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鬱陶しい奴

 割り込んだ影はやはり背が高い男子生徒だった。


「ではいきましょうか?」


 胸に手を当てて、ものすごくキザっぽい態度でオリヴィアさんに手を差し出している。


『何だお前は?』


 思わず大声でお前じゃないと叫びそうになる。想定外の事態にイサベルさんの方を見ると、イサベルさんも呆気に取られて見ているだけだ。慌ててイサベルさんに指で小さく✕を送る。


 だがすぐに思い直した。ゴールで認めないと言ってもだめだ。それでは盛り上がりに欠けてしまう。そもそも剣の腕がいいとか言われて、自分からのこのこと出てくるとは一体どんだけ自惚れているんですか?


「ヘルベルトか?」


「なるほどやつなら剣の腕は折り紙つきだな」


 背後から不吉な声が響いてくる。お前たちはどこをどう見て腕がいいとか言っているんだ?


「何せこの前の国王の御前試合で、近衛の騎士相手に五人抜きをやって見せたんだろう?」


 いけません!このままではあのキザ男にオリヴィアさんが連れ去られてしまいます。


「やかん確保!」「帽子はこちらです!」


 他の組の借り物を確保したらしい声も響いてくる。ヘルベルト? どこかで聞いたことがある名前だ。そうだ運動祭の男子生徒の代表の一人で、あの嫌味男の腰巾着だ。それにさっき杖の件で乱闘騒ぎも起こしていた。おのれ、ここでも邪魔をしてくるのか。でもどうすれば……そうだ!


「競技審判からお知らせします!」


 とりあえず声を張り上げた。その声に全員が私の方を注目する。思わず足が震えそうになりますが、ここで尻込みする訳には行きません。オリヴィアさんがあのキザ男に連れ去られてしまいます。


「先ほどの競技で杖の借り物について競技の妨害がありました。ついてはその当事者のヘルベルトさんについては本競技への参加を失格と致します。借り物としても認めません。以上、よろしくお願いいたします」


 そう言うとペコリと頭を下げる。頭を上げるとイサベルさんが私に向かって親指を小さく立てていた。もちろんです。オリヴィアさんの恋の為なら手段を選ばずです!


「ちょっと待ってくれ!異議を申し立てる!どこにも妨害してはいけないなどと競技規則に書いていないぞ!」


 常識だろう。いいからお前はさっさとそこをどけろ!


「すぐに排除をお願いします。さもないと黒組を失格とします!」


 これはマジですよ!


「借り物をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 オリヴィアさんがそっとエルヴィンさんに告げるのが聞こえてきた。


「こちらこそよろしくお願いします」


 エルヴィンさんがはにかんだ笑顔を浮かべながらオリヴィアさんに手を差し出した。そして二人で運動場の真ん中の方へと戻ってくる。私の心臓もまるで我がことの様に高鳴ります。


「誰だ?」


「確か新人戦にでた新入生じゃないのか?」


「あの女に負けたやつか? 腕がいいというのは無理がないか?


 上級生の一部が声を上げた。そこのお前達は永遠に口を閉じていろ。さっきメルヴィ先生に遠いところに送ってもらうべきでした。それを決めるのは私達です。


「失礼します」


 そう言うとエルヴィンさんがオリヴィアさんを抱きかかえた。そしてゴールに向かって走り出す。ああ、なんと言うことでしょう。これは想定外です。でも眼福です。背後の赤組の女子生徒も「キャーキャー」言っているのが聞こえてくる。出来れば私も一緒に「キャーキャー」言いたいです!


「黄色い帽子。はい確認できました。一着、白組!」


 イサベルさんが順位を宣言した。残念ながらエルヴィンさんの必死の走りにも関わらず一着は取れなかった。ですが着順はどうでもいい話です。二人の世界を作ってもらうことこそが重要です。


 私はゴールした後で何やら話をする二人をうっとりと眺めた。そしてこちらを見るイサベルさんに肩をすくめて見せる。イサベルさんも少し首を傾げながらにっこりと微笑んだ。もうこの運動祭で個人的には思い残すことは何もありません。


「お疲れ様です」


 イサベルさんが私に声をかけてきた。あれ? ゴールの判定は? その位置にはエルヴィンさんに手を振ったオリヴィアさんがついている。


「フレデリカさんが次の走者ですよ」


「あっ、そうでした。思わず見惚れてしまって忘れていました」


「本当に羨ましいですね」


 イサベルさんも私の言葉に同意して頷いた。そして私の手を握ってくる。なんだろう? 私の手の中に何やら小さな紙片の様なものが渡された。


「これは私とオリヴィアさんからフレデリカさんへのささやかなお礼です」


「お礼?」


「はい。オリヴィアさんの様に上手に演技をお願いしますね。それとこれはちゃんと読み上げてください。読み上げなかったらお仕置きです」


 そう言うと、笑いながら私に向かって片目を瞑って見せる。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 だけどイサベルさんは私の問いかけを無視すると手を上げた。


「次の走者の方は準備をお願いします!」


 あの、完全に想定外です!そもそも私にはオリヴィアさんの様な自然な演技は無理です。それにお礼って、お礼って何です!?


「位置について」


 その声に慌ててスタートラインに移動した。


「用意、開始!」


 とりあえず前へ向かって全力で走る。動揺が収まらない私は白組と黒組の二人に先行されてしまった。皆さん、あのですね、最初の打ち合わせの時のやる気のなさは一体なんだったんですかね?


「夏服の上!」「学園の案内図!」


 先行した二人がそれぞれ借り物の内容を叫んだ。それに合わせて白組と黒組の人達があちらこちらへと動いていくのが見える。仕方がありません。一応残っていた白い紙をとるが、手の中でイサベルさんに渡された紙に取り替えるとそれを開けた。


「王子様!?」


 何ですかこれ!? 顔を上げると、視線の先ではオリヴィアさんがニッコリと微笑んでこちらを見ています。あのですね、二人とも何か壮大な勘違いをしていませんか? 確かにこの間は助けに来てくれましたけどね。助けに来なくても、あのおっさんを足腰立たないくらいにはできたと思います。それにあの男との縁はどう考えても腐れ縁です!


「借り物は何ですか!?」


 背後の赤組の場所からローナさんの声が響いてくる。背後を振り返るとスタート地点のイサベルさんともバッチリ目があった。イサベルさんも微笑んではいるが、私から見れば何かの悪戯に成功した子供の笑みの様に見える。何だかな!


「借り物は!?」


 ローナさんから再度聞かれた。もうこれは答えざる負えません。


「王子様です」


 再度聞いてきたローナさんに伝える。そうだ。この学園に王子様は一人じゃない。キース王子だって王子様だ。


「イアン王子、イアン王子はどこですか!?」


 ローナさんの声が響く。そっちじゃありません!


「キース王子を探してください!」


 ローナさんが不思議そうな顔をして私を見る。何だろう? 私の声にイサベルさんが手でバツをすると、人差し指をトントンと下に向けた。どうやら借り物の指示をよく見ろという事らしい。見ると「王子様」と書かれた下にさらに一文が添えられている。


「ただし、同一学年に限る」


 ちょっと待て!これはあまりにピンポイント過ぎませんか!? イサベルさんが指を刺している。その先にはなぜか不機嫌そうな顔をしている嫌味男が座っているのが見えた。仕方がありません。もうネタだと思ってやらせていただきます。私は彼のところに向かって駆け寄った。


「王子様の借り物です。ご協力いただけませんか?」


「何だ? せめて頭を下げてお願いぐらいはできないのか?」


 鳶色の目が意地悪そうにこちらを見る。


「はあ?」

 

「いいからさっさと来なさい!」


「ちょっと、ちょっと待て!」


 赤い鉢巻という事は赤組と言うことですよね。そもそも協力するのは義務です。


「案内板です!」


 背後で声が響く。黒組の誰かがどう見てもどこかの案内板を破壊して持ってきたとしか思えないものを差し出している。


「急げ!」


 私は嫌味男の手を引っ張って走り出した。ともかくここまでさせられているのです。せめて勝たねばなりません。相手は案内板を持っている。ただ走れば良いこちらの方が有利だ。だが前を走る生徒が案内板を持ち替えた。ちょうどそれが私の目の前に飛び出してくる。


『まずい!』


 体を捻ってそれを避けようとしたが、避けられた代わりに自分の足が絡まった状態になる。気がつけば私の体はねじれるようにしながら宙を飛んでいた。そして横に一回転しつつ、肩から地面へと落ちていく。だが誰かが私の体を受け止めると、私の代わりに地面へと落ちた。


「ドン!」


 地面から派手な音が響いてくる。倒れた私の顔の目の前で、鳶色の目が私を見つめていた。


「重い。さっさとどけ。追いかけるぞ!」


 彼の言葉に頷く。その通りだ。イアン王子は地面に派手にぶつかったはずなのに素早く立ち上がると、私の手を引っ張った。見れば相手はまだゴールしていない。どうやら先ほどの転倒の際に、向こうも案内板を一度地面に落としたらしい。


 今度は彼が私の手を引いて走り始めた。案内板の風の抵抗は大きい。黒組の生徒の背中があっという間に大きくなっていく。だけど相手も必死に走っている。追いつけるだろうか?


 えっ!彼が私の腕をさらに強く引くと、まるで私の体を抱き抱えるようにして最後の数歩を進んだ。私達の体が倒れ込むようにゴールの線を越えていく。


「一着、赤組!借り物は『王子様』、確認しました!」


 背後からオリヴィアさんの声が響いた。自分の組が負けたはずなのに、なぜかその声はとっても嬉しそうだ。そして私の耳には隣にいる人の心臓の音が響いている。なぜだろう。その音に心が安らぐ気がする。


「いつまで抱きついているんだ?」


「はあ?」


「そちらが私の方に腕を回したんですよね?」


「足が遅いからな。だがもう走り終わったんだ。腕をこちらに回す必要はない。さっさと離れろ」


「そ、そうですね!必要ありませんでしたね!」


 間違いです。先ほどの気分は明らかな勘違いでした。雨だれの音を聞いていると眠くなるというアレです。それに私の事を重いとも言いましたよね? 女性に対して失礼過ぎです。ここは例の手です。私は下げられるだけ頭を下げた。


「イアン王子様、ご協力いただきまして大変ありがとうございました」


 そして可能な限りにっこりと作り笑いを浮かべる。感謝感激雨あられです。これで満足か!?


「ちょっと待て、それは嫌味か!?」


 誰が待つか。競技は終わりました。お前もお前の腰巾着も鬱陶しすぎる!

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