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三者三様

「あれ、もう戻ってきてたの?」


 私が自分の部屋に戻ると、部屋には明かりがついていて、マリが屋敷から持ってきたらしい色々な荷物の整理をしているところだった。


「はい。それにフレアさん、もう随分と遅い時間です。一体どこに行っていたのですか?」


「えっ? お友達のところでお勉強会をしていました」


「それならそうと、ちゃんと伝言を残しておいてください。心配しました」


 あ、そうでした。ロゼッタさんには言ったけど、マリには連絡するのを忘れていました。


「大丈夫ですか?」


 マリが少し心配そうな顔をして私の顔を覗き込んだ。


「え、何がですか?」


「とても疲れた顔をしていますけど。勉強会というのはそんなに大変だったのでしょうか?」


 疲れたなんてもんじゃありません。これに比べたら肝試しの目玉お化けなど大したことがないように思えます。いや、間違いありません。こちらの方が何倍も怖かったです。


「はい。それはもう、とてもとても大変でした」


 まだ制服を着たままですけどね、このまま寝台に飛び込んで眠りたい気持ちで一杯です。


「お疲れ様でした。お茶でもお淹れしましょうか?」


「いえ、頂いて来たから十分です。それよりもマリ、荷物ってこんなにあったの?」


 よく見るとマリの顔も少し疲れ気味だ。これだけの荷物ですからね、マリも十分に疲れてますよね。


「はい。これで替えの制服と替えの運動着も確保できました。やっと一安心です。それに冬用の肌着なども持って来ましたので、それなりの量になりました。馬車を使わせて頂いて助かりました」


「それは良かったです。屋敷のみんなも変わりなかった?」


「はい。アンジェリカ様から伝言を承っています」


「アンから?」


 マリの言葉に急に里心がついた気分になる。


「はい。お屋敷に戻られた際に、こちらでのお話をお聞きするのを楽しみにしているとのことです」


 う、うう。


「そ、そうですね。期待していますよね」


 何か、何か普通の事をしないといけません。このままでは屋敷に戻っても、アンに出来る話が危機管理や危険物の取り扱いに関する話だけになってしまいます。これは深く考えたら、間違いなく泥沼です。話題を、別の何かに話題を変えないといけません!


「何でしょう。いい匂いがしますね」


「はい。ハンスさんから花壇の薔薇を切り花にしたのを預かって来ました」


「薔薇ですか!?」


「はい。それはとても綺麗に咲いていました。ハンスさんが言うには、今年はカミラ奥様に負けていないとのことです」


 まあ、カミラお母様にはまだまだ勝てるとはとても思えませんが、今年は暇に任せて肥料やりと剪定を一生懸命やったからでしょうか?


「適当な花瓶が見当たらないので、まだ洗面台に置いてあります。明日どこかから花瓶を借りて……」


 マリが言い終わるより早く、私は洗面台へと飛び込むと、紙に包まれたままで小さなたらいに入れてあった薔薇に飛びついた。そこには真紅のバラが綺麗な花束になって置かれている。うんうん、今年は綺麗に花開いています。直接花壇を見れなかったのは残念ですが、こうして花を見れただけで十分に幸せです!


 私はその匂いを嗅ごうと、花束を腕に抱えて顔へと近づけた。


「パン!」


 小さく何かが破裂する音がした。なぜだか目の前が真っ白になる。


「げ、ゲホゲホ……」


 一体なんなのだろうか? 粉っぽい何かが私の顔へと降りかかって来た。洗面台の鏡には真っ白な顔になった私が写っている。


「フレアさん!」


 マリが慌てた声をあげて洗面台へ飛び込んできた。そして直ぐに私の手から花束を取り上げる。


「な、何!?」


 マリが顔についた白い粉を手で掬った。それはサラサラした何の変哲もない粉に見える。


「小麦?」


 マリの口から当惑した言葉が漏れた。


「あ、あのおっさん、まさかこんなところに!? それに本当にただの悪戯!?」


 マリの顔に怒りというか、当惑というか、私の言葉ではとても表現できない複雑な表情が浮かんでいる。それに先程の悪態を聞く限り、この悪戯の事情も知っているとしか思えない。


「一体何なの!?」


「何でもありません!」


 いや、そんなことはないでしょう!もしかして、トマスさんあたりの悪戯ですか? そう言えばこき使った分のお金をまだ払っていないですからね。


「フレアさん、どうしてもっと注意しないんですか!これが毒だったりしたらもう死んでいますよ!」


「えっ?」


 珍しくマリが声を荒げている。いや襟元を掴んでいます。何か私が悪いことでもしました? どちらかと言うと被害者そのものだと思うのですが?


「いや、だってハンスさんが用意してくれた切花ですよ。どうして疑わないといけないのですか?」


「この前もそうです。お化けに気を取られて適切な行動を取れていません。これでは命がいくつあっても足りません」


 命がいくつあっても足りないと言うところは同意しますが、お化けの件も私が悪いとは思えません。やっぱり私は被害者ですよね。


「これは悪戯を仕掛けた方を怒るべきで、私が怒られる必要は……」


「違います!フレアさん自身がもっと気をつけていただかないといけません!」


「あの、マリ。もしかして私に対して怒っていたりしますか?」


「はい」


 なんで? ちょっと機嫌が悪すぎですよ。


「もしかして今日は女の子の日ですか?」


「違います!」


「そうですよね。いたずらは困りものですが、今日はちょっと疲れましたので、顔を洗って寝ることにしませんか?」


「フレアさん、そうはいきません。制服も真っ白です。これで替えの制服がなかったらどうするつもりだったんですか? 明日から肌着で登校ですよ!フレアさんは注意力が散漫すぎます。それにですね、何でも信用し過ぎです!」


 もしかして屋敷に戻ったついでにコリンズ夫人と入れ替わっていませんか?


「お願いします!今日は、今夜はもう寝かせてください!」


* * *


「ただいま戻りました」


「お嬢様、お帰りなさいませ」


 扉を開けて出迎えた侍従のシルヴィアに向かって、イサベルは軽く手をあげて答えた。シルヴィアは扉を閉じると、素早くイサベルの背後に回って、制服の上着を脱がせる。


「お疲れの様ですね」


 シルヴィアがその明るい茶色い髪を揺らしながら、油灯りの火に黄色く見える目でイサベルを覗き込んだ。この子はいつも朗らかだ。そしてその微笑みには人を安心させる何かがある。


『フレデリカさんの微笑みに似ている』


 イサベルはシルヴィアの顔を見ながらそんなことを思った。


「ええ、とても疲れました」


「うまくいかなかったのですか?」


 シルヴィアは少し心配そうな顔をすると、イサベルに問いかけた。


「いえ、手紙の件については無事に依頼できました。ですが……」


 そう告げたイサベルの顔が曇る。


「ですが?」


「一年生の女子の代表とか言うのを仰せ使って来ました。屋敷に引きこもっていた身としてはとても出来るとは思えません。困りました」


「コーンウェル家ですので、その様な役がまわってくるのは仕方がないのではないでしょうか?」


「そうですね。正直なところ、私には家柄とかにあまり意味があるとは思え無いのです。でもこんな事を言ったらお祖父様に怒られてしまいますね」


「お嬢様だけは旦那様から怒られることなどないと思います」


 シルヴィアはそう言うとクスリと笑って見せた。こんな仕草を見せてくれるのはこの子だけだ。屋敷では誰もが自分の事を腫れ物でも扱うかのようにしている。イサベルはそれを思い出すと、この学園に居られるだけでも相当に気が楽になっている事に気がついた。


 ここでは屋敷に居たときみたいに人形の様に振る舞う必要はない。それどころか毎日何かについて、心から笑って過ごせている。代表になったぐらいは我慢すべき事なのかもしれない。


「私から見ても、お祖父様はとても怖いですよ。でも今日はお祖父様よりも怖い方に初めてお会いしました」


「えっ? 旦那様より怖い方ですか? 他にどなたかいらっしゃったのでしょうか?」


「はい。アメリア様がいました。でもアメリア様ではなく、ソフィア様です」


 イサベルの答えにシルヴィアが当惑した顔をする。


「ソフィア様ですか? 私達下々の間では、ソフィア様は私達の様な者達にも分け隔てなく接してくださって、とてもお優しい方とお聞きしておりますが?」


「その点についてはその通りだと思います。ですが恐ろしい人です。何を考えていらっしゃるのかはよくは分かりませんが、色々な事を深くお考えの様です。何を考えているのかよく分からなくなると言う点では、フレデリカさんもたまに同じですけどね」


 そう言うと、イサベルは小さく含み笑いを漏らした。


「まあ、代表には私だけでなく、フレデリカさんもオリヴィアさんもなりましたから何とかなるでしょう」


「フレデリカ様と言えば、お願いしていた件についてはどうなりましたでしょうか?」


「あっ、マリアンさんの件ですね。それはフレデリカさんの方で快諾していただきました」


「それは本当に良かったです!お嬢様、お茶会の開催を可急速やかにお願いします」


「はい、分かっています。でもソフィア様は噂通りに鋭いお方ですね。こちらが隠しておこうと思ったことも全部バレてしまいました」


「隠し事とかあったのですか?」


「ええ、大したことではないのですが、フレデリカさんのお弁当の件もばれてしまいました。でもエルヴィンさんからお礼のお手紙をもらった件は何とか隠し通せたみたいです」


「お礼のお手紙ですか? 初耳です。どのような内容だったのでしょうか?」


「あれ、言っていませんでしたっけ? もう、シルヴィアはその手の話が本当に好きですね」


 シルヴィアがイサベルに向かって頬を膨らませて見せた。


「お言葉ではございますが、お嬢様もその点については私と変わらないと思います。ぜひ教えていただけませんでしょうか?」


「『違います』と言い返したいところですが、あなた相手では無理ですね。エルヴィンさんは剣を習っている殿方にしてはとても綺麗な字を書かれる方で、丁寧に試合のお詫びを書かれていました。妹さんがいらっしゃるそうですが病に臥せられているようで、その妹さんが是非にフレデリカさんにお会いしたいと言っていたと書いてありました」


「妹さんですか?」


 イサベルの言葉にシルヴィアが少し怪訝そうな顔をする。


「はい。それにフレデリカさんがお昼に伺った時にはとても質素なお弁当だったと言っていました。もしかしたら、お家は裕福とは言えないのかもしれません。フレデリカさんが自分のお弁当を渡したそうで、その愛情たっぷりのお弁当についてのお礼も書いてありました」


「あ、愛情たっぷりですか!?」


「それはどうやら間違いだったそうです。本当は朝食の残りをお渡しするつもりが、初日なので侍従の方が相当に気合を入れて作ったお弁当の方を渡してしまったそうです。後でとても怒られたとおっしゃっていました」


「マリアンさんからの気合が入ったお弁当……」


「何か?」


「いえ、お弁当についてはちょっと羨ましいと思っただけです。それよりもお嬢様、これは相当に問題山盛りです」


「えっ? 何が問題なのでしょうか?」


「分かりませんか?」


「はい。さっぱりですが」


 イサベルはシルヴィアに向かって首を傾げて見せた。それを見たシルヴィアは人差し指を立てると、イサベルに向かって小さく横に振って見せる。


「お嬢様、そんな事では殿方の心を掴むことなどできません。それはさておき、エルヴィンさんはフレデリカさんに妹の事を書かれたのですよね?」


「はい」


「単なるお詫びや御礼ではなく、自分の家族の事、それも一番大事に思っている家族の事をわざわざ書いて来たのです。それも会わせたいです!」


「えっ……もしかして、もしかしてですが……」


 シルヴィアの言葉にイサベルの顔が昂揚する。その顔は耳元まで真っ赤だ。


「はい、お嬢様。間違いありません。そのエルヴィンさんという殿方はフレデリカ様のことが好きなのです!」


「シルヴィア、これってまさか!」


「そうです。三角関係です!」


* * *


「お嬢様、お疲れではありませんか?」


「イエルチェ、大丈夫です。寝台で苦しんでいた時の事を思えば、このぐらいのことは大した事ではありません」


「ですが、お身体には十分にお気をつけください」


「はい」


 オリヴィアはイエルチェの言葉に素直に頷いてみせた。


「イエルチェ」


「はい。お嬢様」


「私はやはり欲深い人間なのでしょうか?」


「そうでしょうか? これまで指一本動かすことすら我慢されて来たのです。その事を考えれば、お嬢様が何を望まれたとしても、それは欲深いとは言えないのではないでしょうか?」


「それでもそれが私の欲であることに変わりはありません。でも待っているだけでは何も変わることはないですよね」


「はい。おっしゃる通りです」


「ならば、たとえ相手がフレデリカさんであろうとも負ける訳にはいきませんね」


「はい。お嬢様」


 オリヴィアはイエルチェに向かって小さく頷くと、手にした杖を彼女に渡した。そして窓際に向かってしっかりとした足取りで歩いていくと、外をじっと眺める。窓に映るオリヴィアの白い顔には、入学式の時の様な弱々しい表情はどこにもなかった。

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