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後ろ盾

「フレデリカさん!」


「はい!」


「一体どう言うことですか!?」


 マリが腰に手を当てて、私の方をじっと睨みつけています。なんかそれほど昔ではない、いやごく最近にも同じような場面があったような気がします。もしかしたら、私は知らない間に時間を遡ってしまったのでしょうか?


「あのですね、相手が教師だと思って油断していました」


「教師だろうが、誰だろうが男です。決して油断などしてはいけません!」


 そ、それは正論ですけどね。ここは一応学校ですよ。前世での森の中ではありません。そんな目につく相手を片っ端から、こいつは自分の事を殺しにきたんじゃないかとか疑うのは無理筋です。とても生きてはいけません!


「その男に余罪があるのは間違いないのですね?」


「はい。ロゼッタさん。間違いないと思います。あまりにも手慣れていました」


「この件については、私の方から学園にカスティオール家としての正式な見解を要求することにします。生徒の安全を守るという最も重要な問題への対処が出来ていません。ですがフレア、」


「はい、ロゼッタさん」


「自分の身を自分で守るというのは基本中の基本です。その点についてはマリアンさんの言う通り、あなたにも反省すべき点があります」


「本当にすいません」


 その通りだ。私は素直にロゼッタさんに頭を下げた。


「ともかく無事だったのは何よりでした。あなたの手助けをしてくれたご友人達にも感謝すべきです。今日の学習は無しとします。今夜はゆっくりお休みなさい」


「はい、ロゼッタさん」


 私は体中の力を抜くと、テーブルの上に上体を預けた。その通りだ。私は全てを忘れて眠りにつく必要がある。それにともかく瞼が重くてしょうがない。


* * *


「ロゼッタさん。すぐに私の方でその男の元に向かいます。背後で誰が糸を引いているのかも含めて、洗いざらい吐かせた上で、その報いを十分に与えてやります」


 そう告げると、マリアンは背後の寝室の方をちらりと見た。フレデリカには良く眠れるように、弱い睡眠薬を入れたお茶を飲ませて眠らせてある。そうでもしないと、眠りに落ちる事などとても無理だろう。


「マリアンさん」


「何でしょうか?」


「それはその通りですが、背後を洗うのは不要です」


「どういうことでしょうか?」


 マリアンはそう答えると、ロゼッタの感情を全く表に見せない顔を怪訝そうに見た。


「ここは学園です。言うなればこの世界の縮図のようなところです。背後を洗っていくと、最後はここの全てを、あるいはこの世の全てを滅ぼす必要があるという事になります」


「一分一秒でもその男が、フレデリカ様をこんな目に合わせた者たちが未だに息をしているなど、私にはとても許し難いことです!」


「それについては異論はありません。その通りです。直接にフレアに手を出したのです。それも下衆な下心を持ってです。とても許される事ではありません」


 マリアンはロゼッタに対して深く頷いて見せた。


「おっしゃる通りです!」


「この件については、私に任せていただけませんでしょうか? これは学園内の学業に関する問題でもあります。私が対処すべき問題だと考えます」


「ですが!」


 だがロゼッタの視線の鋭さに、マリアンは思わず息を飲むと口を閉じた。


「マリアンさん。これでも私は相当に怒っているのです。理解していただけますでしょうか?」


「は、はい。ロゼッタさん」


「ではフレアの事をよろしくお願いします。側に居てあげて下さい。あの子も見かけよりも大分傷ついているはずです」


「承知いたしました」


 ロゼッタの言葉に、マリアンは素直に頷いた。


* * *


「どうして私がこんな罪人のような扱いを受けないといけないのだ?」


 イラーリオは目の前に座る男に向かって声を荒げた。肩は鎖骨が折れたのではないかと思うぐらいに痛む。それの治療もろくにしないで、こんな小部屋に推し込められるというのは全くもって理解できない。


「それに、どうして学園の職員に過ぎない君が私の前に座っている。学園長は何処にいらっしゃる? これはすぐにでも懲罰委員会を開いて、あの赤毛の娘に対する懲罰を決めるべき話だ」


「懲罰?」


「もちろんだ。学園の教員に対して生徒が暴力を振るったのだ。前代未聞どころの騒ぎではない。すぐに退学にすべきだ」


「正直なところ、私にはあなたが何の事を言っているのかさっぱり理解できないのだが?」


 イラーリオは苛ついた表情で目の前に座る金髪の(認めたくないが)美男子を見た。お前のような顔だけがいい男は、世間の常識など理解できていないのだろう。イラーリオは心の中で男に向かって悪態をついた。


「いくら王宮魔法庁からこちらに出向してきたばかりだからと言って、そのくらいの常識すら持ち合わせていないのかね?」


 だがイラーリオの嫌味にも、目の前の男は軽く肩をすくめて見せただけだった。


「私が学園の一職員に過ぎない点についてはその通りだが、あなたは既に学園の関係者ですらない」


「何だって!?」


 予想外の言葉に、イラーリオは思わず叫んだ。


「先ほど緊急の教授会が開かれて、あなたの解任を決定した。ああ、正しくは懲戒免職だ」


「懲戒免職!?」


 その言葉に、イラーリオは一体何の事か理解不能だった。


「当たり前だろう」


「何を言っているのだ? 私は補講をしただけだ。どうしてそれが懲戒免職になる」


「あなたは女子生徒を密室に閉じ込めて、淫らな事をしようとしたのだ。相手の抵抗により未遂になったので、懲戒免職で済んだのだよ。そうでなければ、司法省や警備庁に諮るべき案件だ」


「補講を嫌がった女子生徒の戯言を真に受けているのか?」


「戯言? カスティオールの、四侯爵家の長女だぞ」


「四侯爵家? 一体いつの時代の話だ。落ちぶれまくったカスティーオールが色目を使わせて、どこかの家と結びつくために送ってきたような娘だ」


 イラーリオは初日に教室で見た娘の姿を思い出すと、男に向かってそう告げた。その通りだ。初日から男子授業棟まで忍び込んできて、男に色目を使うようなあばずれだ。


「その様な発言をする事自体、あなたにはやはり教育者としての資格はない様だな」


「ふざけるな。お前に教育の何が分かる。ずっと甘やかされてきた者たちに学業を教えるというのが、どれだけ大変な事なのか、お前如きには決して分かるまい」


 イラーリオの言葉に男が呆れた様な、こちらを憐れむ様な顔をして見せた。


「これでも学園の卒業生でね。学業の大事さは分かっているつもりだ。それに今回の件については、この学園にいる三人の王族、キース王子に、ソフィア王女、そしてイアン王子も証言者だ。特にイアン王子は当事者だと言っている。あなたは王家にすら逆らうつもりなのかね?」


「王家? もちろんそんなつもりはない。だが皆まだ年端も行かない学生で、思い込みが激しいだけだ。教授会は一体どんな与太話を聞いているんだ。カスティオール如きがなんだと言うのだ」


 そう意気込んだイラーリオの前で、男が大きくため息をついた。


「私には与太話とはとても思えないがね」


「若造。君は誰にものを言っているのか分かっているのか? 私は学園の教授だ。すぐに私の後援者に連絡をとって、教授会で決定の差し戻しを要求してやる。すぐにここから出し給え。私は忙しいのだ」


「教授ではない。元教授だよ。それも懲戒免職になったね」


 イラーリオは頭に血が上るのを感じた。もう我慢ならない。


「お前も、私を首にした教授達も、全員を首にしてやる。私には有力な後ろ盾があるんだ!私を舐めるんじゃない!」


「誰に頼むつもりなのかは分からないが、私にも後ろ盾があってね。そういうのは大嫌いなのだが、あなたの様な人を相手にするのには役に立つのだろうな」


 そう告げると、男はイラーリオの方へ顔を寄せた。


「私の後ろ盾はコーンウェル侯だ。この学園に関する警備並びに事故の取り扱いについては、非公式ではあるが侯から一任されている。つまりあなたが私を相手にするということは、コーンウェル侯を相手にするのと同じ事なのだよ」


 コーンウェル侯? この世界では最も怒らせてはいけない人だ。イラーリオの顔から血の気が引いた。


「トン、トン」


 扉が叩かれて、若い事務員が部屋の中へと顔を出した。


「アルベール警備部長。お話中失礼します」


「何でしょうか?」


「学園長がお呼びです。急ぎではないそうですが、いかが致しましょうか?」


「こちらの話は終わりました。すぐに伺うと連絡をお願いします」


「はい。承知しました」


「私がここに来たのは、貴方にすぐにここから立ち去るように警告するためだ。誰かに手紙を書く暇があったら、すぐにこのまま学園から出て、この王都の中などではなく、なるべく遠くへ行くことだ。そして二度とここへは戻ってくるな。最もこの警告も、私は君の為に言っているわけではないがね」


 そう告げると、男は事務員と一緒に部屋から立ち去った。一人部屋に残ったイラーリオは蒼白な顔をしながら目の前にある質素な机をじっと見つめる。一体どうしてこんなことになったのだ? それにコーンウェル侯の意を汲んでいる?


「いや、そんな事はあり得ない」


 イラーリオの口から独り言が漏れた。あれはあの優男のハッタリだ。世の頭が空っぽな女達には通じるかもしれないが、私には通じない。それに金だ。後ろ盾から金を引き出して、それで教授達の頬を叩いてやらないといけない。


「こんな事で終わるわけにはいかない!」


 イラーリオはそう再び独り言を漏らすと、自分の研究室に向かうべく、その狭く何もない小部屋を後にした。


* * *


「イアン、迎えに行くとは聞いたが、殴ってくるとは聞いていないぞ。しかもこっちまで巻き込むとはどういう了簡だ?」


「行きがかり上、そうせざるを得ませんでした」


「自分の立場というものを少しは……」


「キースさん。間違いです」


 ソフィアがイアンに向かって、先ほどからずっと小言を言い続けていたキースの言葉を遮った。


「間違い?」


「そうです。イアンさん。よくやりました。姉として誇りに思います」


「おい、ソフィア。お前もイアンと同じで、法と秩序を否定するのか? 父上が聞いたら嘆くどころの騒ぎじゃないぞ」


 そう言うと、ソフィアに向かって大きく腕を広げて見せた。だがソフィアはそれを無視すると言葉を続ける。


 「私としてはむしろあの程度で済ませてしまったのは物足りなく思うぐらいです。二度と立てなくするぐらいでもまだまだ足りません。死罪すら生ぬるい。己がなした悪行を十分に後悔させて、贖罪の言葉を山ほど吐かせてから、その命を断つぐらいの罰が必要です」


 イアンはソフィアの顔をじっと見た。この人もあの赤毛と同じで、間違いなく本気で言っているし、その場にいたら間違いなくそれをやる人だ。


「それよりも、フレデリカさんは本当に何もなかったのでしょうか?」


「はい。心理的なものは分かりませんが、見た限りにおいては、身体的には何も問題はないように見えました」


「それは不幸中の幸いでした。新人戦での彼女を見ていなかったのでしょうか、あの男もフレデリカさんを舐めていた様ですね。今回はそれが良い方に働いたようです。キースさん」


「なんだい」


「これは大掃除をすべき案件ではないのでしょうか?」


「大掃除? 何を言っているんだソフィア。私達は単なる王子に王女だよ。肩書き的な権威はいざ知らず、何も実質的な権力は持ち合わせていない。むしろ大人しくその辺にいる全員に、適当に愛想を振りまいているだけに徹すべき人間だよ」


 キースの言葉に、ソフィアが首をゆっくりと振って見せる。


「キースさん、先ほども言いました通り、その考えは間違いです。そこにある問題を素通りして良いことにはなりません。それこそが将来に対する禍根そのものです」


 ソフィアの言葉に、今度はキースが首を小さく横に振って見せた。さらにため息までついて見せる。


「ソフィア、お前が女王になる予定がなくてよかったよ。お前が女王になったら、ありとあらゆる無駄と怠惰を粛清しそうだ。そうしたら最初に粛清されるべきは私だな。それに間違いなく内戦が起きる」


「キースさん、茶化さないでください。ですが……」


 そう言うとソフィアは口を閉じて、既に夜の帳が落ちた窓の外へと視線を向けた。


「一体何ですか?」


 その表情を見たイアンは、ソフィアに思わず問いかけた。その顔には微笑みらしきものまで浮かんでいる。だがそれは親愛の情を表したものでは決してない。


「あの男に報いを与えるべき件については、私達が特に手を出す必要はなさそうですね」


 イアンは自分に向けられたソフィアの顔を、背筋が凍る思いで見つめた。


「私よりも、もっともっと怒っている人がいますもの」

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