、教務側の届けは私の方で受け付けます。私の覚え書きを渡しますので、必要があればそれを職員に提示してください」


「はい、了解しました」


 メルヴィは覚書に署名を書くと教室の外へと出て行った。それを見届けたイアンが隣に立つヘルベルトを肘で小突く。


「ヘルベルト、何をニタニタしているんだ。昼食は後回しだ。ともかく事態の把握だ」


 オリヴィアの方をガン見していたヘルベルトが慌ててイアンの方を向いた。


「ああ、そうだな」


 4人は連れだって廊下へと行くと、そこからさらに奥にある専門棟へ向かう渡り廊下の方へと移動した。


「一体何が?」


「フレデリカさんが侍従のマリアンさんに扮して、一人で学園から抜け出したみたいなのです」


 イアンの問いかけにイサベルが答えた。その言葉にイアンとヘルベルトが顔を見合わせる。


「えっ、どうして?」


「前にお受けした際にお話しした条件が絡んでいると思います」


「私が変なお願いをしたから良くないんです」


 オリヴィアが思い詰めた表情で口を開いた。


「エルヴィンさんの妹さんの症状が、私が臥せっていた病気に似ている様なのです。お会いできれば力になれるかもしれないから一緒に行って欲しいとお願いしたので、そこに一人で行かれたのだと思います」


「いや、オリヴィアさんは全くもって悪くありません」


 ヘルベルトが真剣な顔でオリヴィアに向かって告げた。さらに何かを告げようとしたのをイアンが止める。


「ヘルベルト、今はお前の意見などどうでもいい」


「あ、あのな…」


「なので出来れば一緒に学園を出て頂いて、フレデリカさんも一緒に学園を出たという既成事実を作ってしまいたいのです。そうすれば抜け出た事実はなかったことになります」


「だけど誰が彼女の代わりに…そうか、その侍従さんが一緒に出ればいいのか」


 ヘルベルトが手をぽんと打つ。だがその言葉にイサベルとオリヴィアが首を横に振って見せた。


「そうなのですが、その侍従さん、マリアンさんはフレデリカさんを追いかけて行ってしまったので、今はどこに居るか分かりません。探している時間はないと思います」


「それじゃ…」


「当家の侍従のイエルチェにマリアンさんの代わりをさせます。イエルチェは栗毛なのでマリアンさんに似ています。それに入学時に私が車椅子だったので、イエルチェに頂いた私への同行の許可はまだ有効です」


「帰りに一人増えていてもそれで誤魔化すという事ですね」


 再びヘルベルトがポンと手を打って見せた。 


「はい。行きはマリアンさんのふりをして、帰りは私に同行という事にすれば、なんとか辻褄を合わせられませんでしょうか?」


「分かりました。それで行きましょう。フレデリカさんの目的はエルヴィン君の実家ということで間違いないのですね」


「はい」


 イアンの問い掛けにイサベルが頷いた。


「それはどこにあるのでしょうか?」


「南区だったと思います」


「分かりました。それは不幸中の幸いだったかもしれない。母上の慈善事業も南区を重点的にやっています。ヘルベルト、母上とマイルズに使い魔を送ってくれ」


「おい、セシリー王妃様も呼び出すのか?」


「色々と辻褄を合わせないといけないからな。内容は…ちょっと待て」


 そう言うと、イアンは胸から取り出したメモにペンで何かを書くとそれをヘルベルトに渡した。それを見たヘルベルトが少し怪訝そうな顔をする。


「イアン、本当にこれでいいのか?」


「かまわない。ここはあの赤毛の身柄の確保が最優先だ」


 そう言うと、イアンはイサベルとオリヴィアの方を振り向いた。


「この件は私とヘルベルトだけでもなんとか出来ると思います。何かあればお二人自身の問題にもなりかねませんが、本当によろしいのですか?」


「私たちは親友です」


 イアンの問い掛けに、オリヴィアが間髪入れずに答えた。


「はい。フレデリカさんが居ない学園生活など考えられません」


 そう告げると、イサベルもイアンに向かって頷いてみせる。二人に向かってイアンも頷き返した。


「マイルズ侍従長には何を連絡すればいい」


「南区だ。赤毛殿に何かあると困る。マイルズに連絡して、母上の為の警備ということで警備庁の人員を派遣してもらう。あそこで侍従服姿の女性が一人でうろうろしていたら絶対に目立つはずだ。それと俺はこれから青組に行く」


「青組? そうか、エルヴィンか?」


「そうだ。彼を確保して家まで案内してもらうのが一番早い。向こうは場所がよく分かっていないからこちらが先に追いつくだろう」


「分かった。俺はすぐに使い魔を送る」


 そう言うと、ヘルベルトは学生服の内ポケットから伸縮式の杖を取り出すとそれを伸ばした。


「ヘルベルトさんは魔法職なのですか?」


 杖を見たオリヴィアが驚いた顔をする。


「これは秘密でお願いします。これでも一応は王子の護衛役ですよ。ソフィア王女様にも…」


「おい、ヘルベルト。しゃべりすぎだ」


「そうだったな、お前はさっさとエルヴィンを連れてこい」


 ヘルベルトの言葉にイアンは小さく肩をすくめると、男子授業棟へ向かって駆けだした。

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