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最終走者

「ドン、ドン!」


 ロベルトは何度目かになるか分からないノックを苛立たしげに叩いた。前の何回かと同じく、部屋の主からは何も返事はない。扉の向こうからは調子外れの歌声らしきものと、ともかくうるさい「バタバタ」という音が響いている。


「はあ」


 これも何度目になるか分からないため息をつくと、ロベルトは少しだけ力を入れてそのノブを回した。ノブの向こうで部屋の主が掛けていた鍵が開く音がする。


「もう、僕は力を使っちゃいけないんだけどな」


 そう告げると、ロベルトは扉を開いた。


「サンドラ!」


 だが部屋の主であるサンドラの様子を見て、慌てて後ろ手で扉を閉める。


「おい、何をやっているんだ!?」


 だが部屋の主であるサンドラはロベルトの問いかけに、いや、その存在にすら気がついた様子はない。


「お邪魔虫はお邪魔虫。ほい。お邪魔虫はお邪魔虫。ほい♪」


 そう歌いながら足をドンドンと踏み鳴らしている。おそらく普通の人が見れば、それは床を片足でぴょんぴょんと跳ねながら、怪しげな踊りを踊っている様にしか見えないだろう。だがロベルトの目にはその床には学園と思しき場所が写っており、その場所に対してサンドラが足を踏み下ろしているのが見えた。


「な、何をやっているんだ!」


 ロベルトは再度怒鳴った。その声にやっとサンドラが反応する。だがロベルトの姿を見ると、とてつもなく不機嫌そうな表情をして見せた。


「人の部屋に勝手に入るなんて、ロベルト、いやらしい!」


「あのな、隣の部屋でドンドンと床を踏みならす音をずっと聞かされたら誰だって文句を……いや、そんな問題じゃない。学園はブリエッタの縄張りだろう? 何を勝手に干渉しているんだ?」


「干渉? 何を言っているの? 私はおもちゃのお手伝いをしてあげているだけよ。フフフフ、とっても楽しいの」


「おもちゃ? あの能無し魔法職か?」


「能無し? 人のおもちゃの悪口を言わないでくれない? あれはとっても面白いの。今だってほら、このお邪魔虫を潰そうとしているのよ。とってもかわいいでしょう。だから手伝ってあげているの。これが沢山いて……」


「ちょっと待て!」


 サンドラはロベルトの呼びかけを無視して足を再び踏み降ろす。


「お邪魔虫はお邪魔虫、ほい!」


 ロベルトは慌ててその床に写る景色を眺めた。その間もサンドラは調子外れの歌を歌いながら、自分の足を踏み下ろし続けている。その足先では隠密の力を秘めた使い魔らしきものが潰され、のたうち回っているのが見えた。


 辺りに流れ出ている力の気配を見る限り、サンドラは使い魔達を穴に返すのではなく、既に相当な数を直接叩き潰して屠ったらしい。こんなのは人の為す技ではない。誰が干渉したのかすぐに詮索が始まるに決まっている。


「サンドラ!」


 だがサンドラは差し出されたロベルトの腕をひょいと避けた。


「面白いものみぃーつけた!」


 そう嬉しそうな声をあげる。今度は足ではなく腕をその景色の中へと突っ込んだ。


「捕まえた!」


 サンドラはロベルトに向かってニヤリと笑うと腕を引き上げて見せる。サンドラが持ち上げた腕の先には派手な色の羽をした鳥の様な姿が現れた。それはサンドラに首を掴まれてぐったりしている様に見える。


「ふふふ、おやつ、おやつ!」


 サンドラはそう楽しげに言うと、その首を指で軽く捻った。鳥らしきものの首があらぬ方向へと曲がる。そして大きく口を開けると、嬉しそうに頭からそれに齧りついた。


* * *


『耐えて!』


 私は心の中で祈った。赤組の作戦は単純だ。比較的足が速い人達を最初と最後に並べている。最初にリードを取ることでバトンの交代を楽にして、ともかく中間は耐える。そして最後にまた足が速い人を並べて突き放す。それと背後から走ってくる走者を見ないでのバトンの受け渡しの練習を頑張った。


 最終走者は私だ。正直私はそれほど足が速いわけではない。この赤組で一番足が速いのはメラミーさんだ。だがローナさん以下が最終走者は私だと主張した。代表であるならそれが務めだと。


 皆が信じてくれるのなら私に否はない。私はそれを受けた。なので赤組は最終走者の前がメラミーさん、最終走者が私となった。


 赤組は前半は予定通りにリードを奪った。そして中間の人達も先頭を走る利点を最大限に活かし、バトンの受け渡しを練習通りに行うことで、そのリードを何とか保っている。しかし黒組、白組にジリジリと追い上げられてもいた。


 白組は平均的に、黒組は赤組とは逆に後半に足が速い人を集めている。黒組はその作戦通りに、白組を抜いて私達の背後へと迫っていた。だがメラミーさんまでに抜かれなければ、彼女が他の組を突き放してくれる。


 だが黒組の走者は赤組の走者を交わすと先にバトンを渡した。黒組の生徒が先に走り出す。そして白組の生徒もすぐ後ろまで迫っていた。白組の最終走者はもちろんイサベルさんだ。私の走力だとある程度のリードがないと間違いなく彼女に追いつかれる。そんな事を考えていた時だった。


 赤組の生徒から悲鳴の様なものが上がった。赤組の生徒がバトンを落としたのが見える。そして慌ててそれを拾い上げた。だがその間に白組の走者にも抜かれる。


 その姿を赤組の生徒達が口に手をやって息を呑んで見守るのが見えた。誰にだって失敗はある。仕方がない。それがたまたま今日だっただけだ。彼女にどんな言葉を掛ければ……


「えっ!?」


 しかし私の目の前では赤い鉢巻をした生徒が白組の生徒を、そしてその前の黒組の生徒もあっという間に抜き去るのが見えた。メラミーさんだ。


 体力測定でのメラミーさんの成績は確かに優秀だった。だが飛び抜けてという訳ではない。だがその速さはイサベルさんと同じかそれを凌ぐかに見える。そしてその差を広げつつ、あっという間に私の方まで近づいて来るのが見えた。


「フフフ!」


 思わず口から笑みが漏れる。メラミーさんも勝ちたいのは私と同じだ。いや、負けたくないのか? 私は前を見て、練習通りに手を後ろに差し出して走り始めた。これが私達赤組の強みだ。だが旋風の様なものが私の横を通り抜けて行くのを感じる。


『何だろう?』


 急に風でも吹き始めたのだろうか? いや違った。私の目の前に赤い鉢巻をした少女が駆けているのが見える。メラミーさんだ。もちろん私の手にバトンはない。


『えっ? どう言うこと?』


 何が起きているのか全く理解できない。私は彼女の後ろ姿を必死に追いかけた。今の私にはそれしかできない。その姿ははるか彼方に去っていく訳ではなかったが、決して近づく訳でもない。私はその背中を追いかけて必死に走り続けるしかなかった。


 やがてゴールのテープが見えてくる。メラミーさんはこのままゴールまで走り抜けるつもりだろうか? そうなれば私達赤組は間違いなく失格だ。


「後はお願いね」


 ゴールの直前でメラミーさんが私の方を振り返った。そして背後から駆けてきた私の前にそれを指でつまんで差し出すと、おもむろにそれから指を離す。それを空中で掴んだ私の体はそのままゴールを通り過ぎた。


 慌てて背後を振り返ると、そこには私に肩をすくめて見せるメラミーさんと、私のすぐ背後からゴールを切った黒組の生徒、そして今ゴールしようとしているイサベルさんの姿が見えた。


「い、一着、赤組」


 私の耳にアメリアさんの声が響く。だがそれは何かを讃えると言うよりは、何かを言わねばならない為の言葉の様にしか聞こえなかった。


「お待ちください。この競技の審判員として異議を申し立てます」


 アメリアさんの宣言に対して声が上がった。そしてソフィア王女が呆気に取られている私と、何やら満足げに微笑んでいたメラミーさんの前に立つ。


「この競技について、赤組を失格と致します。理由は公正な競技の遂行に関する違反行為です」


「え、何も規則に反するようなことはやっていませんが!?」


 その言葉にメラミーさんが不平の声を上げた。


「規則に書いていなければ何をやってもいいと言うことではありません。常識としてやってはいけないことまで書くこともありません。公正さを欠く行為を行ったのです。これは十分に失格に相当します。よって順位は一位が黒組、二位が白組になります」


 そう宣言すると自分の席の方へと去って行った。


「一年生女子のリレー競技はこれにて終了となります。閉会式がありますので、皆さん席へお戻りください」


 アメリアさんが私達に告げた。その言葉に一年女子生徒がバラバラと席の方へと戻っていく。


「どうしたの? 今度は土下座しないの? 最も私はあなたと一緒に頭を下げるなんてのは絶対にいやよ」


 メラミーさんはそう告げると私の横を通り過ぎていった。


「トン、トン」


 誰かが私の背中を叩いた。振り返るとそこにはローナさんが立っている。


「ローナさん?」


「彼女には後で私の方から言っておきます。そして間違っても土下座なんかしないでください。誰もフレデリカさんのせいだとは思っていません。そしてあなたが謝れば、それはあの人にとってはより恥をかかされたと思うだけだと思います」


 そう言うと、彼女は私の方を見てニコリと微笑んだ。


「私達は精一杯戦いました。そうですよね?」


「はい、間違いなくそうです。メラミーさんの事はよろしくお願いします」


 私は彼女に頭を下げた。そして頭を上げると胸を張った。


「皆さん!胸を張って閉会式に臨みましょう。私達は精一杯戦いました!」


「パチパチ」


 誰かが手を叩いた。ローナさんだ。


「パチパチパチパチ」


 そして誰かがそれに続く音が響く。思わず目から涙が流れた。私も自分の手が痛くなるぐらい精一杯手を叩く。これは誰かに対する拍手ではない。赤組全員に対する拍手だ。たとえ負けようとも、私達赤組が為した何かが消えてしまうことなど決してない!

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