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問い掛け

「申し訳ないが、少し話す時間はあるかな?」


 教室から出たエルヴィンは背後からかかった声に少し驚いた。陰口ならいざ知らず、自分に話しかけてくるなんて言うのはヘクターぐらいしかいないはずだ。だが自分に声をかけてきたのはヘクターの声では無かった。


 振り返ると、そこには自分と同じぐらい背が高い男子生徒が立っていて、朗らかな笑みを浮かべながらこちらを見ている。そして自分に対して右手を差し出してきた。


「初めまして、ヘルベルトと言います。君と同じ一年生で隣の紫組のものです」


「エルヴィンです。こちらこそ初めまして」


 エルヴィンも慌てて自分も右手を差し出してその手を握った。予想に反してその手の皮は厚い。そして剣の柄を握る場所に硬い豆があるのが分かった。


 間違いない。相当な剣の修行をして来た者の手だ。その相手に利き手を預けていることに、エルヴィンの剣士としての本能が手を引きそうになった。


「君の友人のヘクター君とは運動祭の打ち合わせで顔見知りでね」


 ヘルベルトと名乗った男子生徒は人懐っこい笑顔を浮かべながら話しかけてきた。なるほど。エルヴィンはその言葉に納得する。


「ヘクターなら生徒会室にもう向かいました」


「いや、ヘクター君に用事があるわけじゃない。君と話がしたいと思ってお邪魔させてもらった。この後で何か用事でも?」


『自分に用事がある?』


 エルヴィンはその言葉に驚いた。それと同時に警戒する。相手はただの生徒ではない。それが自分に興味を持つということは一体どういうことだろう。


「ええ。特にはありませんが?」


「手間は取らせないよ。ヘクター君から聞いたのだけど、君はアラン師の道場で剣を学んだらしいけど本当かい?」


「ええ、剣を学ばせていただいています」


「ヘクター君から聞いたとおりに君は真面目なんだな。俺はどちらかというとそう言うのが苦手な方でね。生徒同士だから敬語はやめにしないか?」


 そう告げたヘルベルトがエルヴィンに肩をすくめて見せた。


「そうでしたね」


「アラン師はこの王都では知る人ぞしる剣士。そこには龍虎と称される若い剣士が二人いると聞いたことがあるけど、その一人は君と言うことでいいのかな?」


「一体何の話です」


「本物が二人いるんだ。気になるじゃないか?」


 ヘルベルトはそう言うと、エルヴィンに向かってわざとらしく人差し指を振って見せる。


「どっちが龍でどっちが虎だろうかってね。俺の見るところ、君は龍だな」


「龍?」


「そうだ。彼と違って猫を被ったりはできないだろう?」


 そう言うと、エルヴィンに向かってニヤリと笑ってみせた。その姿がとても様になっている。ヘクターとは違う意味で間違いなく女性の興味を引く存在だろう。


「そもそもその呼び方自体が間違いですよ」


「そうかな。これでも一応は剣を振るう男でね。今度ぜひアラン師を紹介してもらいたいんだ。何せ伝説の人だからね。それに人嫌いという噂もある」


「そうですね。確かに人嫌いの人ですよ。でもそれならヘクターに……」


 そう言ったエルヴィンに向かってヘルベルトは首を横に振って見せた。


「いや、俺はぜひとも君に紹介してもらいたいんだよ。邪魔したね。今度は時間をとって剣の話でもさせてくれ」


 そう言うとエルヴィンに向かって軽く手を振ると、廊下の先へと歩み去って行こうとする。だが一瞬足を止めると、肩越しにエルヴィンの方を振り返った。


「何せ俺たちには色々と共通点が多いからね」


「あ、あの……」


 エルヴィンはそう声を掛けたが、ヘルベルトの姿はすでに廊下の角を曲がって消えている。


『共通点? 一体何の事だ?』


 エルヴィンは頭を捻ってみたが、思い浮かぶことは何も無かった。


* * *


「色々と差し障りがありまして、ご不便をお掛けしてすいません」


 そう言うと、シモンは校長室の不揃いな革の椅子に腰掛けている面々を見渡した。そこに座っているのは小柄な少女達だ。


「それについては仕方がない。だが君の鳥達は少し無作法ではないのかね? 今度私のところに直接乗り込んできたら焼き鳥にするからそのつもりでい給え」


 派手な色の異国情緒の服をきた浅黒い肌の少女が答えた。


「それは大変失礼致しました」


 シモンがその少女に向かって頭を下げる。


「ステファヌス、それについて彼を責めるのは筋違いなのではないかな? その様な振る舞いも彼の責任の一端だよ」


「表向きの振る舞いを我々にまでする必要があるのか?」


「もちろんだとも。老いても身の丈に合わない野心家で、虚栄心だけは一人前。元々の能力には欠けているが、政治的な駆け引きにだけは少しだけ長けている。そのような人物はいかにもいそうだろう。だからこそそれを演じるのはとても難しいのだ」


 黒い目と黒い髪を持つ、端正な顔の少女が浅黒い肌の少女に向かって口を開いた。そしてシモンを見る。


「そうだろう?」


「いえいえ、私の地でありますからさほどのことはありません」


 シモンが謙遜したように手を振って見せた。


「それよりも久方ぶりの本選抜だ。今回こそはよき器が見つかることを期待している。前回のような失敗は許されない」


「もちろんです。間もなく運動祭です。そこで皆さんに器の候補をご覧いただけると思います。それに今回は四侯爵家の者が学園に集いました。それにロストガルもおります。少なくとも期待は出来ると思います」


「四侯爵家? ウォーリス家の双子はまだ入学しては居ないのだろう?」


「オリヴィア・フェリエです」


「分家のものか? 血が流れていると言うだけでは意味がない」


「いえ、父親はローレンス・ウォーリスに間違いありません。念のために月のものの血でも確認しました」


「なるほど。双子で我らの目を欺いておいて、こちらが本命だったということか」


 今まで黙っていた少女が口を開いた。それはまるで少年のような刈り上げた髪をした姿で、片目には眼帯をしている。


「左様でございます」


「シモン、本命といえばお前はどう見ているのだ? 本物の器が居るとすればどれだと思う」


「それについてはまだ意見を差し控えさせていただきます。正直なところは分からないです。ですが……」


「ですが?」


「おそらくは金か赤のいずれかだと思います。各家の努力が実ったとでも言うべきでしょうか、姿形を見る限りでは完全な先祖返りです。しかしそれは本質ではありません。いずれにせよ私の意見などより、皆さんが直接にご覧になった方が確実かと思います」


 眼帯の少女がシモンの言葉を肯定する様に頷いた。


「そうだろうな。器とはそれ自体が輝きを放つものだ。やはり器を我々で作り上げようという試みは、今から思えば愚かだったとしか言いようがない」


「その時点ではそれが可能だと思ったのだ。それについてはお前も同意しただろう」


 黒い地肌の少女が眼帯の少女に反論した。


「全ては過ぎた事だ。器としての何かは血や肉に宿る訳ではない。むしろそれがダメだと分かったことを成果と捉えるべきだろう。もっと無駄な努力に貴重な時間を費やしたかもしれないのだ。封印が解ける日も近い。この地における時間はもう無い」


 黒髪の少女が二人を嗜めるようにその会話に割り込んだ。


「それよりも、コーンウェル達は問題はないだろうな? あれはあれで便利な者達だが、余計なことをするようだと困る」


 シモンが黒髪の少女に頷いて見せた。


「もちろんです。彼らは表の話を間違いなく心から信じております」


「表か。器は器で表も裏もないのだがな。いずれにせよ、この世界が誰のものかははっきりしているのだ。それに背くことなど誰にもできない。ましてや何者かに明け渡すなどあってはならない」


「おっしゃる通りでございます」


 シモンは少女達に向かって頭を下げる。そしてゆっくりと上げた。上げた視線の先では少女達が瞬き一つしないでシモンをじっと見つめている。シモンは椅子から立ち上がると、年齢を感じさせない動きでその一つを肩に担ぎ上げた。


「やれやれ、人間というのは本当に不便なものだな。年をとるとこれ一つ持ち上げるのも難儀な振りをしないといけない」


 少女の体は力なくシモンの肩からぶら下がっている。シモンはそれを担いだまま裏手の方へと回った。そこには似たような姿の少女達が並んで座っている。シモンはその中にそれをおろすと、少女の手を持って膝の上へと置いた。


「ギィギー」


 その動きに少女の体から何かが擦れるような軋み音が僅かに響いてくる。


「おや、油が切れかかっているね。そろそろ指してやらないとダメかな。そういえば、あれもそろそろ一度油を差してやらないといけない」


 そう言うとシモンは背後を振り返った。シモンの視線の先には並んだ少女の人形の間に、何も置かれていない小さな椅子が一つあった。


* * *


「おや、まだ使用人宿舎にいらっしゃるんですか?」


 トカスは人気のない食堂で一人食事をとる女性に声をかけた。


「教鞭を取られるようになったという話を聞いたのですが、私の聞き間違いでしょうかね?」


 無言の相手に向かってさらに言葉を続ける。


「私は家庭教師です」


 トカスが声をかけた相手がやっとその問いかけに答えた。


「そうですか? これまでの教師とは比較にならないと言って、我家のお嬢さんが絶賛していましたよ」


 そう言うと、トカスは相手の食卓の反対側に回り込んでそこにグラスを二つ置いた。そして懐から取り出した瓶から琥珀色の液体を注ぐ。そこからは古い森の中に佇む巨木を思わせるような豊かな香りが漂ってきた。


「ある人からもらったものです。大貴族の酒蔵にもない様な逸品ものですよ。学園の教師になられたお祝いに私から贈らせて頂きます」


 そう告げるとトカスは相手に向かってグラスを掲げた。


「お祝い? これはある種の懲罰のようなものだと思っているのですが?」


「懲罰? 学園の教授ですよ。それがどうして懲罰になるのですか?」


 トカスは目の前の女性に向かってわざとらしく首を傾げて見せた。


「そうですね。私としてもとても心外です。何せ明らかな誤解ですから」


「誤解?」


 トカスの問い掛けにロゼッタが小さく笑みを浮かべて見せた。そしてトカスが置いたグラスを取るとそれを口に含む。


「そうです。何処かの誰かが研究棟のある部屋に『永遠の腐敗の息吹』を放ったようです」


「それは大変ですね。しばらくその部屋は使えそうにない」


「術の行使自体は私がとやかく言う問題ではありません。ですがそれを行ったのが私だと思われているようなのです。困った事です」


「『永遠の腐敗の息吹』ですか? それを貴方が? あなたのような美しい人にはとても似合わない術ですよ」


「そうでしょうか? 魔法職の本質の様な術です。貴方も私も心の底には闇を抱えている。そうでしょう?」


「さあどうでしょう? 闇とは真っ暗ですからね。そこにあるのが本当は何かは誰にも見えません。だけど最近のここでのあれやこれやを見る限りにおいて、一つだけはっきりしていることがあります」


「何でしょう?」


「ここには魔法職が多過ぎですよ。それも紛い物なんかじゃない。本物の魔法職です。誰かが集めているんでしょうかね? それとも自分で望んで来ているんですかね?」


 口元に笑みを浮かべながら、トカスがロゼッタの黒い瞳をじっと見つめる。


「果たして貴方はどちらでしょうか?」


 その言葉にロゼッタのグラスを持つ手が止まる。


「酒のせいですかね。余計な事を喋り過ぎました」


 そう言うと、トカスはグラスの中を全て開けた。そして右手を胸に当てて、勿体ぶった仕草で瓶をロゼッタの方へと差し出すと、食堂の出口へと歩み去っていった。

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