似た者同士
「そうはいかない。あの店が誰の店か知っているのか?」
「さあ、誰のかしら? でも店から出てきた男達をみる限り、堅気の店でないのは確かね」
「その通りだ。あれはアルマの店だ」
「アルマ? 何処かで聞いたことがあるような気もするけど」
「この王都の顔役、それも上から数えた方が遥かに早いやつだよ。それの隠れ蓑の一つだ。それだけじゃない。ミランダ姉さんが駆け出しだった頃に、ほんの一時だが一緒にやっていた時がある」
「母さんが?」
「そうだ。だがやり方が酷すぎて、喧嘩別れのようになった。ミランダさんの地盤を掠め取ったのがモーガンなら、やり口をもっとヤクザらしく徹底してやって見せたのがアルマだ。それにバリーとも繋がりが深かった。種類は違うが、ギルドの窓口をやっていたからな」
「ギルド?」
「誘拐ギルドだ。その脅迫や身代金のやり取りをアルマが仕切っている」
「それは厄介な相手ね」
「アルマの専門は脅迫だ。誘拐はその手段の一つに過ぎない。もっともあの女自体がとても人とは思えない奴だよ。どんなお涙頂戴話だろうが、あの女には全く通じない。むしろ人の悲しみが、そして壊れていく様を見るのが楽しくてしょうがないという手合いだ」
「こちらの常識が通じないというのは、やっぱり厄介な相手ね」
「この王都の顔役をやっているやつなど、誰一人としてまともな奴などいないがな。だがアルマも内心では相当に焦っているはずだ」
「何か弱みでもあるの?」
「ある意味、アルマの商売はバリーの商売と一括なところがあった。何せともかく恨みを山程買うからな」
「なるほど。恨んで仕返ししそうな奴はそこから巻き上げた金で、その筋にかける。その筋が商売繁盛した訳ね」
「そう言う事だ。だからバリー自体はどうでもいいが、その筋が飛んだのはアルマにとっては死活問題だ。バリーの件も含めて、誰が裏で糸を引いているのかを必死に調べている」
「でもどうしてまだ生きているの? その筋が居なくなったとなれば、皆がこぞってお礼参りに来るのではなくて?」
「毒、あるいは病気を使っているらしい」
「毒?」
「さっきも言っただろう。誘拐はあの女の手口の一つに過ぎない。どうも毒、あるいは病気にして、そこからの回復を条件に脅迫しているらしい。例の筋が飛んで以来、そちらを主に使う様になったらしい。前にも噂はあった。何でも眼の前であっという間に弱って行く。それはともかく悲惨だという話だ」
「アルマ自体が魔法職か何かで、術でも使うの?」
「さあ、それについては全くの正体不明だ。何処かの大貴族がそれを治す為に、有名な医者から魔法職まで色々と集めても、全く原因が分からなかったらしい。だから未だに生き残っている」
「碌な奴じゃないのは確かね。ところで、あなたもそのまともな奴じゃない一人ということよね。ロイス、あなたがまともでない理由は何?」
「俺か? もちろん俺もまともじゃない。何せあんたのためにこんな仕事をやっているんだからな。他のやつから見たら気が狂っている以外の何者でもない」
「私のため? 本当かしら? 男が女の前でよくつく嘘の一つではないの?」
「お前は本当に耳年増だな。そうだと言えれば楽なのだが、こればかりは本当だ。ミランダ姉さんの時の間違いは二度としない」
「間違い?」
「そうだ。俺は優先順位、いや自分の存在する理由自体を間違えた。俺はお前の為だけに働く。それ以外は一切考慮などしない」
「ロイス」
マリアンはそう言うと、ロイスの顔をじっと見つめた。そこにはロイスの前でいつも見せる、少し拗ねたような態度は微塵もない。
「なんだ、改まって」
「あなたが私の父親だったら、本当に良かったのに」
マリアンは少し顔を伏せると、そうロイスに告げた。
「何を言っている。熱でもあるのか? それにミランダ姉さんは俺より年上だぞ」
マリアンのセリフを受けたロイスが、珍しく慌てたようなそぶりを見せる。
「本気よ。本当にそう思う。どうして母さんはあんなクズのような男を選んだのかしら?」
「さあな。俺にとっても永遠の謎だ」
そう言うと、ロイスはマリアンに向かって肩をすくめて見せた。マリアンからはその目は少し寂し気に見える。
「辻褄が合わない。きっと何かある。ロイス、あなたは嫌かもしれないけど、母さんのことを洗って頂戴」
「そうだな。俺もお前もいつまでもミランダ姉さんの事に背を向ける訳にはいかない」
「そうよ。母さんは母さん、私は私。あなたはあなたよ。だけどロイス、私とあなたは似たもの同士ね」
「似たもの同士?」
「そうよ。お互いに自分より大切なものを持っている」
「あんたにとってはあのお嬢様だな。だがなんであんたがあのお嬢さんに……」
「ロイス、その質問は後にして。話が長くなる。それよりも大事な話があるの。あの馬車に連れ込まれた女達よ」
「お前の知り合いか?」
「知り合いというほどのものじゃない。同僚とでも言うべきかしら? 学園の侍従よ。それも札付きの方のね」
「それで背伸びしてあの店に入ろうとしていたのか。だがそれがどうした?」
マリアンはロイスの目を見れずに、思わず俯いてしまった。そしてかんだ唇からは少し血の味もする。
「私の未熟よ」
「未熟?」
「そう、フレデリカ様のことを馬鹿にされて、少し頭に血が昇ったの」
「どういうことだ?」
「手土産を寄越せと絡んできたから、金貨を1枚くれてやったわ」
マリアンの言葉に、ロイスの顔色が変わった。
「金貨って、まさかバリーのところから火事場泥棒したやつか?」
マリアンはロイスに向かって小さく頷いて見せた。
「警告はしてやったの。卒業までは使うなって。それに王都の外で使えってね」
「まるで使えと言っているようにしか聞こえないな。言っていることは大人びていても、やっていることはまだまだ子供だ」
ロイスはそう言うと、マリアンに向かって小さくため息をついて見せた。
「ごめんなさい。このままだと学園にいるフレデリカ様に迷惑をかけてしまう。それだけは絶対にだめ。違う。それは嘘よ。フレデリカ様にバレたら、私はあの人から軽蔑される。それを恐れている」
そこまで告げた所で、マリアンは大きく頭を振った。
「それも嘘、フレアはきっと私と一緒にその罪を償おうと言うわ。あの人は絶対にそう言う。私は何て愚かな事をしたのかしら」
両手で顔を覆ったマリアンの肩に、ロイスの手がそっと触れた。
「心配するな。人の話をちゃんと聞いていたのか? 言っただろう。俺はお前のためだけにいる」
ロイスの言葉にマリアンは顔を上げた。
「ロイス、そう言えばどうしてここに? 私をつけていたの?」
「お前を見張っていたと言う点で言えば、学園を出るところからだ。だが俺がここにいたのは別件だ。偶然だよ。アルマから顔を出せとしつこく言われてな。とりあえず顔だけ出すつもりで来たのさ。だがこれで顔だけ出して帰る訳にはいかなくなったな」
「あなたが首を突っ込むと……」
マリアンの言葉に今度はロイスが首を振って見せた。
「バリーの件については、アルマもうすうすは気がついているさ。遅かれ早かれバリー同様にアルマとも決着をつけないといけない。悠長に構えていたら、向こうが先にこちらを潰しにくる」
「そうね。私も逃げ回るのは性に合わないわ」
「最も力は向こうの方がはるかに上だ。だがこの件がアルマの遊びのうちなら、まだこちらに付け入る隙がある」
「でもどうやるの?」
「ともかく下手に出て、向こうの懐に飛び込むさ。それでいて、その侍従達を解放した者が同時に居れば、こちらを疑う。だけど下手に出ていながら、全くどうでもいい者たちに手を出すのは辻褄が合わない。そこに興味をもたせるんだ」
「それでどうにかなるとは思えないけど?」
「アルマ以外ならそうだな。だがあの女は自分が興味を持つかどうかが全てだ。つまりは面白いかどうかだよ。それが不自然だと思えばこちらに興味を持つ。お前の事も探ってくるし、学園の侍従で女共と繋がっている事もすぐに知る。だけどこちらが危ない橋を渡る理由は全く不明だ」
「分かったわ。要するに派手にやって、わざと興味を引く。そしてこちらの土俵に乗せろということね」
ロイスがマリアンに向かって頷いて見せた。
「学園にいるお前に直接手を出す訳にはいかないから、時間は稼げるはずだ。その間に決着をつける」
「分かったわ。だけどロイス、心配しないで」
マリアンはいつもの少し拗ねた様な表情に戻ると、そうロイスに言葉を返した。
「舐めてかかるんじゃない。あの女の手口から言って油断は出来ない。誘拐するなり、学園内の誰かを脅迫するなり、搦手から来る」
「そこじゃないわよ」
「何がだ」
「あなたがアルマとか言う女と何があっても、決して不潔とは言わないわ」