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覗き

「あんた、まだ若いんだからさ、もうちょっと愛想よくできないの?」


 ナターシャは棒付きの飴を手にするとそれでエドガーを指した。


「虚無感っていうのかな? ここの人達はあんたみたいなどこかの修行僧みたいな感じになるか、明らかにいっちゃった人になるかのどっちかなんだけど、入ってすぐでそれなのは早すぎない?」


「なにがだ」


「そっ、それよ。その態度。とってもつれない人生に、夢も希望もありませんという態度!」


 ナターシャの問いかけにエドガーは無言で答える。


「普通はね、『俺この年で腕になっちまったぜ。俺様最強!しかもこんなかわいい子が相棒だって? 神様は俺のことを絶対に愛しまくっているぜ!』、とか言って、少しは舞い上がるとか、あげあげでいくものじゃないの?」


 その言葉にエドガーは明らかにめんどくさそうな表情をした。


「君はどうだったんだ。君は腕になれた時にそう思ったのか?」


 エドガーの言葉にナターシャが顔色を変えた。頭につけたピンクのリボンが揺れる。


「新入りが生を言うんじゃないよ。今度そんな口を聞いたら、この円の先にあんたを叩き込んでやる」


 ナターシャの言葉にエドガーが小さく肩をすくめて見せた。おそらくさっきの台詞は他でもない、ナターシャ自身が腕になったときに抱いた感想なのだろう。


 エドガーとしても自分と大して年が違わないこのナターシャが、とんでもない実力者だと言うことぐらいは十分に理解している。


 こうして自分と話をしながら、星振と同期をとっているのだ。完璧な思考の並列化という言葉で表現できるようなものではない。


「腕として介入の予定はないのだろう? 邪魔だと思っているのなら、僕は自分の任務に戻りたいのだけどね」


「あんたはちゃんと腕としての規約の話を聞いていたの? 腕はそれを成すかどうかでなく、それを成せるかどうかが問題なの。だから腕同士、必ず二人で行動する。腕を止められるのは腕だけだからね」


「だとしたら僕の任務はどうなるんだ?」


「学園の監視?」


「それだけじゃない」


「ああ、どこかの貴族の娘を見張れってやつね」


 その言葉にエドガーは一瞬だけ顔色を変えた。


「どうして知っているという顔をしているね。そう、それよ。少しは人間らしい反応をみせてくれないと、いじりがいがないじゃない。前にもいったけど、あのもぐら親父には全部の情報をよこせと言ったから、あんたがなにをやっていたかもこっちは全部知っている」


「絶対に誰にも言うなというのは、あくまで僕に対するルールということか……」


「そうよ。なんであのもぐら親父がその小娘を監視するのかは知らないけど、そっちは腕が介入するような事態は当面起きそうにないから、パンピーの誰かが学園監視の一環で見ているはずよ。それとも何?  その娘への覗きがやめられなくなったとか?」


 ナターシャはそう言うと、手にした飴をフリフリして見せた。だがエドガーの表情を見ると小さくため息をつく。


「本当につまらない男ね。もしかして男としても終わっているの? ここは胸が、腰がたまらんとか言って、最後はナターシャ様には敵いませんでしょう?」


 そう言うと腕で自分の胸を寄せて見せる。だがエドガーが無反応なのを見ると、今度は盛大にため息をついて見せた。


「そんなことより、こんなヤクザ者の会合をわざわざここで監視する必要があるのか?」


「ヤクザ者の会合?」


 ナターシャが少し驚いた顔をする。


「あんたはよほどの世間知らずか、相当に幸せな人生を歩んできたのかのどちらかね。ここに集まっているのは王都の顔役達よ。まあ大半はあんたの言うとおりにただのゴミだけど、左端の方に座っているやつらは別物だよ。よほどの大貴族達でもやつらと争うのは避けるような連中ね」


「なるほど」


 そう言うとエドガーは席の端に座っている連中をみた。そこにはどこかの大貴族の家の侍従長のように背筋を伸ばして、白髪をきれいになでつけた人物が座っている。


 そこから数席ほど離れたところに、深紅のドレスを着た妖艶としか表現のしようがない女性も座っていた。音声は聞こえないが、会議はヤクザ者の集会とは思えない規律で粛々と進んでいる。


「パンピーが覗いたりしたら一発で返り討ちよ。それでもこちらが覗いているのは向こうも分かっているけどね」


「それならさっきのなんだ、君が『パンピー』と呼んだのと同じじゃないか?」


「本気で言っているの? こっちは介入出来る。あんたも腕なんでしょう? あんたが私を守るのよ。あんたは私の王子様ってこと」


 そう言うと、ナターシャは新緑のように鮮やかな色をした髪を片手でかき上げて見せる。その姿にエドガーは表通りに住んでいた、ちょっとだけ金持ちだった家の一人娘を思い出した。


「ふふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃない。向こうも腕が覗いていることぐらいは百も承知よ。だから手は出してこない。逆に言えば私達が覗かない限りは誰も覗けない」


「向こうにも腕がいるということか……」


「腕? そんな直接的なやり方でくるならいくらでも相手になってやるけどね。やつらのやり方はあんたみたいにもっと根暗よ」


「根暗?」


「自覚ぐらいはあるでしょう? あの厚化粧のばばあは『鮮血のアルマ』よ。しのぎは主に誘拐と恐喝。いつもは暗殺がしのぎだった『針金のバリー』と組んで仕事をしていた。だけどどこかの誰かが暗殺ギルドごとそのバリーを遠いところに送った」


「世の中には悪人もいれば善人もいるという事か」


「善悪なんて所詮は相対的なものよ。暗殺ギルドがなくなったせいで報復も怖くなくなったから、辻斬りみたいな何の芸もないやり方で殺されるやつが出ている。それを考えればどっちもどっちね」


 そう告げたナターシャの顔は真顔だ。その表情にエドガーはこの娘のふざけた態度が、誰もがよく分かるようにつけられた仮面であることを再認識する。


「後ろ盾がなくなったアルマはどうやら副業だった恐喝の方にしのぎを変えている。それも誰かの請負じゃなくて自分でやるやつよ」


「そんなに恨みを買ったら、それこそすぐに辻斬りにあうんじゃないのか?」


「その通り。あんたも少しは頭の中身があるじゃない」


「でもね、アルマの恐喝はアルマしか直せない病気だ。だから誰かが殺そうとしても、病気をかけられた誰かがそれを許さない」


「そんなものがあるのか?」


「どうやらあるの。だからアルマはそこでまだ息を吸えている。以前はどちらかと言うとアルマが生き残るための保険の様なものだったらしいけど、今はそれを積極的に行っているそうよ。だから私達がこれを覗くの。新人君、ちょっとは物事というのを理解出来た?」


「その病の正体は分からないのか?」


「もう本当につまらない男。突っ込んであげたんだからボケぐらいかましなさいよね」


 エドガーに向かってナターシャが何度目になるか分からない大きなため息をつく。だがあきらめた様に肩をすくめると言葉をつづける。


「そうね。分かったらきっと私達の誰かにあの女の首をひねろってすぐに指令がくるでしょうね。それよりもっと問題なのは、アルマの息がかかっているとは思えないところで、その病とやらが流行りだしている兆候があることよ」


「なら、今居る病人は諦めてでもすぐに首をひねるべきではないのか?」


「やっぱりあんたは馬鹿ね。アルマを殺してそれが止まる保証はどこにあるの? もしかしたらもっとひどくなるかもしれない。そのときには唯一の解決法はこの世にはないのよ」


 ナターシャの言葉にエドガーは口を閉じた。


「あの厚化粧の女はね、あんたなんかよりよほどに頭がよくて性悪な女なの」


 そう告げると、ナターシャは何かを諭すようにあめ玉をエドガーに向けた。だが穴をちらりと見ると、あめ玉を口に含んで顔を下に向ける。


「どうやら退屈な親睦会とやらはやっと終わりのようね。お馬鹿な新人君。ここからがお仕事だよ。バリーがいなくなって、アルマが誰と組んで何をしようとしているのかをよく観察しましょう」


 ナターシャはエドガーに向かって人差し指をふって見せた。だがすぐに首をひねってみせる。


「誰この男? アルマの新しい愛人?」


 ナターシャの視線の先ではアルマが頬に傷がある背が高い男に腕を絡めると、さも親愛そうにその身を寄せている。エドガーは手にした資料をめくって特徴が一致する男を捜した。


「ロイス。灰の街出身で川筋の顔役。最近、組の上を排除して成り上がった男のようだ。若手の野心家というところか?」


「ふーーん。確かに見かけは渋くていい男だけど、アルマの相方としては軽すぎて務まらない。やっぱり愛人かな?」


 ナターシャが再度首を捻って見せる。


「だけどあまりにあからさまじゃない? このまま寝台まで連れて行く気まんまん。新人君、君は星見官の密かな楽しみというやつが何なのかは知っているかな? これは間違いなくそれが見れるわよ」


 そう言うと、ナターシャはエドガーに向かって膝をたたいて大笑いして見せた。

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