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却下

「では、全員宿題を記述したノートを、ページを開いて提出するように」


 イラーリオ先生はそう宣言すると、前の席の方から宿題のページを開いたノートを回収していく。まずい、まずいです。ここはお腹が痛いことにして退出するとか、何か逃げ出す手を考えるべきです。ですがノートを回収しながらも、イラーリオ先生は決して私の方から目を離そうとはしません。


 これは本当に単なる宿題の回収なのでしょうか? まるで前世で短剣を片手にマ者とやり合っていた時の気分です。間違いありません。私はイラーリオ先生に思いっきり目をつけられています。


 前の席の方からノートを回収してきたイラーリオ先生が、席が後ろの私達の方へとだんだんと近づいてくる。その顔はまるで黒犬が獲物を捕らえる事を確信したかの様な顔つきだ。


 先生はイサベルさんからノートを回収すると、その内容を一読して、「ふむ」と声を漏らした。その声には少しばかり残念そうな響きがある。そして身を固くしている私の横を通り過ぎると、後ろの席のオリヴィアさんのノートを先に回収した。


「オリヴィア君、君は長らく病に伏せていたと聞いていたが、それなりに勉強はしていた様だね」


 そう言うとオリヴィアさんの顔をチラリとみた。オリヴィアさんは顔に愛想笑いを浮かべているが、その顔は少し引き攣っているように見える。でもソフィア様にお会いした後でもきちんと宿題をするとは、二人とも流石です。


 そしてわざとらしく私の席の前を通り過ぎてから、踵でくるりとこちら側へと回わって見せると、先生が私の顔を覗き込んだ。


「さて、フレデリカ君。何が分からなかったのかも含めて、少しは理解できたかね?」


 そう告げると、私の方へと手を差し出した。何故だろう? 特に暑い訳でもないのに、その手はとても油ぎって見える。


「あ、はい。実は昨晩は体調を崩しておりまして……」


 何でもいいからともかく理由です。理由を述べて誤魔化すのです!


「体調? 今日の君の顔はとても健康そうに見えるがね?」


 そう見えます? 昨日の夜はマリとかなりやり合ったので、間違いなく寝不足な顔はしているはずですけど? それにこの乱れた髪を見てください。何かに病んでいる雰囲気満載のはずです。


「は、はい。女性ですので色々とありまして。それで宿題の方は……」


「おやおや、フレデリカ君。君は男子生徒へはとても積極的な割には、学生の本分である勉学に対する興味はとても薄いと見える」


『えっ!?』


 いつ私が男子生徒に積極的だったんですか!? 男子生徒の教室にいったぐらいで、積極的と言うことになるんですか? それにあれは相手の身の安全を守るためですよ。ほっとくとマリが何をしでかすか分かりませんでしたからね!


「で、宿題は出来ているのかね?」


「申し訳ございません。全く出来ておりません」


「ふーむ」


 イラーリオ先生がわざとらしく嘆息して見せる。


「仕方がありませんね。フレデリカ君については、本日の授業終了後に、内容が理解できる様になるまで、補講を受けてもらうことにしましょう」


 イラーリオ先生はそう肩をすくめて言うと、腕一杯にノートを抱えながら教壇の方へ歩いていく。


『な、なな……何て間の悪い!』


 イサベルさんとオリヴィアさんが口に手を当てて私の方を見ている。オリヴィアさんに至っては少し涙目になっている様にすら見えた。いや、これは不可抗力です。別に私の髪がとても残念だからと言って、逃げた訳ではありません!


* * *


「カーン、カーン!」


 午後の授業の終了の鐘が鳴った。それを待っていたかのように、イサベルさんとオリヴィアさんが口元に手を当てると、小声で私の方へ話しかけてきた。


「フレデリカさん、運動祭の会合はどうされるのですか?」


「そうです。私達だけではイアン王子様にお願いするなどとても出来ません」


 二人の顔は真剣そのものだ。そうだろう。私が二人の立場ならお前、こちらを舐めているのかという気分だろう。


「会合を理由に、補講を別の日程にしてもらう様にお願いして……」


 その時だった。何かの影が私達を覆った。その影の先を見ると、そこにはノートを腕に抱えて、口元に謎の微笑みを浮かべているイラーリオ先生がいる。


「君たちはコソコソと、一体何の相談かね?」


 イラーリオ先生が口元に謎の笑みを浮かべてこちらを見ていた。いけません、向こうに先手を取られています。


「あ、あのですね。メルヴィ先生から、本日は運動祭の会合がありまして、そちらに一年の女子の代表として、私達3人が出るようにと連絡を受けております。つきましては、補講は明日以降に受けさせていただく訳には行きませんでしょうか?」


「明日以降?」


 イラーリオ先生が片方の眉を上げて見せる。


「はい。それまでにきちんと予習、いや復習をさせて頂きます」


「フレデリカ君、私の補講と生徒会の会合とやらで、その会合の方が優先されると言いたいのかね?」


「イラーリオ先生、一年生の女子の代表が決まるのが遅かったそうで、それで運動祭に関する準備が遅れていると、ソフィア様からお聞きしました。それでメルヴィ先生からも心して参加するように仰せ使っております。先生の補講を蔑ろにするつもりは毛頭ありませんが、本日は私共と一緒に、フレデリカさんも会合に参加させて頂けませんでしょうか?」


 横からイサベルさんが助け舟を出してくれた。あ、ありがとうございます!持つべきものはやはり友達です。


「私としても、学園での生徒達の自主的な活動を蔑ろにするつもりはありません。ですがフレデリカ君一人しか居ないと言うのならいざ知らず、三人も居るのです。会合にはイサベル君と、オリヴィア君の二人が参加すれば十分でしょう。フレデリカ君には補講を優先してもらって、会合は欠席してもらいます」


「私達二人だけではとても役不足で……」


 オリヴィアさんもイラーリオ先生に向かって声を上げた。やはり、持つべきものは友達です。


「宿題も碌に出来ない生徒が参加しても、とても意味があるとは思えませんね。フレデリカ君、今すぐ私と一緒に来なさい」


 そう言うと、イラーリオ先生はその油ぎった手を伸ばして私の手首を掴んだ。何だろう。足の先から頭のてっぺんまで、言葉に出来ないおぞましい感覚が走る。まるで背中に毛虫がいっぱい乗って、這いずり回っているみたいだ。これはあの蛇もどきと戦った時と同じです。


 イラーリオ先生の手の油は、あの蛇もどきと同じぐらい気持ち悪いと言う事でしょうか? 思わず手を引いてその手を外そうとするが、その大きな手は私の手首をしっかりと掴んで離さない。


「あ、あの!」


 だが私が悲鳴を上げそうになるより早く、イラーリオ先生が私の手首から手を離した。そして片腕に抱えていたノートを両腕で持ち直す。


「何であの若造には助教が居て、私には居ないんだ?」


 小声でそう呟くのが聞こえた。どうやらイラーリオ先生は、ハッセ先生にはメルヴィ先生という、可愛らしい助教がいるのがとても羨ましいらしい。それはそうだろう。だけどそのイライラまで私にぶつけてくるのは筋違いな気がする。


「たとえその口からいかなる理由を述べても全て却下する。では、私の後について来給え。いいね」


 そう言うと、私に背を向けて教室の外へ向かって歩み始めた。どうやら何を言っても無駄らしい。私はイサベルさんとオリヴィアさんの二人に向かって、掌を顔の前で合わせた。全ては私が宿題をしなかったせいです。


 本当に、本当に御免なさい!

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