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繋がり

「それでどこまで分かったんだい?」


 この王都の顔役の一人、鮮血のアルマは曲線を多用した凝った革張りの長椅子に寝転びながら、真紅の液体が入ったグラスを口元へと運んだ。アルマの目の前には侍従服を身に着け、細ぶちの眼鏡をかけた細身の男が膝まずいている。


「やはり学園にいました」


 腹心のリコの言葉にアルマは長椅子から身を起こすと、手にしたグラスの中身をリコに向かってぶちまけた。リコは胸元からハンカチを取り出すと、メガネをそれで拭く。


「あんたは自分が頭のいいことを誰かに示したいと思っている馬鹿なのは分かっているけど、それを私にやるとは本当の大馬鹿者だね。物事はちゃんと順序立てて話な」


 アルマが足を振ると、その先端にぶら下がっていたハイヒールがリコの顔面を直撃した。拭いたばかりの眼鏡が床に吹き飛ぶ。


「は、はい。申し訳ありません」


 リコは再び胸元からハンカチを取り出すと、流れてきた鼻血をそれで抑えた。


「ミランダ姐さんの娘のマリアンですが、ロイスが引き取った後でライサ商会に勤めました。その後、すぐにカスティオール家の侍従になり、その長女のお付きの侍従として学園にいます」


「最初からそう言えばいいんだよ」


 そう言うとアルマはリコにグラスを差し出した。リコは片膝をついたままアルマが差し出したグラスに赤い液体を注ぐ。アルマはまるで労働者の男性が座る様に足を大きく広げて座ると、その膝の上に肩肘をついて何やら考えるような表情を見せた。


 広げたドレスの間からアルマの艶かしい素足が覗く。片膝をついたままのリコがそこから視線を外そうとするのを見ると、アルマはニヤリと笑った。


「この前の学園のあばずれ達との関係は?」


「探ってみましたが、単なる同僚という情報以外はありません。あの女達は古株で、その娘にもあの女達からの新入りに対する通過儀礼の様なものはあったという報告はあります」


「通過儀礼?」


「はい。先輩が後輩、新しく入ってきた侍従に送りものと称して金品を要求するとか言うものだそうです」


「金品?」


「はい」


「リコ、あんたはやっぱり大馬鹿だね。何も見えちゃいない。あのアバズレ達が飲み代を何で払ったのか忘れたのかい?」


「あっ!」


 リコの口から思わず声が漏れた。


「思いっきり繋がっているじゃないか? アバズレが持ってきたのは金貨だ。その金貨の出どころは間違いなくミランダの娘さ。その娘に金貨を渡したのは?」


「ロイスですか?」


「そう考えれば辻つまがあう。確かに意趣返しとしてはなかなか強烈なやつだよ。バリーのとこから流れた金貨なんてものを使えば間違いなくえらい目に会う」


 そう告げると、アルマはグラスの液体を口に含んだ。そして少し首を傾げて見せる。


「だけどミランダの娘はあの父親に似たのかね。相当なバカだ。そんな事をこの王都ですれば間違いなく出処を探られて、自分のところだとバレる。そんなことをしなくても、あんなあばずれ達を懲らしめる手はいくらでもあるだろうに……」


「そうでしょうか?」


「あんたの頭の中身には何が詰まっているんだい? ロイスが金貨を渡すぐらいだ。ただの小娘じゃない」


 そう言うとリコをジロリと睨んだ。


「そう言えば死んだモーガンもミランダの娘に執着していたという話じゃないか。ロイスが奪おうとしたのはモーガンのシマじゃなくてその娘かもしれないね」


「たかが小娘一人にそんな賭けをするでしょうか? モーガンを殺れても他の顔役達に潰されます」


「だから川筋者全員をまとめて始末したんだろう。そこまでやれば、ヴォルテおじさんも興味を持つ。小心者だったロイスをそこまで変えさせるだなんて、一体どう言う娘なんだろうね。昔のミランダも男にモテた。きっとその血筋だね」


「アルマお嬢さま以上に男の心を……」


 ドン、アルマの拳がリコの頬にメリ込んだ。


「生言っているんじゃないよ。あんたには分かりっこないけどね。男を引き込む魅力というのは必ずしも顔や体だけじゃないんだよ。それに神様はあんた達男を女を奪い合うように作っているんだ」


「はい、お嬢様」


「ロイスが骨抜きになっているのなら、あばずれへの意趣返しなんてロイスに頼めばいいだけだ。学園にいる間は無理でも外に出た時に痛い目に合わせてやればいい。なのに金貨だ。それにもっと危ない橋を渡って、私んところからあのあばずれ達を強奪するかい?」


「……」


 パン!無言のリコがアルマの手に張り倒された。ぐらついたリコが慌てて姿勢を戻して頭を下げる。


「申し訳ありません。理由が思いつきません」


「そうだ。思い出したよ。ポンシオ爺さんが来た時に気に入った若い侍従がいたけど、学園にいっちまったって嘆いていただろう」


「はい」


「間違いない。それはミランダの娘の事だ。爺さんのところにすぐに人を走らせな。洗いざらい調べてくるんだ。そしてその小娘、確か『マリアン』だっけ? それを抑えるよ」


「抑える。学園にいる娘をですか?」


 ドン!リコの腹にミランダの素足がめり込んだ。


「ううう」


 リコの口から呻き声が漏れる。


「お前は本当にバカだね。中に居る間は手は出せない。だけど外に出て来ればどうにでもなる。その手立てを考えるんだよ。それも一番確実かつ効率のいいやり方でだ。出し惜しみは無しだ。使えそうな手札は全部使っていい。金もだよ。だけど相手は学園だ。慎重にやりな」


「はい、お嬢様」


「それに来週は確か月例会だったね」


「はい」


「ただ待つと言うのは性に合わない。こっちはこっちでロイスにちょっとカマでもかけてみようか。どんな顔をするか楽しみだよ。それにこの間は邪魔が入って味見で終わってしまったから、その続きもありだ」


「アルマお嬢」


「なんだい?」


「その様なことをせずとも、ロイスを消してしまえば何の問題もありません。そのミランダ姐さんの娘にしてもロイスの後ろ盾があればこそです。面倒なら二人とも消してしまえばいいだけです」


「リコ、それはあんたのやきもちかい?」


「違います。お嬢様の身の安全を…」


「リコ」


 アルマの呼びかけにリコが身を固くする。だが足も手も飛んでくる気配はなかった。立ち上がったアルマが跪くリコを見下ろしているだけだ。


「あんたは私が何が一番嫌いなのか知っているだろう」


「はい」


「久々に退屈しないですみそうなんだ。邪魔をしないでくれる? それにおじさんにもそう伝えな。ちゃんと姪はおもちゃを見つけて楽しんでいるってね。分かったかい?」


「はい。アルマお嬢様」


 アルマはリコの返事に満足そうに頷くと、自分の素足をリコの前に差し出す。リコはそれをまるでこの世界の至宝でも扱うかのように手に取ると、その足に恭しく口づけをした。

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