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競争

「カーン、カーン!」


 お昼を示す鐘の音が教室に響き渡っている。私の耳にはロゼッタさんが教室を出て扉を閉めた音も響いてきた。その瞬間に机の上に体を投げ出す。


 もうだめです。学園に入る前の集中授業以来のロゼッタさんの質問攻めです。誰か犠牲者が必要なのは分かります。それに宿題を提出しなかったのも事実ですけど、ここまで私一人を標的にする必要はないと思うのですが……


「あ、あの、フレデリカさん?」


 背後からオリヴィアさんが声をかけてきた。


「はい。何でしょう?」


「大丈夫ですか?」


「いえ、だめです。もう動けません。いや何も考えられません」


「大変でしたね。でも新しい先生はとても素敵な方ですね。正直なところ、イラーリオ先生とは比較にならないと思います」


 頭だけを持ち上げて背後を見た。オリヴィアさんがうっとりとした表情をしているのが見える。どうやら私の事はついでで、ロゼッタさんについて話をしたいらしい。


「でも、どうしてフレデリカさんばかりに質問されたんでしょうか?」


 そう言うと首を捻って見せた。そ、そうか。皆さんはロゼッタさんに会った事がないから知らないですよね。私がオリヴィアさんに答えようとした時だった。何かの影が私の顔を覆った。イサベルさんだ。


 理由はよく分からないが、イサベルさんが腕組みをして私を見下ろしている。何だろう? いつものおっとりとした感じとはちょっと違う気がする。


「それはロゼッタ先生が、フレデリカさんの護衛役だからですよ」


 イサベルさんがオリヴィアさんの方を見るとそう告げた。あれ? イサベルさんには紹介したことってありましたっけ?


「護衛役ですか?」


 オリヴィアさんがキョトンとした顔でイサベルさんを見ている。そしてイサベルさんに向かって首を横に振って見せた。


「学園の先生ですよ。それがフレデリカさんの護衛役の方だなんて……」


 だがイサベルさんはオリヴィアさんの問いかけを無視すると、私の机の横へと顔を寄せた。


「バン!」


 さらに私の机に両手をついて私の顔を覗き込む。


「フレデリカさん、そうですよね?」


「はい。関係者ではありますが、護衛役かと聞かれればそうではないと思います」


 守ってもらっても居ますが、それが本職と言う訳ではありません。


「では何なんですか?」


 あ、あの、イサベルさん。普段の美少女ぶりと違ってちょっと怖く無いですか?


「家庭教師です」


「家庭教師? ありえません!」


 今度はイサベルさんが美少女に似合わない素っ頓狂な声を上げた。


「それで教えるのがとても上手なのですね」


 驚くイサベルさんの横で、オリヴィアさんが私の方を見ながらとても納得した顔をしている。そうですね、普段相手にしているのが私ですからね。教えるのはとっても上手だと思います。


「あんな素敵な先生にいつも学問を教えてもらえるなんて、とても羨ましいです」


 オリヴィアさんが羨望の眼差しで私を見ている。はい。生徒がオリヴィアさんなら間違いなくそうだと思います。ですが私が生徒だと、ちょっとというか、かなり微妙な感じです。思わずオリヴィアさんに苦笑いを返す。


 私の顔に再び影がかかった。どうやら先ほどの発言から、何処か別の世界に行っていたらしいイサベルさんが、この世に戻って来ると再び私の顔を覗き込んだ。


「本当ですか?」


「は、はい」


 私がイサベルさんに嘘をつかなくてはいけない理由など何もありません。


「元は王宮魔法庁にいらした方ではないのでしょうか?」


 イサベルさんがさらに私に顔を近づけつつ聞いてくる。王宮魔法庁? なんですかそれは?


「元魔法職だとは聞いたことがありますが、特に王宮魔法庁とかいう言葉を聞いたことはありません」


「そんな訳はありません!」


 あの、イサベルさん。顔が近いです。とっても近いです。まるで警備庁の巡査にでも尋問されているかの様です。オリヴィアさんも驚いた顔でイサベルさんを見ている。


「でもどうしてフレデリカさんの家庭教師のロゼッタ先生が、学園の教鞭をとっているのでしょうか?」


 オリヴィアさんが私とイサベルさんの間に割り込むように声をかけてきた。助かりました。このまま尋問されていたら、お昼を食べる時間が無くなった様な気がします。でも確かにそうです。王宮魔法庁とかはどうでもいい話です。それこそが謎です。


 これは授業中も授業が終わった後も、ロゼッタさんから勉強責めにされるということです。私のささやかな頭ではそれに耐えられるとは到底思えません。


 もしかしたら、これはイラーリオ先生が考えついた新手の仕返しなのではないでしょうか? 間違いなくそうです!あの陰険なおっさんの考えそうな事です。ですが恐るべしとしか言えません。一思いに殺されるよりもよほどに効きます。


「まさに地獄です」


「地獄ですか?」


 オリヴィアさんが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「すいません、心の声です。忘れてください」


「バン!」


 どうやら再びこちらの世界に戻ってきたらしいイサベルさんが、私の机に再度両手をついた。


「ともかく色々とはっきりさせないといけません」


 その美しい顔は正体不明の決意に満ち溢れている。


「フレデリカさん、前にお茶会の話をさせていただいたと思いますが?」


「ええ、侍従さんにお願いされたというあれですか?」


 あれはマリの話で、ロゼッタさんとは無関係だったと思いますけど?


「はい。おじいさまからもお茶会を開いて、学園の人達を招待するように言われていたのですが、正直なところ面倒なので無視するつもりでした」


「はあ?」


 お茶会とロゼッタさんと、ロゼッタさんにこだわるイサベルさんの全てがさっぱりだ。もしかして美人というのは美人同士で張り合う運命なのでしょうか? でも年齢が違いますので関係ないですよね?


「運動祭が終わった後で、お祖父様の言うとおりにコーンウェル家としての正式なお茶会を催させていただきます。もちろん、オリヴィアさんやフレデリカさんもご招待させていただきますが、正式なお茶会ですので、学園の先生方や主な方々、それに皆さんの関係者も併せて招待させていただきます」


 そう言うと、イサベルさんが私の方をジロリと見た。もしかして、私にロゼッタさんも連れてこいと言っています?


「あのですね、ロゼッタさんが出席されるかは……」


 ロゼッタさんが一緒ということは、私がその場で何かやらかす度にロゼッタさんから叱責されるということですので、出来れば避けたいのです。それ以前にロゼッタさんがそのような場に出るとは思えません。いや、絶対に出ないと思います。


「絶対にお願いします」


 だけどイサベルさんの目は恐ろしいぐらいに真剣だ。


「あのですね……」


 イサベルさんのコーンウェル家はどうか分かりませんが、カスティオール家における私はとてもロゼッタさんにその様なお願いができる立場ではないのですよ。どうやら私が言わんとしたことを理解したらしいイサベルさんが小さくため息をついた。


「分かりました。ではこうしましょう。今度の運動祭は残念ながらそれぞれ別の組で責任者です。負けた組の者が勝った組の言うことを一つ聞くということにしませんか? それが理由なら、フレデリカさんの為にロゼッタ先生も参加されますよね?」


「それは一位の人は二位と三位の方に、二位の方は三位の方に何かお願い出来ると言うことですか?」


 オリヴィアさんが確認するようにイサベルさんに問いかけた。つまり三位になったら、二人の言うことを聞くことになる。


「そうです。せっかくの運動祭ですので、その様な約束があった方が盛り上がると思います」


 イサベルさんはいつからその様な謎な提案をする方になったのでしょうか? それはどちらかと言えば私の役割の様な気がします。


「フレデリカさん、よろしいでしょうか?」


「あのですね……」


「それはいいですね。すごく張り合いが出ます」


 よく分からないが、オリヴィアさんも勝手に盛り上がっている。


「あのですね……」


「では決まりですね」


 さっきから「あのですね……」しか発言させてもらえていないのですが……どうしてそれで決まったことになるのでしょうか?


「運動祭は正々堂々と競い合うことにいたしましょう」


 そう言うと、イサベルさんが私に向かってにっこりと微笑んでみせた。だけどその微笑みには何故か凄みの様なものが感じられる。そして背後を振り返るといきなり声を張り上げた。


「白組の皆さん、本日の放課後に運動祭に向けての打ち合わせをさせていただきます。原則として欠席は認めません。よろしくお願いします」


 そして私達の方をふり向いた。


「では隣の組にも連絡してきます。申し訳ありませんが、お昼は先に食べていてください」


 そう告げると、教室の外に向かって颯爽と歩いていく。私は思わずオリヴィアさんと顔を見合わせる。だがオリヴィアさんも私に向かって両手をポンと打って見せた。あの、まさかですけど……


「そうですね。私もこうしてはいられませんね」


 そう言うと、すくっと立ち上がった。杖はというと机に立てかけたままだ。もう杖はいらないのだろうか?


「黒組の皆さんも放課後に運動祭の打ち合わせをさせていただきます。お手間は取らせませんので、よろしくお願い致します」


 そう告げると、教室の中に向かって頭を下げる。そしてやはり出口の方へ向かって歩いて行こうとした。その背中は初日に車椅子に座っていた人物と同じとはとても思えない。私は机に立てかけてあった杖を手に取ると、オリヴィアさんに差し出した。


「オリヴィアさん、杖を忘れていますけど?」


「あ、そうでした。忘れていました」

 

 振り返ったオリヴィアさんが慌てて杖を受け取った。そしてイサベルさんと同様に颯爽と部屋を出ていく。やはり杖はもういらないようだ。そこで何人かの生徒が私を見ていることに気がついた。


 やっぱり赤組も何かしないといけないですかね?

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