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作戦

「フレデリカ君、回答をお願いします」


「申し訳ございません。分かりません」


 私の返答に、数学担当のイラーリオ先生が嘆息した。私に「ふしだら」発言をしてくれたあの教師だ。


「フレデリカ君、どこが分からないのかな?」


「申し訳ございません。どこが分からないかも、全く分かりません」


 私は正直に発言した。問題はもちろん、それ以前に授業自体が全くもって頭になど入って来ない。頭の中ではオリヴィアさんとエルヴィンさんの件ばかりを考えている。ただでさえ相手がイラーリオ先生で、やる気が出ないと言うのに、この状況で何かを考えられるはずがない。


「仕方がない。席に着き給え」


「イサベル君、回答をお願いします」


「イラーリオ先生。申し訳ありませんが、私も思いつきません」


 イサベルさんも頭を振ってみせる。言い方は違いますけど、全く分からないと言う点では私と同じですよね?


「イサベル君も座りなさい。そうですか。このクラスは数学に全く興味がない方ばかりのようだ。これは担任のハッセ先生にも相談しないといけませんね」


 イラーリオ先生はそう言うと、私達を睨みつけた。今更なにを言われようがどうでもいいです。ともかく昼休みが来てくれることを心待ちにしています。ハッセ先生と言えば、朝の朝礼の時間に、思いっきりメルヴィ先生から蹴っ飛ばされていた様な気がするけど、大丈夫なのだろうか?


 おそらく大丈夫ではない。間違いなく、塔の件でメルヴィ先生から怒りを買ったものと思われる。触らぬ神に祟りなしです。私達も当分はメルヴィ先生に近寄らないようにすべきだ。あれ、これって何処の諺だ? やっぱり私には色々と変なものが混じっているような気がする。


「この問題は宿題とします。明日まで解いてくること。解けないもの、間違ったものには補講を受けてもらいます」


 そう宣言すると、イラーリオ先生は教室の中をぐるりと見回した。教室内はシーンと静まりかえっている。


「カーン、カーン!」


 イラーリオ先生がさらに何かを口にしようとした時だった。昼休みを告げる鐘が鳴り響く。イラーリオ先生は「フム」と一息ため息を漏らすと、名簿や教科書を教壇から持ち上げて、


「いいですね、補講ですよ」


 と告げながら教室を出て言った。教室内の緊張が解けるのが如実にわかる。


「数学というのは、一体何の役に立つのでしょうか?」


「さあ、お金の計算でしょうか?」


「私の姉は両手があればそれで済むと言っていましたが……」


 皆が一斉に周りの人とおしゃべりを始める。今の私にとっても数学など本当にどうでもいい話だ。


「オリヴィアさん!」


 イサベルさんが私の手を掴んで、オリヴィアさんの机の前まで引きずっていく。イサベルさん、引きずられなくても行きます。大丈夫です!


「昨日の帰りに一体何があったのか、詳しく教えていただけませんでしょうか?」


 イサベルさんが椅子を引いて、オリヴィアさんの机の前に陣取った。


「あの、そんな大した……」


「省略は一切無しです。全部話してください」


 イサベルさん、それではまるで尋問ですよ。それにそのセリフ、どこかで聞いたことがあるような気がします。もしかしてイサベルさんって、実は前世のある教官と同じ種類の人間ですか? メルヴィ先生同様に、ここにも敵に回してはいけない人が居ました。


 私もオリヴィアさんに、エルヴィンさんとどんな話をしたのか聞こうと思った。だが何だろう。首筋の辺りにチクチクするような感じがする。まるで森でマ者に狙われていた時の様な気分だ。


「イサベルさん!」


「フレデリカさん、なんですか?」


 イサベルさんが邪魔をするなという目で私を見る。私はイサベルさんに目をパチパチさせた。普段と違うイサベルさんの態度を不審に思ったのか、教室内の生徒の何人かが不思議そうな顔をして私達を横目で見ている。


 いや、明らかに何人かはガン見しています。さっきのチクチクはこれです。何かを聞かれたりしたら、間違いなく全員の注目を集める事になります。


「今日は天気もいいですし、お外でお昼はいかがでしょうか? ちょうどいい場所を見つけたんです。そうですよね、イサベルさん」


「は、はい。そうですねフレデリカさん。オリヴィアさんも気にいると思いますので、ぜひそちらに行きませんか?」


「えっ、外ですか?」


「では、早速行きましょう」


 私達の急な提案にオリヴィアさんが慌てているが、ここはともかく問答無用です。心ゆくまで事情を聞ける場所の確保が優先です。必要なら私がそこまでおぶって移動させていただきます。


 私はそんな事まで考えていたが、杖を持って立ち上がったオリヴィアさんの体は、とてもしっかりしているように見えた。入学式の日に見た時とはとても同じ人物とは思えないぐらいだ。


 オリヴィアさんの体はとても回復している。これならどんな恋だって乗り切れること間違いない。いやこの恋こそがオリヴィアさんに力を与えているのです。やっぱり恋は偉大です!


 イサベルさんがオリヴィアさんの手を取り、私が皆のお弁当袋を担いで、三人でそそくさと授業棟の裏口側へと向かった。この道は校長先生のところに行った際に、メルヴィ先生と一緒に通った道だ。私達は人目を避けながら専門棟の裏手を抜けると、程なく昨日の中庭へと出た。


「素敵」


 オリヴィアさんの口から感嘆の声が上がった。私達が最初に訪れた時と同様に、真ん中の噴水からは水が滴り落ちる軽やかな音が響き、咲き乱れる秋バラの周りをナミアゲハが優雅に舞っている。


 流石に新入生の身としては、真ん中の噴水の辺りに陣取るだけの勇気は無い。私達は中庭の片隅にある、あまり大きくはない楡の木の木陰の芝生の上に、袋を引いて座った。


 そこは日差しが遮られている上に、綺麗に切り揃えられた下生えの影にもなっていて、急に誰かが来ても目につく心配もない。


「それでオリヴィアさん、エルヴィンさんのどの辺りが……」


 う、イサベルさん、いきなり核心を突きすぎです。


「イサベルさん。それよりも、オリヴィアさんの手紙をどのように渡すかを考える方が先ですよ」


「そうですね。そうでした」


 イサベルさんが思い出した様に私に頷いて見せた。


「やっぱり、私が男子授業棟に突撃するのが、一番手っ取り早いのではないでしょうか?」


「フレデリカさん、それではやはり目立ちすぎると思います。もっと慎重に行うべきではないでしょうか?」


「そうですね」


 イラーリオ先生の様な人に嗅ぎつけられると困ります。


「侍従を介して渡すと言うのが一番普通の方法の様な気もしますが、侍従達の口の軽さを考えると危険な様な気もします」


 確かにそうだ。しかしあの弁当を見る限り、エルヴィンさんに侍従がいるとはとても思えない。


「エルヴィンさんに侍従がいる様には思えませんので、そもそもこの手は使えませんね。誰か信用できる、口が硬い男子生徒の知り合いでもいればいいのですが、残念ながら私達三人には婚約者の様なものも居ませんですし……」


 私はイサベルさんに首を振って見せた。残念なことに私達はこの学園での少数派だ。でもいいのです。だからこそこうして恋が生まれたのです!


 何だろう。イサベルさんが揉み手をしてこちらを見ている。


「フレデリカさん、いらっしゃるじゃないですか、お知り合いの方が?」


 イサベルさんは一体何を言っているのだろう?


「えっ、誰ですか?」


「決まっています、イアン王子様ですよ!」

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