獲物
「ふーーん」
そう言うとアルマは組んでいた足を組み直した。紅のドレスから白く艶かしい足が覗く。
その足先は素足で、爪にはドレスと同じ真紅のペティキュアが塗られている。その爪の先では報告に訪れた侍従服姿のリコが跪いていた。
「学園の犬のが持ってきた話が本当なら、ミランダの娘一人に全部してやられたと言うことかい?」
「はい。そう言うことになります。あの時に屋敷に連れてきた当人から聞いた話だそうなので、信ぴょう性は高いと思います」
「そうなると、迎えに来ていたのはロイスの手の者ということになるね」
リコにそう告げると、アルマは白く細い指を自分の顎に当てた。
「はい。ロイスのところの主だった者の似顔絵を見せて裏をとらせます」
「ハハハハ!」
アルマは膝を叩くと急に大声で笑い出した。その姿をリコがあっけに取られた顔で見ている。
「私を寝台の上で抱きながら、裏でそれだけの事をしてくれるとはね。あの小心者のガキが、随分と大人になったじゃないか」
そう言うと足先でリコの額を小突いた。
「ロイスが裏で手を引いていたと言うのがはっきりしたのはそれでいい。だけどミランダの小娘が一人だけで、あれだけの事をしてくれたと言うのは信じられないね」
そう言うと、アルマは疑わしそうな表情でリコを眺めた。
「何処かの誰かが、私に作り話を信じ込ませようとしているとしか思えない。裏はとったのかい?」
「ポンシオ爺さんのところで調べた限りでは、灰の街で悪ガキを従えていたぐらいで大した事はないです。女にしてはすばしっこくて、やるときは遠慮なくやるので、子供達の間で少しは恐れられてはいたようです」
「遠慮なくね。その辺りはミランダの娘らしい。間違いなくその血を引いているよ」
「飲んだくれの父親の面倒もそれなりに見ていたようですが、半年ほど前に父親がモーガンの愛人にして、モーガンから金をせびろうとしたようです」
「あの飲んだくれの役立たずは何も変わっていなかったと言う事だ」
「ロイスがモーガンや川筋者達を殺った際に、マリアン、その娘もモーガンに代わってロイスに囲われた様です」
リコの言葉にアルマがつまらなさそうな顔をする。
「なんだい。もうロイスのお手つきかい? せっかく私が男の扱い方を一から教えてやろうと思っていたのに、つまらない話だね」
「いつも横に侍らせていたとの事ですから……」
そう答えたリコの顔をアルマが足の指で再び小突いた。
「お前の意見など聞いちゃいない。それよりもさっさと先を言いな」
「はっ、はい。その後ロイスがライサを実質的に乗っ取りました。その際にライサの元店主の養子という事にしています」
「おやおや、店を裏からだけじゃなく、表からも乗っ取るつもりとはね。ロイスの坊やは急に度胸がついただけじゃなくて、随分賢くもなったもんだ」
「それからイーゴリーから引き抜かれて、新しく代表になったエイブラムの秘書の様な仕事をしています。その頃ライサに勤めていて、その後首になったやつから裏を取りました。お気に入りだったらしく、遠出を含め、四六時中一緒に連れ回していたそうです」
「なるほど。小娘を餌に釣ったということかい。バリーも不思議がっていたけど、イーゴリーの若手がライサなんて潰れかけていたところに移った理由が、まさか女絡みだったとはね。男ってやつは本当に単純な生き物だよ」
そう言うと、アルマは口元に妖艶な笑みを浮かべた。
「それよりも、ロイスは私が思っていた以上に随分と中身が変わったじゃないか? 自分の手垢がついた小娘を餌に、イーゴリーから若手を一本釣りとは恐れ入った」
「はい。ライサを離れた後もよくその娘の事を口にしていたという事ですから、相当なお気に入りだったようです」
「それがどうしてライサから離れたんだい? いや離したんだい? ロイスとしても、その新代表の下半身を握っていたほうが都合が良いだろう」
「そこからライサと関係が深かいというか、一緒の船の様なカスティオールに、長女付きの侍従として勤めています。本当かどうかは分かりませんが、本人の希望だったという話です。ですがその娘がカスティオールに勤めてから、ライサの者達が相当侯爵家に食い込んでいます」
「ふーーん。ロイスの次の目標は四侯爵家の一つという事かい。ライサと同じように一番落ち目のところを狙った訳だ。しかも今度は男じゃなくて、長女の小娘に取り入るとはね」
「それで長女のフレデリカ・カスティオール付きの侍従として学園にいます」
「目立たぬ様に学園で長女に食い込むつもりなんだろう。もしかしたら、ミランダの娘は女もいける口なのかもしれないね」
「それについては特に報告はありません。ですがマリアン、その娘は灰の街にいた時から、何故か赤毛の女の子の味方をする癖があったようです」
「癖?」
「はい。そしてカスティオールの長女の髪の毛は赤毛です」
「ふっ」
ドン!鈍い音と共にリコの顔からメガネが吹き飛んだ。
「そんなどうでもいいことより、あのスベタ達を私のところから連れ出した理由は分かったのかい!」
「いえ、本人達も全くの不明だとの事です」
歪んだ眼鏡を掛け直したリコが答えた。その視線の先でアルマが首を捻って見せる。
「リコ」
「はい」
「どうやら私達は間違っていたみたいだね」
「何がですか?」
「私はロイスが雷に打たれでもして、突然やる気になったのかと思っていた。そして川筋を押さえ、商会に乗っ取りをかけた。それに間違いなくバリーの件にも絡んだ。あの金貨がその証拠だ」
「はい。その通りかと……」
「そして今や侯爵家にまで手を伸ばそうとしている。ここからあの石ころ見たいな女達を連れ出したのだって、バリーの件でいずれはぶつかるこちらを牽制するためだと思っていた。そうだろう?」
「はい。お嬢様」
そう答えたリコに向かって、アルマが小さく吐息をついた。
「どうやら全くの見当違いだったね。答えは逆さ。そのマリアンという娘が、モーガンやロイスを手玉にとってライサの新代表もたぶらかした。そして今は侯爵家の長女に取り入っているんだ」
「ま、まだ15、16の小娘ですよ!」
アルマの言葉にリコが慌てた表情を見せた。
「リコ、私やミランダがその年だった頃に、川筋で何をやっていたか知っているかい?」
「は、はい」
「この世界に歳なんて物は関係ないのさ。やっぱり蛙の子は蛙だね。いや、その娘はミランダよりよほど私に似ている」
そう言うと、アルマは上体を屈めてリコの顔を覗き込んだ。
「ここからあのすべた達を連れて行ったのはロイスの私への牽制、いつでも私の玉を取れるじゃない。その娘の私への挑戦なんだ。いつでも私になり代われるという挑戦なんだよ」
「あり得ません。すぐに息の根を――」
バンと言う乾いた音と共にリコの顔から再びメガネが吹き飛んだ。アルマはリコに向かってニヤリと微笑むと、その顎に白い手を添えた。
「リコ、バカな事を言わないでおくれ。こんな楽しいことを私から取り上げるんじゃないよ」
そして口元に血が滲んだリコの唇に、自分の唇をそっと重ねる。
「たとえお前がヴォルテ叔父さんの手先だろうが、お前は私の望みを叶えるためにこの世にいるんだ。それに次にすることが何かぐらいは分かっているだろう」
「はい。アルマお嬢様」
片目が割れた眼鏡をかけ直したリコが、アルマに向かって頭を下げた。
「その娘、マリアンをアルマ様の前に連れてくることです」
「そうだ。抜かりなくやりな。私は私でロイスがあの小娘にどれだけ骨抜きにされているかを確かめてやろう」
そう言うとアルマはくぐもった笑いを浮かべる。それはネズミを見つけたイタチの様な顔に見えた。