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籠の鳥

「フレデリカさん、イサベルさん。お願いを何にするか決めました」


 お昼を一緒に食べていたオリヴィアさんが突然に私たちに告げた。急な台詞に思わず手にしたサンドイッチからゆで卵が落ちそうになる。


「やっと決めていただけましたか!」


 イサベルさんがうれしそうな声を上げた。


「オリヴィアさんに先に決めていただかないと私がフレデリカさんにお願いできませんしね」


「はい。ご迷惑をおかけしてすいませんでした」


 その台詞にオリヴィアさんが小さく頭を下げる。先の運動祭で最下位だった私としてはただ二人の会話を聞くだけだ。敗者に発言権などはない。


「それで一体何をお願いすることにしたんですか?」


 イサベルさんがまるで揉み手でもするかの様にしながら、オリヴィアさんの方へとすり寄った。もちろん私も負けてはいない。


 オリヴィアさんが私たちにお願いするとすればエルヴィンさんの事で間違いない。そう言えば、もう一人、運動祭でからんできやお邪魔虫がいた気がするが、誰だっただろうか?


 それはさておき、運動祭でエルヴィンさんがオリヴィアさんを抱き上げて走った場面を思い出すと、部外者の自分でも思わず耳の後ろが熱くなりそうになる。せっかく運動祭で盛り上がったのだ。これでおしまいなんてもったいない事は出来ない。


 ついでに余計な黒歴史もを思い出しそうになる。こちらは頭の中で歌を、歌を歌って追い出さないといけません!


「はい。フレデリカさんのお礼の手紙で、妹さんがご病気との話がありました。症状を聞く限り、私がかかっていた病と似ているような気がするのです」


「そうですね。確かに、オリヴィアさんのご病気と似ている様な気がします」


 イサベルさんがオリヴィアさんに頷いてみせた。一応は私がもらった手紙のような気がするが、内容については私よりよほど二人の方がよく覚えている。


「ですので、お会いできれば、私の方で何か助言してあげられることが、あるかもしれないと思うんです」


「なるほど!」


「ですが、この件について私一人でお願いするのは無理ですし、そもそも、手紙を受け取られて招待されているのはフレデリカさんです。ぜひ皆さんに、一緒に行ってもらいたいのです」


 なんのことはない。お安いご用です。


「分かりました。少し時間がたってしまいましたが、私からのお返事と言うことで、エルヴィンさんの妹にお会いできるようにお願いします」


「フレデリカさん、ちょっと待ってください」


 イサベルさんが慌てたように私に声をかけた。


「それは校則違反になると思います」


「何の校則です?」


「私達が学園にいる間は、学園の外を訪問するには特別な許可が必要なはずです」


「まあ、外出に許可が必要なのは分かりますが、それは申請を出せば済む話ではないのですか?」


「ほとんど認められないというか、ここはもともとそのような場所ですけど?」


「えっ!」


「はい。間違いありません。ご家族の不幸とか特別な理由なしでは、ほとんど認められないという話を聞きました。それに自分の家に帰るぐらいしか、許可されないとも聞いています。そのための付き人だそうです」


「それって、学園がお休みの間に、誰かのお家に遊びにいくのにも、許可がいると言うことですか?」


「はい。そうだったはずです。その辺りはロストガルの戦士を育てる為の場所だった頃からの伝統だと、おじいさまから聞いています?」


「はあ?」


 思わず口からため息がでた。それは余計な虫がつかないようにするための手段で、ロストガルの戦士とか伝統とか言うのも、全部後付けの理由ですよね。


 頭の固い連中が考えそうな事です。それより運動祭で見たおやじ共の方が、余程に危険なのではないだろうか?


「虫ですね」


「虫ですか?」


 オリヴィアさんとイサベルさんが、不思議そうな顔をして私を見る。どうやら心の声が、いつの間にか漏れてしまったらしい。


「すいません。心の声です。忘れてください」


 私の言葉に、二人が怪訝そうな表情をして、互いに顔を見合わせている。それにしても人の事を舐めすぎです。この世の誰にも、乙女の恋の邪魔など許されません。


 そもそも私のご先祖は、なんでこんな妙なところを作ったんだろう? もしかして失恋でもして、人の恋路の邪魔をすることに、心血を注いだのではないだろうか?


 でも子孫の私がいると言うことは、どこかで結婚して子供を残した様な気もするのだけど、よく分からない。一度コリンズ夫人に話を聞くべきかと思ったが、すぐに頭から追い出した。


 間違ってもそんな事を聞いたら、偉大な先祖に対する敬意を払え等、私に対する小言を、無限に聞き続けることになる。大体「偉大な」とか付くものに、ろくなものなどありません。


「簡単にはいかないですね」


 オリヴィアさんが残念そうな顔をすると、小さくため息をついた。こんないたいけな少女に、ため息をつかせるとは一体なんて事でしょう。


 それにこれは恋の問題だけではありません。エルヴィンさんの妹さんが病に伏せっているのです。人の命がかかった、一刻を争う問題です。


「校則など無視です。今すぐエルヴィンさんに連絡して、妹さんのところに行きましょう!」


 思わず気合いがはいって立ち上がってしまう。気がつくと、教室中の生徒達が私の方をガン見していた。


「フレデリカさん、ちょ、ちょっと待ってください」


 イサベルさんが慌てて私の手を引いて椅子に座らせた。


「待てません。これはエルヴィンさんの妹さんの病気が関わっている話ですよ」


「はい。それは私もよく分かっています。ですがそれをやってしまうと、エルヴィンさんにも、ご迷惑がかかってしまいます」


 その言葉に私は我に返った。確かに私が退学になるのはどうでもいい話だ。だけど彼が退学になってしまうのは問題です。


 そもそも私の祖先が作ったのなら、私がなかったことにしても、何の問題もないような気がする。それよりも、この学園そのものを吹き飛ばしてやった方が、早いのではないだろうか?


「吹き飛ばしましょう」


「何を吹き飛ばすのですか?」


 オリヴィアさんが、不思議な顔をして私を見る。


「私の祖先とイサベルさんの祖先が作った物なら、私達が壊しても、誰も文句はないのではないでしょうか?」


 イサベルさんが、顔を横に全力で振って見せる。


「たまたま関わったぐらいじゃないかと思います」


 やはりこれは流石に無理ですかね?


「そうですか。分かりました。では誰かに死にかけてもらうことにしましょう」


「はあ?」「えっ!」


 イサベルさんとオリヴィアさんが、驚いた顔をして私の顔を見た。


「先ほど身内で不幸があればと言っていましたよね。誰か死にかけたことにして、外出許可をもらうんです。その後で全快したことにすれば、何も問題なしです」


 アンはかわいそうすぎるので、トマスさんあたりに、死にかけて貰うのではだめだろうか?


「私達三人が同時にそれを申請すると、おもいっきりばれるような気がします。皆さんのお家がお家ですから、こっそり誰かを死にかけにすること自体が、かなり難しいと思います」


 そうか、落ち目の我が家はいざ知らず、イサベルさんのお家やオリヴィアさんのお家は、そうはいかないか……。


「フレデリカさん、オリヴィアさん。この件については私も手がないか考えてみます。必要があればおじいさまに助力をお願いするのも、やぶさかではありません。ですからフレデリカさん、落ち着いてください。勝手なことは絶対にだめですよ」


 そう言うと、イサベルさんが私の方をじっと見つめた。


「は、はい」


 さっきは色々と妄想してしまいましたが、あくまで妄想です。本気で学園をぶっ飛ばそうとは思っていませんし、出来ません!


 イサベルさんの言葉にオリヴィアさんも頷いた。確かにそうだ。これは人の命が関わっているかもしれないのだ。だからこそ慎重に物事を運ぶ必要がある。


「でもどうしてこうも、ここ(学園)は人の恋路の邪魔をするんですかね?」


「えっ!?」「ええ!」


 二人が驚いた顔をして私を見る。私は何か変な事をいっただろうか?


「だって、フレデリカさん。私達は籠の中の鳥ですよ」


 そう告げた、イサベルさんの顔は真剣だった。

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