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役得

「フレデリカさん、オリヴィアさん、組分けはこれで良いでしょうか?」


 イサベルさんが表を私達の方へと差し出した。その表は何度も書き直しをしたために、灰色の染みがいっぱいついた謎な状態になっている。そこには橙組と黄組を運動祭の為の三つの組に分けた表が書いてあった。


 基本的にはこの間行われた体力測定での評価を基準に、3つの組に分けるらしい。そうなるとほぼ間違いなく貴族の出身が多い橙組は下の方に、そして平民出身が多い黄組がその成績の上位に来ていた。


 両者の中で一番の成績を取っているイサベルさんは、その中では明らかに例外だ。私はと言うと、諸般の事情により、オリヴィアさんと二人で最下位を争っている。


 最初は単純に成績順に振れば良いと思ったのだが、そうは行かないことに気がついた。家同士の相性の問題と言うとんでもないものが私達を待ち構えていた。要は大人の事情という奴である。


 この家とこの家は絶対に一緒にしてはいけないという謎の禁忌を考慮し始めた結果、とても単純な作業と思われた組み分けは、とても難解な作業へと変貌した。


 本当は男子生徒の家柄なども考慮しないといけないのだけど、それを考えたらもう絶対に不可能なので、とりあえずは女子だけで検討した。何度も書いては消してを繰り返した結果が、先ほどの灰色の染みのような表になっている。


「はい。十分です。これ以上何かを考えると、私の頭が爆発します」


「私もフレデリカさんに同じです」


「そうですね。こんなに面倒なことになるとは思いませんでした」


 イサベルさんもうんざりした表情で私達に答えた。


「世の中の家とかいうのを、全てなくしてしまいたくなりました」


 イサベルさんが私達に答えた。その表情はとても冗談を言っているようには思えない。それにこの顔はどこかで見た様な気がする。


 そうだ、ソフィア様だ。ソフィア様もそうだが、美人が冗談とは思えない事を真顔で言うと、とても恐ろしい気がする。もしかしたらイサベルさんも、実はソフィア様と同じ種類の人間なのかも知れない。


「本当に面倒ですね……ハハハハ」


 私は顔が引き攣りそうになるのを必死に抑えながら、イサベルさんに愛想笑いを浮かべた。そしてイサベルさんから視線を外して表を見つめる。


 それは二本の縦に引かれた線によって3つ、「赤」「白」「黒」に分かれている。それぞれの一番上には私達三人の名前が書いてあった。


 残念なことに代表の私達は役目上、同じ組みに入ることはできない。まだどの競技に誰が出るかを決める必要があるが、それは各組みの中で決めれば良い。


 肝心の表の中だが、当初の体力測定の結果を踏まえてとか言うのは完全に消え去り、この表の中はひたすらに政治のみを考慮した表に成り果てている。


 そのため、気ぐらいが高くて口うるさそうな人達はイサベルさんの組みに、そしてあまり文句を言わなさそうな人はオリヴィアさんの組みに、そして平民出身の有力な家の人が私の組みに多くいる。


 理由はカスティオールは彼女達の反発の対象になるような家ではなく、むしろ哀れみの対象であること。そして口には出さないが、元八百屋の私の方が彼女達とはうまく付き合えそうな気がするからだ。


 なので、私の組みの中には歓迎会の時と同様に、メラミーさんとローナさんも入っている。ローナさんはいいが、メラミーさんとはうまく話せるだろうか? 私の頭の中に中庭での一件が浮かんだ。いや、ドキマギしてしまって、とても話せそうにない様な気がする。


「今回ばかりは()同士ですね」


 イサベルさんが表を見ながら答えた。「敵?」いや単なる競争相手だと思うのですが……。イサベルさんが「敵」という言葉を使ったときに、何か力を込めたような気がするけど、気のせいだろうか?


「本当に残念です」


 オリヴィアさんが答えた。彼女としては体力的な事もあり、一人なのはまだ不安なのだろう。


「ですが、まだ仕事が残っていますね」


 イサベルさんがさらにうんざりした顔で呟く。


「はい。そちらの方が厄介かも知れません」


 イサベルさんの言葉に、オリヴィアさんも困ったような顔をして頷いた。


「自由競技ですか?」


「はい。何も思いつきません。一応は去年まで何をしていたかの資料は貰ってきたのですが?」


 そう言うとイサベルさんが紙の束を私達に差し出した。私はそれを手に取ると中身を見た。


「ダンス。ダンス。ダンス」


 思わずそこに書いてある内容が口から漏れた。ちょっと待ってください!


「も、もしかしてあの運動着姿で殿方と一緒に踊るのですか!?」


 勘弁してください!間違いありません、これは何かの陰謀です。これを企んでいる奴らを炙り出して、お仕置きすべき案件です。


「ええ、そう見たいです。婚約者がいる方はいいのでしょうが、いない私達がこれから相手を見つけるのは時間的に色々と難しいように思います。実際は婚約者がいない新入生はほとんど不参加になるというか、これが原因で運動祭り自体を欠席する方が多数存在するようです」


 その気分はよく分かります。だけど今回に限って言えば、代表などと言うのを仰せつかった身としては、当日欠席などという手段を取ることは出来ません。


 オリヴィアさんとエルヴィンさんをくっつける手段に限れば悪くはないのかも知れませんが、オリヴィアさんの体を考えても、いきなりダンスは難しい。それに申込みだの面倒な段取りもある。


 それにですね、自分のお披露目といい、アンのお披露目といい、ダンスというのは私には黒歴史そのものなんです!


「仕方ありませんね、今回もダンスということで……」


「いけません!」


 思わず口から声が出た。


「フレデリカさん、他に何か考えはありますでしょうか?」


 イサベルさんが私に問いかけた。えっ、そ、そうですね。言ってしまってから私は必死に考え始めた。婚約者とか面倒な事がなくて、男子生徒にガン見される心配がなくて、オリヴィアさんとエルヴィンさんをくっつけられそうな何か……閃きました。


「借り物競争です」


「借り物競争?」


 イサベルさんとオリヴィアさんの二人が、顔を見合わせてこちらを見る。


『えっ?』


 もしかしてこの世界には「借り物競争」なる競技は存在しないのでしょうか? フレデリカとして生を受けてからこの方、ずっと屋敷に引きこもっていたので、その辺りはよく分からない。


 私が前世で生きていた世界にはありましたけどね。あれ、これって本当にその世界のことだったのだろうか? まあ、そんな事は今はどうでもいい話です。


「借り物競争です。基本的には徒競走と同じですが、途中に借りてくるべきものを書いた紙を用意します。競技者はそれを借りてからゴールです。ゴールでその借り物が指示の内容と一致するかどうかを確認します。もし違っていたらもう一度借りてきてもらいます」


「競技の内容は分かりましたが、借りてくるものには何を書けばいいのでしょうか?」


 オリヴィアさんが私に問いかけてきた。いい質問です。それこそが今回最も大事な点です。


「やかんとか、指定した色のリボンとか、基本的にはその辺りで借りてこれるものを書きます。競技に参加していない人も、それを借りてくる為の手伝いをすることになりますから、皆んなで盛り上がれると思います」


「なるほど。それは面白いですね。私達の学年だけでなく、先輩達も参加した気分になれますね」


 イサベルさんも拳で手のひらを叩いて見せた。この人はとっても美人なのだけど、何故かたまにおっさんのような動きをする時がある。


「ここからが本題です」


 イサベルさんとオリヴィアさんの二人が、再び顔を見合わせるとこちらを見た。


「本題ですか?」


「はい、この競技にはオリヴィアさんにも参加してもらいます。本題とはオリヴィアさんが借りてくるものです」


「あの、それを先に明かしては不公平になるのではないでしょうか?」


 オリヴィアさんがおずおずと私に聞いてきた。何を言っているのですか、これは競技の公平、不公平なんかより遥かに大事な事です。


「オリヴィアさんが借りるのは、エルヴィンさんです!」


「え、ええ〜〜〜!」「な、何ですって!」


 二人の口から驚きの声が上がる。


「で、でもフレデリカさん、借り物に『エルヴィン』と名前を書くのはあまりにもあからさまではないでしょうか?」


「もちろん名前を直接に書いたりはしません。エルヴィンさんの特徴を書いておけば大丈夫です。そうですね、黒髪の背が高くて、かっこよくてですね、剣の腕が立って……」


「フレデリカさん、そこまで書いたら名前を書くのとほぼ同じではないでしょうか?」


 そうですか? この際、世間に向かってこれは私の彼氏だと宣言するぐらいの勢いがあっても良さそうな気がしますが?


「そ、そうです!」


 心なしかオリヴィアさんの声も震えている。


「まあ、黒髪で背が高くて、かっこいいぐらいでいいですかね?」


「かっこいいは主観的な問題ですので、せめて背が高いとか、髪が黒いぐらいでいいのではないでしょうか?」


 そうですかね? 似て非なる変なのを押し付けられたりすると困りますよ?


「そこは、オリヴィアさんの意向も含めて、後でよく検討しましょう」


「他に、他には何か考えは無いのでしょうか?」


 何でだろう。オリヴィアさんが必死の表情で私の方を見ている。他ですか? そうですね……


「一応は二人三脚と言うのも考えてみたのですが、こちらは単に一緒に競技をするだけなので、こちらからの押しが足りません」


「何ですか、その二人三脚というのは?」


 イサベルさんが私に問いかけた。えっ、二人三脚も知らないのですか?


「そちらはですね、隣り合った足を結んで、肩を組んで一緒に走ると言うものです」


「えっ、殿方と肩を組んで走るんですか?」


「はい」


 二人とも意味不明と言う顔をしている。言葉では分からないですよね。私は鉛筆を手に取ると、手近にあった紙にものすごく下手くそな絵を書いた。そしてどうして二人三脚なのかを示す。


 嫌な男でなければ、肩ぐらいはいいんじゃないですかね。まあ、太ももぐらいは触れるかもしれませんね。いや、イサベルさんなら、揺れる胸が当たりそうだ。いけません。


「やっぱり、危険すぎますね」


「そ、その通りです。とてもそんな事など出来ません」


 オリヴィアさんが涙目になっている。そうですね。ちょっと過激すぎですよね。


「でも、フレデリカさん、やはりこれは不公平な上に、私的な事情を持ち込んでいませんでしょうか?」


「オリヴィアさん、何を言っているんです。これは役得ですよ、役得!」


 こんな面倒な事を押しつけられているんですからね。このぐらいはさせてもらいます。それにですね、乙女の恋はこの世のありとあらゆるものに優先させるべき物です!


「では皆さん、一緒にどんな借り物がいいかを考えましょう!」

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