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再会

主な登場人物


フレデリカ・カスティオール……通称「フレア」、カスティオール家の次女。わたし。


ロベルト・カスティオール………四侯爵家、カスティオール家の現当主。


カミラ・カスティオール…………ロベルトの後妻。アンジェリカの母。


ジェシカ・レイモンド……………ロベルトの長女。ロベルトの若かりし頃の落とし子。


アンジェリカ・カスティオール…通称「アン」、カスティオール家の三女。


ロゼッタ・レイモンド……………元魔法職。フレデリカの家庭教師。


アンナ・カスティオール…………ロベルトの正妻。フレデリカの母(故人)


コリンズ夫人………………………侍従頭


ガラム………………………………料理人


トマス………………………………料理人見習い


ハンス………………………………御者


マリアン(マリ)…………………通称「マり」、メアド川岸の住人の娘


ミランダ……………………………マリアンの母(故人)


ニール………………………………メナド川岸の住人・マリアンの父


モーガン……………………………メナド川岸の顔役


ロイス………………………………モーガンの手下


風華…………………………………フレデリカの前世(?)冒険者


実季…………………………………マリアンの前世(?)冒険者


白蓮…………………………………フレデリカの前世(?)での居候


百夜…………………………………フレデリカの前世(?)での妹のようなもの


* * *


 私の前で家庭教師のロゼッタさんが何やら本のようなものを眺めています。彼女のお気に入りの詩集だそうですが、一度も私には見せてくれません。きっと私には難しすぎるのだと思います。


 ロゼッタさんの機嫌は決して良くはありません。理由は竪琴の習い事を断る役を押し付けられたからだと思います。以前は先生が私の家に教えに来て頂いておりましたが、やがて私がお伺いさせて頂く様になり、そしてとうとうそれは今日でお終いになってしまいました。


 ロゼッタさんは先生に対して、他の習い事が忙しくなったからだと説明していましたが、他の習い事などありません。できれば私も辞めたくはありませんでした。


 お母様の形見のこの小さな竪琴を引いている時だけは、独りではない気がするからです。でも先生がいなくても竪琴は弾くことは出来ます。仮令(たとい)それがお母様のように上手に引けなくてもです。


 誰も私に面と向かって言う人はいませんが、私の家、かっての四侯爵家の一つカスティオール家は凋落の一途をたどっているそうです。


 今は誰も四侯爵家とは呼ばずに三侯爵家と呼ぶようです。もちろん私の家はそこには入っていません。


 二年近く前のお披露目の時に色々な殿方から腫物のように扱われて分かりました。理由はお父様の領地で天災が続いていて、色々と大変なせいだとロゼッタさんがそれとなく教えてくれました。


 それに今のカミラお母様は、今度12歳のお披露目を向かえる妹のアンジェリカの事で大変なのです。アンは私よりとってもかわいい、お人形さんみたいな顔をしています。


 きっと私と違って12歳のお披露目、王宮での舞踏会でも必ず皆さんから注目を浴びる事でしょう。もしかしたら、私なんかと違ってこの家の事を気にしない殿方に見初められるかもしれません。


 私は誰からも期待されることなく、表通りを避けて走るこの馬車に乗っています。道の混雑を避けるためだと言っていましたが、誰かがこの古い馬車を使っているのが恥ずかしいからだと言っていたのを聞きました。


 私には昔から使っている懐かしい馬車なので、何が恥ずかしいのかはよく分かりません。しかもいつもの道が使えないとかで、いつもと違って、とても揺れる道を走っています。ロゼッタさんの機嫌が悪いのもそのせいかもしれません。


 私は馬車の揺れに落ちてきた、自分のおさまりの悪い赤毛を手櫛で上にあげました。亡くなったお母さまは奇麗な栗毛のとてもかわいらしい方だったのに、どうして私はこんなに残念なおさまりの悪い髪をしているのでしょう。


 きっと、おじい様のおじい様とか、おばあ様のおばあ様あたりに似てしまったんでしょうか?


 誰も言いませんが、おじい様やひいおじい様の評判はあまりよくないようです。それもカスティオールが凋落した原因だと言っていました。何ででしょう? お父様はとってもお優しい方なのに。


 そのせいか使用人の数もすごく減っていて、私の侍従だった女性が去年辞めてからは、身の回りの世話もロゼッタさんにやってもらっています。


 私のお母様の遠縁らしいロゼッタさんが、そのことで、侍従頭のコリンズ夫人に何やら相談をされていたのを聞きました。ロゼッタさん迄いなくなってしまうと、私はお家で本当に独りぼっちになってしまいます。


 そもそも12歳のお披露目をすぎて、もうすぐ14歳になれば、学園に行かなくてはならないというのに、婚約者が決まっていないのは私ぐらいかもしれません。


 その話になる度に、カミラお母様はとても恥ずかしそうな顔をされます。お父様は学園にはいかせると言っていましたが、カミラ母様は私を領地の神殿に行かせたいようです。


 神殿に行って、このまま誰にも気が付かれないうちに祈りだけを捧げることになるのでしょうか? アンのように皆に期待されるのよりもいいのかもしれません。あの子を見ていると本当に大変そうに見えます。


 私が眠気を必死に抑えながらとりとめのないことを考えてますと、馬車が大きく揺れました。ロゼッタさんは本を読むのを諦めたらしく、私の方へと顔を上げました。


「空気を少し入れ換えましょうか?」


 ロゼッタさんは私にそう声を掛けてくださると、馬車の下ろし窓をあけてくれました。初夏の爽やかな風が馬車の中へと入ってきて、それは私の眠気をどこかへと運び去ってくれます。


 馬車はいつもの王都の大通りではなく、王都の東側を流れるメナド川の堤防の上の舗装されていない道を進んでいるみたいです。堤防の上にある緑の草が風に揺れていて、そこで私と同じくらいの人達が何やら大きな声を上げて遊んでいるのが見えました。


 あんなに声を張り上げたら先生や侍従さんに怒られると思いますが?


 でも周りには私と同じぐらいの年齢の方しか見えません。きっとどこかでお休みになっているんですね。それに走り回るなんて……裾を踏んで危なくはないのですか? でも皆さん裾が広がっていない服を着ているんですね。


 ガタン!


 私がその方々をよく見ようと窓の方に体を少しだけ寄せようとした時に、とても大きな音がして体が空の上に浮いたような気がしました。前のロゼッタさんは椅子から落ちて顔をしかめています。


「先生、大丈夫ですか?」


「ハンスさん!何事です!?」


 ロゼッタさんは私には答えてはくれませんでした。かわりに腰に手を当てながら御者のハンスさんに声を掛けています。でも私がそんな大きな声を出すとロゼッタさんに怒られますが、ロゼッタさんは大丈夫なんでしょうか?


「すいません!脱輪か、もしかしたら車軸がいっちまったかもしれません。何分もう骨とう品みたいなもんで……」


 屋根の上から御者のハンスさんの声が響いてきました。よく分かりませんが、どうやら大変な事が起きてしまったようです。私でも何かお役に立てる事はありますでしょうか?


 ハンスさんが御者台から降りる音がします。どうやら馬車の様子を見ているみたいです。馬車は大分斜めになっていて、入り口のところの手すりを掴んでいないとお尻が滑って落ちそうになります。


 ロゼッタさんはゆっくりと立ち上がると、何回か足を滑らせながらも馬車を降りて様子を見にハンスさんのところに行ってしまいました。


 馬車の中で私は独りだけです。川岸の方から先ほどの皆様でしょうか?とても大きく楽し気な殿方の声が聞こえてきます。いえ、殿方だけでなく女性の声も聞こえます。皆様、婚約者がいらっしゃるのでしょうか?


「その辺の誰かを捕まえて、一応は穴から車輪を出してみますが、これはだめかもしれませんね」


 ハンスさんの残念そうな声が聞こえます。


「代わりの馬車の手配をしないとだめですね。堤防を通り側に下りたところで、辻馬車は捕まえられるかしら?」


 ロゼッタさんも困ったような声をしています。やはりこれは大変な事が起きているようです。


「さあ、ちょっと目抜き通りまで出ないと見つからないかもしれませんね。それかその辺りの誰かの荷馬車を借りた方が早いのでしょうけど、流石にお嬢さんをそれに乗せる訳にはいきませんよね」


「当たり前です。私は馬車を探してきます。ハンス、貴方はともかくこれを移動できるように手配をお願いします」


「かしこまりました」


 どうやらハンスさんとのお話が終わったらしいロゼッタさんが、馬車の戸口からお顔を出しました。ご機嫌は相当に悪そうです。


「フレデリカ様、ご迷惑をおかけしてすいません。ハンスが車輪を上げる作業をしますので、申し訳ございませんが馬車を降りて頂いてもよろしいでしょうか?それに私も替えの馬車の手配の為に少々こちらを離れさせて頂きます」


「はい、ロゼッタさん。お気をつけて行ってらしてください」


 ハンスさんが差し出した手を掴んで慎重に降りる。お庭のような地面ですね。裾を手で持っていないとよごれますでしょうか?


「では行ってきます。ハンス、お嬢様の事を頼みました」


「はい、ロゼッタさん!」


 ロゼッタさんは私達に背を向けると、堤防からその脇に建っている小屋(でしょうか?)の方へ続く階段を下って行かれました。


「お嬢様、私は人手を集めてきます。日はありますが少し厄介な所なので、ここからは決して離れないようにお願いします」


「はい、ハンスさん。ハンスさんもお気をつけてください」


 ハンスさんは私に頭を下げると小走りにどこかへ行ってしまった。馬車の横にいるのは私だけですね。でも周りに誰もいないなんて、もしかしたらこんなことは生まれて初めての事かもしれません。


 堤防の上を初夏のとても爽やかな風が吹き抜けます。お家の庭、最近はあまり手入れが良くされていないので残念ですが、そこで感じる風も爽やかですが川沿いの風は少し違うような気がします。


 ヒューー


 意地悪な風が私の薄い黄色の帽子を飛ばしてしまいました。見ると帽子は堤防の上を転がって行きます。どうやら土手の先の小さな小川? それとも運河でしょうか? その近くの小屋の方まで行ってしまいました。帽子さんを追いかけないと。あれはお気に入りの帽子なんです。


 裾をもって必死に追いかけると、帽子さんが誰かの足のところで止まりました。良かったです。


「すいません。そちらの帽子ですが……」


「何だお前?」


 私が帽子から視線を上げますと、私より少し年上のように見える殿方が3人たっていらっしゃいます。先ほど堤防のところで大きな声をあげていた方でしょうか? 先にご挨拶をしないといけませんでした。少し息が上がっていますが、裾をもってお辞儀をさせていただきます。


「お初にお目にかかります。私は――」


「こいつどこかのお嬢さんてやつか?」


 あの、挨拶の途中でございますが? それに勝手に手を握るのは、礼儀作法に――。


「なんかいい香りがするぞ?」


 殿方が泥だらけの手で触れようとしています。だめです! 服が汚れてしまいます。


「やめてください!」


「馬鹿か? 止めてと言われて止める訳ないだろうが?」


「小屋まで担ぐぞ!」


「嫌です! 触らないでください!」


「さわらないで――――!」


 殿方のお一人が私のまねをします。この人達、無礼です。無礼者です!悲鳴をあげたいのですが、口を手でふさがれて……。


「あんた達、その子に何をするつもりなの?」


 殿方の動きが止まりました。


 つぶっていた目を開けると、そこには女性でしょうか? でも男性と同じズボンのようなものを履かれています。それにお母様の絵にそっくりの長い栗色の毛を頭の上で止めて、背中の後ろまで伸ばしています。お年は私と変わらないぐらいでしょうか? 手に私の黄色い帽子を持っていらっしゃいました。


「マリか。なんだよ、いちゃもんでもあるのか?」


「やべぇ、こいつ赤毛だ」


「私の目の前で赤毛の子をかどわかそうなんて、いい度胸しているじゃないの」


「こっちは3人」


 私の口を押えていた無礼者が周りを見ています。先ほどまでいた二人は、背後で足音がしますので、逃げられたのではないでしょうか?


「おまえら何で。くそ!覚えて居ろ!」


「えっ?」


 この方の手で押された私の体は堤防の坂へ向かって落ちていきます。先は運河が、その先には大きな石が一杯見えます。


「手をこちらに!」


 栗毛の女性の方が私の方へ手を伸ばしてくれました。私はそれを掴もうとしますが、あと僅かのところで届きません。もしかしたら今日で私はお母さまのところにいけるのでしょうか? 少し赤みを帯びた小さな雲が空に浮かんでいます。私の髪の色に少し似ているかな?


「頭を下げて!」


 女性の声が目の前で聞こえました。栗毛の方が私を腕に抱くとその胸に私の頭を抱きます。


『いけません。あなたまで一緒にお母様のところまでいってしまいます!』


 背中が地面に触れました。そして私を腕に抱いたあの方と一緒に堤防の坂をぐるぐると回って落ちて……落ちていきます。空が見え、そして草の匂いが――。


 頭がぐらぐらする。でもさっきの赤く染まった雲がまだ見えた。私の顔には彼女の栗毛の長い髪が掛かっている。


 私を抱きしめていた手がゆっくりと動いて、彼女が上から私を見下ろした。髪と同じ色をした濃い茶色の目が私を見つめる。その瞳の中におさまりの悪い赤毛に草がまじった私が映っていた。


 私は……私は……この人を知っている。


「おねえ……さま……?」


実季(みき)さん!」


「お姉さま!」


 私は自分の腕を彼女の背に回すと、力いっぱい抱きしめた。


 私は決して一人じゃない!

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