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執着

 シモン校長が指差した先には4つの大きな肖像画があった。その中の一枚によく見慣れた姿がある。


「あれ? イサベルさんが居ます」


 思わず口から声が出てしまった。


「わ、私ですか?」


「ええ、どう見てもイサベルさんです」


 その中の右端の絵には、金髪に深く青い目をした優しげな表情の女性が描かれている。年齢的には少し上のような気もするが、どう見てもイサベルさんそのものだ。


「パトリシア・コーンウェル。イサベル君のご先祖ですな。でもイサベル君だけではない。フレデリカ君、君のご先祖もそちらにいるよ」


 そう言うとシモン校長は左端の絵を指差した。そこには赤毛の美人ではあるが、少し怖そうな顔の杖を手にした女性が描かれている。え、これが私のご先祖様?


「フレア・カスティオール。偉大なる大魔法職です」


「はあ……?」


 私のあだ名と同じですね。偉大なるとかつけられると私がとても残念な子孫であることを自覚せざる負えないので、出来れば遠慮していただきたいです。


「やっぱりそうなんですね。私も見た時にフレデリカさんそっくりだと思いました」


「えっ!?」


 隣でイサベルさんがとんでもないことを言い出した。この気の強そうな木で鼻をくくった感じの人ですよ。私の方がもう少し愛想というものがありませんでしょうか? 個人的には女性は愛想で勝負のつもりでいるのですが……。


「バートランド・オールドストン、ローレンス・ウォーリス」


 シモン校長が二人の女性の肖像画の間にいる二人の男性を指差した。一人ははちみつ色の逆立った髪をした、いかにも筋骨隆々の武人という感じで、もう一人は落ち着いた感じの優しげな顔をした黒髪の男性だった」


「建国王ロストガルドを支えた四人の英雄。君たち四侯爵家の始祖ですな」


 シモン校長はまるで舞台の上の俳優を紹介するかのように、芝居かかった様子で肖像画の人々を私達に紹介してみせた。そして私達をじっと見つめる。だがシモン校長はいまいち感動の色が見えない私達を見てため息をついた。


「最近のお嬢さん方は、建国の英雄譚などにはあまり興味を持ったりはしないのですかな?」


「はあ」


 正直なところ、そんな遠いご先祖様を紹介していただいたところで、何て返せばいいか見当もつかない。


「小さい頃に、おじいさまからお話を聞いたことがあるような気はします」


 聞いた気がするというセリフは覚えていないと同義ですよね? 私だけじゃなくて、隣に座るイサベルさんも言葉を濁す。


「それは少し残念ですな。この学園はお二人の先祖ととても深く関わっているのですよ」


「えっ、そうなんですか?」


 こんなお化けのいる危険な場所に、このちょっと気の強そうなご先祖様が関わっているんですか? 神様(意地悪な奴)同様に一体何様のつもりなんでしょうかね? もっと安心安全な場所にしてください。とてもジェシカお姉様の言うような恋愛など出来ません!


「はい。この王立学園は元々はクリュオネルの時代から後に失われてしまった魔道具の技術を復活させるための工房が始まりだったのですよ。それに関わったのがお二人のご先祖、フレア様にパトリシア様でした。お二人ともクリュオネルの滅亡戦で空いてしまった穴を塞ぐための技術を得ることを望まれたのです。王立魔法上級学校も元々はここの一部だったのですよ」


「そうなのですか?」


 私同様に英雄譚には全く興味がないイサベルさんも、学園の件については興味があるように見える。


「ですが、お二人が亡くなってから、魔道具の研究はあまり進展がないままに時が過ぎ、魔法職の教育に重きが置かれるようになりましてな。それで王立魔法上級学校が独立し、ここは皆さんの様な若人の為の教育の場へと変わったのです。ですので、この国にある全ての教育、研究の祖はこの学園であり、お二人の先祖である、フレア様、パトリシア様によるものなのです」


「私の先祖が学園の創立に関わっていたとは知りませんでした」


 イサベルさんがシモン校長に感慨深げに答えた。その言葉にシモン校長も頷いてみせる。


「教育者としては公平性にいささか差支えがあるところもありますが、それが私がお二人をこのささやかなお茶会にご招待させていただいた理由です」


「ありがとうございます」「大変光栄です」


「いえいえ、こちらこそ大変な名誉ですよ」


「それでこちらには色々な道具が置いてあるんですね」


「これらですか?」


 私の質問に、シモン校長が手にした杖で部屋の中にある道具類に製図台、そしてそこにあるよく分からない設計図やらを指し示した。


「はい」


 あの人形も、もしかしたら魔道具研究の一部なのだろうか? それにしても人と変わらないぐらい精巧に作られた人形だった。


「これは昔を偲んだ私の趣味です。古の魔道具研究の末席にも当たらないものですよ」


 シモン校長はそう告げると、手にした杖を顔の前で横に振って私達に笑って見せた。だがなんだろう。なんか色々と辻褄が合っていない気がする。シモン校長は私達にご先祖の話をする、ただそれだけの為に私達をここに招待したのだろうか?


「それに正門から入れたのも、お二人がフレア様、パトリシア様の血を引き継ぐ者だからかもしれませんね」


「入れた?」


「これはうっかり口にしてしまいました。おそらく正門が開いたのは何十年、下手をすれば数百年振りなのではないでしょうかね。本来なら正門から入るというのはとても危険なことなのです」


「き、危険なのですか?」


 シモン校長の言葉に思わず生唾を飲み込んでしまった。


「ええ、この学園には魔道具の工房だった時代に作られた、様々な魔道具やら遅延魔法が仕掛けられているという話ですが、今となっては誰もその全貌など掴んではいません。正門の仕掛けは、我々がその力を知っている数少ない例外の一つです」


「仕掛ですか? 確かに最初は門があるのは全く分かりませんでした」


「あれは、知恵があるもののみに門を開くと言われています」


「もし、知恵がなければ?」


「さあ、どうなるのでしょうね。それは死後の世界を誰も語れないように、我々には永遠に謎でしょうな」


「お待たせしてすいませんでした」


 私がそれに何かを答えようとした時だった。背後からメルヴィ先生の声が響いた。


「緑の缶が一杯ありまして、どれがクッキーの缶か探すのに手間がかかってしまいました。それに私の背ですと……」


 振り返ると、頭に埃を被ったメルヴィ先生が、少し大きめの缶を持って部屋に入ってきた。


「そうでした。上の段にあると言うのを忘れていました。申し訳ありませんね。メルヴィ先生もそちらにお座りください。ちょうど湯も沸いた様です。茶菓子と一緒にお茶のお代わりを頂きましょうか。そのジンジャークッキーは私の子供の頃からの好物でね。でも販売元が作るのをやめてしまって、それが最後の一缶なのですよ」


 そう言うと、シモン校長は暖炉の火の上にある銅製の薬缶を取りに腰を上げた。でもちょっと待ってください。子供の頃からの好物と言いましたよね。そのクッキーって一体いつ作られたものなんですか!?


* * *


「クーー」


 シモンの背後で一羽の鳥が小さく鳴いてみせた。


「どうやら黒の扉から無事に外に出れた様だね」


 シモンは小さく頷くと、立ち上がって長テーブルの上に置かれたティーカップの一つを手に取った。そして手の中でしばし眺めると、それを口元へと持っていく。そして冷えてしまった紅茶をゆっくりと、ゆっくりと口の中へと注ぎ込んだ。


 コク、コク、コク


 老人の喉から紅茶を飲み込む音だけが響く。老人は名残惜しそうに最後の一口を飲み終わると、そこにかつてあった温かみを思い出すかのように、ティーカップを皺の目立つ自分の頬へと当てる。そしてそれを頬に当てたまま入口の方を振り返った。そこにはフレデリカ達に紹介した4つの大きな肖像画があり、シモンを見下ろしている。


「やはり生写しそのものではないか?」


 シモンはその肖像画の一枚、一番右手にある金色の髪を持つ女性をうっとりとした目で眺めながら呟いた。そして部屋の中を振り返ると鳥籠に目をやる。


「お前達、あの子をよく見張っておくれ。あれは()()とても大切な宝物なのだから」


 シモンの声に鳥籠の鳥達は何も答える事なく、身じろぎもせずに宿木の上でじっと止まっているだけだ。だがその背後の壁に映る幾つかの影が、シモンに大きく翼を広げて見せた。

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