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仮説

 吹き抜ける風が冬の到来を告げている。ロゼッタは校舎の屋上に立つと、手にした杖をその先に見える白亜の塔へと向けた。風がロゼッタの結い上げた髪からこぼれ髪を揺らす。


「休憩ですか?」


 背後から響いた声に、ロゼッタは杖を下ろすと、声の主の方を振り向いた。


「はい。ちょうど採点が終わったところです」


「肩こりの運動だとしても、杖をあの棟へ向けたりすると色々と差し障りがあります。気をつけた方がいいと思いますね」


「ハッセ主任教授、ご忠告ありがとうございます。先生も休憩でしょうか?」


「先生というのは敬称ですからね、同僚同士の会話には不適切だと思うのですよ。なので私の事はハッセと呼んでいただきたいのです。こちらからも、出来ればロゼッタさんと呼ばせていただけると助かります」


「では、ハッセさんも休憩でしょうか?」


「そうですね。休憩中とも言えますし、研究中とも言えます」


「それはどのような研究でしょうか?」


 ロゼッタの問いかけに、ハッセは空をじっと見つめる。ロゼッタはその視線の先、雲一つない、どこまでも高く見える空を見上げた。


「この世界の成り立ちですよ。私達のこうして見る大地と空はまるで永遠にあるように見えます。ですが何事にも終わりというのはあります。ではこれに終わりがあるとすれば、それがどのような終わりなのかについて、考えてました」


 そう告げると、ハッセはロゼッタの方へ視線を戻した。


「そして、終わりがあれば始まりがあるはずです。その次はどのような始まりが待っているのか、それも気になりますね」


「なるほど。ですが、人の一生の営みの中で答えを得ようとすると、とても難しい問題に思えます」


 ロゼッタの答えに、ハッセは首を横に振って見せた。


「ロゼッタさん、そうでもないのですよ。この手の命題は古くて新しいものです。多くの先人がこの世の終わりについて、この世の成立について議論を交わしています」


「その多くは神話であったり宗教的な定義で、学術的なものとは言えないのではでしょうか?」


「ですが、完全に荒唐無稽な物と決めつける根拠もありません。実際の所、多くの神話や言い伝えには共通点があります。破滅と救世主です」


「ハッセさんが先ほどおっしゃられた破滅と再生は、極めて普遍的な概念です。それを説いているだけ、とは言えないでしょうか?」


「そうかもしれません。でも元が同じ話だったからという考え方も出来ます。やはり世界は誰かによって作られて、そして滅ぼされる。それの繰り返している」


「全ては仮定です。それを演繹的に検証する手段を、私達は持ち合わせていません」


「おっしゃられる通りです。それを実験するなりして観測することが必要です。でもロゼッタさんが今まで開けてきた穴は、それの一つの事例ではないですかね?」


「穴がですか?」


 ロゼッタが怪訝そうな顔をする。


「魔法職は穴を開けて、別の世界から力を呼び寄せることができる。領域的には限られていますが、ある種の破滅と創世、それに還元ではありませんか?」


「そうでしょうか? 穴を閉じることが還元とは思えません」


「穴の発生は、穴の近傍に存在する小さな生き物たちにとっては世界の崩壊そのものです。そして私たちは本当に何かを呼び出しているのでしょうか?」


「どういう意味です?」


「それは創造。いや環境的なものを含めれば創世しているのではないでしょうか? 現時点では、それが長期的に維持することが困難だというだけでは?」


「理論に飛躍があります。あれは魔法職の魂を求めてこちらへ這い出して来ているだけです。それが創造、ましては創世とは思えません」


「魔法職は術を介して、それに形を与えています。創造そのものですよ。形を得たものが魂を求めるのは、その維持に必要だからと言う考え方はありませんか? それが一体となった物はより安定した領域へと去っていく」


「穴が開きっぱなしになるのは?」


「それは泡が安定した領域に去ってしまった後の無の領域なのです。そしてそれを塞ぐのには、さらにその部分を補う別の創世が必要です。その安定の為にも魂を必要とする」


「話の筋が見えません。魔法職も所詮は人で、神ではありません。仮に魔法職が行っているのが召喚ではなく、創造だとしても、それと世の成り立ちとの間に何の因果関係が……」


 ロゼッタはそこで言葉を飲み込んだ。


「ロゼッタさん。あなたがいま考えている通りのことです。私達が召喚と呼んでいる物は、大きな泡の中で起きている小さな泡の様に思えませんか? 泡だからその境界線はとっても薄い。棒を突き刺せばそれは外へと突き抜けることが出来る」


 ロゼッタは無言で、ハッセの顔を見つめる。


「外側で大きな泡を起こしている者は、この泡の世界の理の外側にいないといけません。でも我々はそれが存在している事を、それが誰かを知っていると思うのですよ」


 そハッセは答えを探す様に、ロゼッタの顔をじっと見つめた。


「それは決して秘密のようなものではなく、意外と多くの者が知っていませんか?」


 ハッセはおもむろに手にした杖を伸ばすと、白亜の塔を杖の先で指し示した。


「その泡を必死に支えている者達がいる。大きな泡の維持の為には、小さな穴を塞ぐのとは桁違いな何かを要求する様に思います。あれも一瞬で消え去るべき泡を必死に支えている何かの様な気がするのですよ」


 ハッセはロゼッタの方を振り返った。


「故にあなたが一番大切に思っている何かの為に、あれを吹き飛ばしたいと思っていても、もう少し待つべきだと私は思うのです。それともあなたは次の泡の為に、今の泡はすぐにも消し飛ぶべき、と考える側ですかね?」


 そう言うと、ハッセは少し痩せ気味の顔に、笑みらしきものを浮かべて見せた。

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