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運命

「お食事をお持ちしました」


 そう言うと、俺達に向かって一礼して見せる。今のこの子は何処から見てもこの家の侍従にしか見えない。やっぱり俺が酒場で見たのは、酒が俺に見せた幻影か何かだったのだろうか?


 この子に聞きたいことがいっぱいあるのだが、なぜか口から言葉が出て行かない。どんな大きな商談でも、気後れを感じた事などほとんど無かったと言うのに……。


「君がこのエイブラムと、酒場であったという話は本当かい?」


 コリーが少女に声をかけた。そう言えば、この男は酒場でも女性に気軽に声をかけられて、それでいて警戒されないという特技を持つやつだった。


「はい、コリー様。一度お会いさせていただきました。申し遅れました、私はマリアンと申します。つい先日ライサ商会に入ったばかりの新人です。よろしくお願い致します」


 書類の位置関係をずらさないようにしながら、卓の上に食事をおく場所を作りつつ少女が答えた。


「マリアンさん、改めましてコリーです。僕はまだ君によろしくお願いされる身ではないんだけどね。それより、さっきの君の発言は少し気になるな。どういう意味だい?」


「はい、私は商人として駆け出しも駆け出しの新人で口幅ったくはありますが、先ほどお二人が帳簿を見る姿を拝見しますと、逆境にこそ商機を見出そうとする、商人の姿そのものに見えました」


「どうだろう。帳簿があればその中身を確認したくなるのは僕らの癖と言うか、本能のようなものだよ。そんなだいそれたものじゃない。それに僕らはやっと自由になれたところだからね。何もこんな大店で、また苦労する気なんかさらさらない。エイブラムと二人で、どんな新しい商売をするか相談していたところさ」


「そうでしょうか? 本当にお二人で新しいご商売をはじめるつもりだったのでしょうか、エイブラム様?」


「ああ……」


 なぜだ、さっきまでコリーとそれで盛り上がっていたじゃないか。どうしてコリーと同じように答えられない?


「だよな、エイブラム……。おい、エイブラム」


「エイブラム様は、私に約束していただきました。私が自由に出来るお店を紹介させていただければ、それをお手伝いしていただけると」


「エイブラム!お前のあの与太話は本当か? 娘の胸を触ったぐらいでなんとかされる男だったのか?」


「そんなんじゃない!この子が言っていた……そうだ『信義』だ」


「信義?」


 コリーが怪訝そうな顔をしてこちらを見る。契約至上主義のお前からみたら信じられない言葉だろうな。


「はい。私が知っている場所では、商人同士が約定を交わす時には、自分の身代と名前をかけてそれに違わぬことを宣言します。ですが私にはかけるべき身代がありません。ですので代わりに私の心臓をかけさせて頂きました」


「エイブラム?」


「あ、ああ」


「ですのでイーゴリ商会に、この商会を救って頂くために、エイブラム様とコリー様についてこちらに移れるようにお願いさせていただきました」


「僕らがイーゴリを辞められたのは君のおかげということかい?」


「はい。そして「いいえ」です。お願いはしましたが、実際にイーゴリへのお願いは別の人に頼みました」


「イーゴリを辞められたことには感謝しているが、ここを引き受けるかどうかは別の話だ。僕らは外の人間だ。いきなり来て何が出来る?」


「お二人にはお好きなようにしていただけるよう手配してあります。先ほどの店主も含めてです。何も手出しはさせませんが、存在自体が邪魔だというのなら排除します」


「エイブラムは分からないが、僕にとってはほとんどだまし討ちみたいなものじゃないか? それに契約書も何もないんだ。僕らがそれを手伝う義務はない。それに大店なんてもううんざりだよ。これからは自分達で地道にやらせてもらう」


「コリー様も本当にそう思っていらっしゃるのでしょうか?」


「どういうことだい?」


「エイブラム様も、コリー様も大店で商人として修業を始められています。お二人の経験は大店に所属する者としてのものではないでしょうか? 一から商売を始めて、皆さんが本来の力を発揮できるようになるには、少し時間がかかりすぎるのではないでしょうか? そのための時間も力も、既にイーゴリで使われてしまっているのではありませんか?」


「エイブラム、君の与太話の通りだ。君は本当に見かけの年かい? 僕らの両親なんか、いや祖父母ぐらいの年齢なんじゃないか? それか噂にのみ聞く、穴の向こうからこちらに来ている魔族と言う奴じゃないのか?」


「エイブラム様にも答えましたが、見かけ通りの年です」


「エイブラム!」


 コリーがいい加減にしてくれと言う表情でこちらをふり返った。だが俺の表情を見ると、俺に向かって両手を上げて見せた。


「一つ聞かせてくれ。君はライサの縁者か? どうしてここを救う? 隠し事は無しだ。正直に話してくれれば、俺の能力の全てを使って、君の力になると約束する」


「違います。ですがしばらくは遠い縁者としてここに居る予定です。私の目的はただ一つです。カスティオール家のある方のお役に立つことです。私はその方の剣です。あの方の邪魔をするものは全て排除します。今のカスティオール家自体もあの方の邪魔です。立て直さなければなりません。そのためにはこのライサ商会自体も立て直す必要があるのです」


「そのある方というのは誰なんだい? それにどう見ても君は貴族には見えないが、カスティオールの落とし子か何かかい」


「違います。私はカスティオール家とは何も縁はありません。ですが灰の街で偶然に、カスティオール家の長女のフレデリカお嬢様とお会いしました。そして理解したのです。私の全てはその方の為にあると。それだけです。そしてお二人にはフレデリカお嬢様の為に力を貸して頂きたいのです」


「会っただけ? 本気か!?」


 コリーが驚いた顔をして少女を見ている。だが俺はコリーとは全く別の事を考えていた。そうか、俺がこの子に感じていたのはそれなんだ。この子がそのフレデリカというお嬢さんに感じたものと同じなんだな。『運命』という奴なんだな。


「俺達がここを立て直した後はどうするんだ。そのお嬢さんに捧げるのか?」


「いいえ、ここは今でも、そしてこれからもあなた方の店です。それは変わりません。ですがカスティオールがフレデリカ様の重荷にならないまでは、立て直していただかないといけません。それだけの事です」


「分かった。君の手伝い、いや、君との約束を守らせていただく」


「エイブラム!本気か!? 君は良くても、そのお嬢さんがよこせと言ったらどうするんだい?」


「お姉さまですよ。そんなことを言う訳がありません!」


 さっきまでの年不相応な冷静な表情が消えて、年相応の少女らしい怒ったような表情を見せた。


 どうやら本気らしい。しかし、この子がそのお嬢様に会っただけで、ここまで肩入れするというのは怪しいような気がする。だが今は細かいことを気にしても意味はない。全てが荒唐無稽な話にしか思えないのだから。


 だが心の中では、初めて商会に入った時のような高揚感を止めることが出来ない。それにこの子が言うそのお嬢様にも会ってみたい。


 おいおい、おれはこの年端もいかない娘の前で、一体何にときめいているんだ!?


「コリー、俺達の負けだ。俺達が一から商売を始めても、俺達がやりたいことをやれるようになるには時間がかかりすぎる。それに俺達はこの帳簿を見ながら真剣に何とかならないか考えていた。そうだろ、コリー」


「晴天の霹靂とはこのことだな」


「コリー、それはイーゴリを辞めた時にも言っていたぞ」

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