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後始末

「囚人を連れてきました」


 囚人を連れた刑務官たちは、真っすぐにアルベールの方へと向かって来ると頭を下げて挨拶した。


「早朝からご苦労様です。王宮魔法職のアルベールです」


 アルベールはこちらに声をかけてきた刑務官に対して挨拶を返すと、軽く頭を下げた。刑務官達から見れば、彼が王宮魔法職という役職を口にしなくてもアルベールが何者なのかはすぐに分かる。


 銀鎖をつけた黒い外套を羽織り、手に杖を持つ姿は王宮魔法職そのものだ。それゆえに彼らは迷うことなく、真っすぐにアルベールの元へと向かって来た。


 アルベールは刑務官の背後で、縄を打たれて荷馬車に乗せられ、連れてこられた男に目を向けた。刑務官はアルベールの視線の先に気がつくと、背後を振り返って口を開いた。


「そちらこそ早朝からご苦労様です。強盗で捕まった男です」


 男は40は優に過ぎているだろうか? もしかしたら、50に手が届くかもしれない。髭づらの小柄な男だった。刑務所での取り扱いが雑だったのか、男の方からはすえた匂いが漂ってくる。


「押し入った家で女子供まで殺した男ですからね、贄になって当たり前の奴ですよ。すみませんが、こちらに署名をいただけませんでしょうか?」


 アルベールは刑務官に対して頷くと、書類に署名を入れて返した。そして荷馬車を取り囲んでいた王都警備官の男達に向かって、顎をしゃくって見せる。警備官達が荷馬車から手荒く男を引きずり下ろすと、現場に向かって男を連れて行った。


「アルベール卿、準備が完了しました」


 アルベールは背後から声をかけてきた、若い男の方を振り返った。


「エドガー、害者の身元は分かったか?」


「ギルドの方にも当たってみましたが、該当する人物はいませんでした。『はぐれ』ではないでしょうか?」


 若い男は身元の照会について、あっさりと諦めて見せた。この黒髪の若い童顔男に対して、アルベールは心の中でため息をついた。そんなに簡単に諦めてどうするんだ?


「はぐれの魔法職なんてのは、そうそういるものじゃない。ましてやここは王都だぞ。どこかの田舎とは違う。おそらくは『崩れ』だ。まだギルドに籍だけは残っている可能性が高い。しばらく音信不通だった奴で、該当しそうなやつを洗いなおせ。それとここ数年の王都での魔法職が関わっていそうな殺しの件もだ」


 アルベールは、地面にまだ残っている血だまりを見ながら若い後輩に告げた。


「はい、アルベール卿。了解です。ですが贄は一人だけで十分でしょうか? 三人、せめて二人は必要ではないでしょうか?」


「『黒蝕』程度の使い魔を呼ぶために開けた穴だ。一人分で何とかして見せろ。それで足りないようなら、自分の魂をささげるんだな」


「ええ、おっしゃる通り、穴自体は『黒蝕』を呼ぶのに開けた穴だと思うのですが、本当にそれだけでしょうか?」


 そう言うと、エドガーは首をすくめて辺りを見回した。


「どうも気分が良くありません。そっちは囮か何かだったんじゃないでしょうか? 何かもっととんでもないものが呼ばれたような気配がするのですが……」


 言いよどむ駆け出しの男を見ながら、アルベールはこいつは見かけは軟弱に見えるが、思ったより筋がいいのかもしれないと考えを改めていた。


 お前の言っている事は正しい。少し前にある人が、ここで『昏き者の御使い』を呼び出している。お前が言う、そのとんでもない気配というのはそれだ。


「そんなことより封印柱の確認は大丈夫か? 向きが間違っていたりしたら、引き込まれるのは我々だぞ。その時はお前を贄にして穴をふさいでやる」


「はい、アルベール卿。二度確認しました。贄を配置してから再度、自分の目で確認します」


「それがいい。それと辺りの警戒の手配も忘れるな。術中に何か起きても同じことだ」


「はい、了解です。」


 杖を片手に『穴』の方へと向かっていく後輩の後ろ姿を見送ると、アルベールは土手の向こう側に広がる、灰色の屋根を持つ小屋、川から流れ着いた廃材を主に組み立てられた、小屋の群れを眺めた。


 王都の者達が「あの灰色の街」と口にする小屋の群れだ。その台詞が口から出るときに、それを良い意味で使う者などいない。そのあとには、「狂った」とか、「危険な」などという言葉が続く。


 同僚の誰かが酒に酔った時に、この街の住人皆をどこかの大穴の所に連れて行って、それを塞ぐのに使うべきだと言ったが、そのような冗談にできる街だ。だがそのような冗談は、酔って口に出していい類のものではない。アルベールはその男に対して、その場で十分な教訓を与えてやった。


 ここで術を行使した奴は、この街の誰かを狙って、返り討ちにあったという事か? それとも怨恨か? ここの住人ならどこかで何かをやらかして、そのような恨みを買うことはあるかもしれない。


 ついこの間も、あの人がここの子供に対してやったようにだ。あの人も全く変わっていない。本当に手加減というのを知らない人だ。だがこれは、そんな単純な話なのだろうか?


 魔法職は世間の人間が思っているほど、荒事に向いた職業ではない。魔法を使うには準備が必要だし、術の行使には極めて危険が伴う。


 そもそも他の世界との間に穴を開けて、そこから力を引き出そうというのだ。そう簡単に行使するようなものじゃない。だから暗がりで襲われでもしたら、普通の人と同じであっさりと死ぬ。人を殺すならナイフ一つの方がよほど手間が無くて確実だ。


 だが準備に使う時間が十分あり、相手の動きがあらかじめ読めているのであれば話は違う。我々は準備万端に使い魔なり、陣なりを用意して相手をはめることができる。我々は極めて陰険な職業だ。


 ここで穴を開けっ放しにして、穴の向こうに行ってしまった大馬鹿者は、それだけの準備ができる状況で返り討ちにあったという事だ。そいつが狙った相手はそれができた。この街の住人にそんなことが出来るものが居るのだろうか?


 警備庁から回ってきた速報では、最近裏の筋の顔役が暗殺される事件が続いている。この件もそれの一つかもしれない。だがそこには、それが魔法職の手によるものとは書いてなかったはずだが……。


「準備に入ります」


 土手の下からエドガーの声が響いてきた。そこには円形に、封印の呪言が赤く掘られた封印柱が配置されている。その中心は、普通の人の目には何の変哲もない地面に見えるが、アルベールの目からは異界との門になる黒い穴が、ちらちらと不安定に瞬いているのが見えた。


 殺された魔法職の男が明けた穴だ。奴の魂がそいつが呼び出した使い魔とともに、向こうへと引きずり込まれた跡だ。放っておけば、その穴から呼びもしない何かがこちらの世界へと這い出してしまう。


 ましてや今は赤い月が昇る時期だ。小穴とはいえ、ほったらかしなどには出来ない。警備官に引きずられた囚人が、封印柱の円の内側へ引き出されて座らされると、杭によって身動きができないように固定された。


 エドガーは封印柱から少し離れたところに立っており、その足元には複雑な図形が地面の上に描かれている。術を行使するための思考を補助する魔法陣だ。アルベールはちらりとその陣の図形を確認すると、封印柱の縁へと移動した。


「最後に何か言うことはあるか?」


 アルベールは縄で固定された囚人に声をかけた。贄になると泣きわめく奴が多い中、この男が静かに最後の時を待っている事に少し興味を覚えたからだった。


「あんたが魔法職という奴か?」


「そうだ。だが今日、お前を穴の向こうに送るのはあの男だよ」


 そう言って、緊張した面持ちで陣の中に立つ若い男、エドガーを指さした。


「若造の練習台か? 俺の業にふさわしいという奴だな。あんたは親も同じ職業か?」


「違うな。俺の父親は私塾の教師だった。今は引退して母親と一緒に田舎にいるよ」


「そうか。俺は爺さんから三代続く盗人だ。四代目になるはずだった息子が、あんなことをやらかしたんだ。穴に送られるのでちょうどいい。普通にあの世に行ったら、親父やじい様に合わせる顔がない。」


「盗人にも三分の理という奴か?」


「そんなもんじゃない。俺達の掟という奴だ。だからあの若造に、間違いなく穴の向こうに送るように言ってくれ」


「分かった。俺が良く見ておいてやろう」


 そう言うと、アルベールは目と口を閉じた男を背後に残してエドガーの方へと向かった。


「始めろ。間違いなく、確実にだ」


* * *


「ぐあ……は……はぁ、はぁ」


 私はロイスに腹を殴られて、悶絶している中年の男を眺めていた。床に倒れた男が涙をためた目でこちらを見ている。もしかしてこいつは、私に同情して欲しいなんて思っているのだろうか?


「魔法職なんてものを送り付けて、こちらがくたばると思っていたのか?」


「違う、私じゃない」


「ドン!」


 ロイスの蹴りに、男の体が壁際まで吹き飛んでいった。私の隣で椅子に座っている、この男の愛人の若い娘は震えながらその姿をじっと見ている。だが彼女の顔に男に対する同情心は見えない。単に自分の身の心配だけをしているように見える。


 こんな男の持つ金か何かの為に、あなたの若さと時間と言う掛け替えのない物を浪費してきたのね。もっとも、あなたにその自覚はあるのかしら?


「俺たちに会う約束がありながら、こんな所にしけ込んでいた時点で、会う必要がないと思っていた証拠だろうが」


「日にちを間違えていただけで――」


「ぐうぁ!」


 ロイスのつま先が男の腹に再びめり込んだ。


「日にちね。商人の基本がなっていないんじゃないか?まあいい。マリ、こいつを座らせろ」


 ロイスが最後の台詞を言いよどむ。あなたも役者としては基本ができていないわね。


「はい、ロイスさん」


 ロイスの言葉にマリアンは男の髪を引っ張ると、テーブルの前へと引きずって行った。反対側で椅子に座らされている若い女性が、驚いた顔をしてこちらを見ている。やくざものの()ですもの、驚くような事かしら?


「ライサさん、これは他の店からうちが買い上げたあんたの店の証文の写しだ。もう紙屑だと思っていたみたいだから、みんな喜んでこちらに譲ってくれたよ」


 ロイスはテーブルの上に紙の束を置くと男を睨みつけた。


「だけど魔法職を雇う金と、このお嬢さんを囲う金は残してあったという訳だ。店がつぶれたら嫁さんと娘を置き去りに、この子と何処か、田舎にでも逃げるつもりだったんだろう?」


 ロイスに図星を指された男の目が泳ぐ。


「そんな、事は……」


「そこのお嬢さん、こいつがあんたに何んて言っていたのか、教えてもらえないか? 隠し事は無しだ。嘘をついたらこちらにはすぐに分かる。嘘つきは、顔に嘘つきという印をつけることになるからな」


 マリアンは女性の横に立つと、諸刃の小刀をこれ見よがしに彼女の前に差し出して見せた。女性の体の震えが大きくなり、媚びるようにこちらを見る。


「ラ……ライサさんは、私の田舎に……いっ、一緒にいってくれって。そこで店を持たせてくれると……言っていました。私は何も知らないんです!」


「余計な事はしゃべらないで。しゃべると舌を切り落とすわよ」


「ひっ!」


 女が私に向かって小さな悲鳴を上げた。悲鳴を上げれば全て無かったとことになるとでも思っているのかしら?


「俺たちが始末してやらなくても、嫁さんにばれたら、そっちの方であんたを始末してくれそうだけどな」


「よ、嫁には!」


 ロイスは喚き散らす男の襟首をつかむと、テーブルの上へとその顔を突き出す。


「もう一度だけ言う。テーブルの上の証文の写しをよく見ろ。あんたの店の債権はこちらのものだから、どのみち店は俺のものだ。法務省に持って行っても通じる話だ。これはまっとうな商取引というものだよ」


 テーブルの上の書類に書かれた、取引先からの債権の譲渡の署名を見ると、男は驚いた顔をしてロイスを見上げた。


「それに、これだけの事をしてくれたんだ。落とし前はつけてもらう。だが、あんたの態度次第では、命だけはすくってやってもいい。事と次第によっては、このお嬢さんと田舎とやらに行かせてやってもいいぞ」


『本当にこの男は大店の主人なの?』


 男の顔に一縷の望みが浮かぶ。単純な男だ。


「何だ。何をすればいい。何でもする」


「先ずはこの店の譲渡証明書に署名しろ。お前の店の番頭と経理長には、こちらが指定した人間を送り込ませてもらう」


 男がロイスに向かって必死に頷いて見せた。


「それとこのマリアンをお前の遠縁の親戚という事で、しばらく店に置かせてもらう」


「遠縁?」


 ドン!


 男の額がテーブルの上にたたきつけられた。男のうめき声が聞こえる。


「質問は無しだ。この子は丁重に扱え。機嫌を損ねるとお前の首が飛ぶぞ。分かったな。返事は?」


「はい、ロイスさん」


 男がロイスに向かって素直に頷いた。思ったより荒事になってしまったが、これでお姉さまの側に行く段取りがついた。


「だけどロイス、最後の台詞は余計よ」

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